第1話(後半):金髪の次男は、だいたい面倒を運んでくる
「――準備は順調そうだね」
軽やかな声が、背後から落ちてきた。
リリアの肩がぴくりと揺れる。
アルトが振り返ると、そこには――
金の髪をさらりと揺らした、見目麗しい青年。
「……来たか、面倒なのが」
「ひどいなぁ、アルト。久しぶりの再会なのに」
にこやかに笑う公爵家次男――レオン。
その笑顔は社交界の令嬢たちを虜にする類のものだが、
「どうせ暇だから邪魔しに来たんだろ」
アルトには一切通用しない。
「半分正解」
「全部だろ」
軽口を交わしながらも、レオンの視線はすでに別のところに向いていた。
――リリア。
「へぇ」
その一言に、嫌な予感しかしない。
「リリア、随分立派になったね」
「……お久しぶりでございます、レオン様」
完璧な礼。完璧な声。
けれど。
耳が、ほんのり赤い。
「“様”なんてつけるようになったんだ」
「立場が違いますので」
「昔は“レオン!”って石投げてきたのに?」
「……投げてません」
「投げてたよ。しかも結構な精度で」
「それはあなたが意地悪だったからです」
即答だった。
アルトが小さく吹き出す。
「はは、言われてやんの」
「君も同類だろ?」
「否定はしない」
レオンはくすくす笑いながら、一歩リリアに近づく。
その距離、やや近い。
「でもさ、本当に変わったよね」
「……どのあたりがでしょうか」
「全部かな」
リリアは一瞬、言葉に詰まる。
レオンはそのまま、彼女の髪に軽く触れた。
「昔はこんなにちゃんとまとめられなかったのに」
「っ……お手を」
ぴしり、と低く言うリリア。
しかしレオンは気にしない。
むしろ楽しそうだ。
「怒るとこも変わってない」
「仕事中ですので」
「うん、知ってる」
「なら離れてください」
「やだ」
即答。
アルトが額を押さえた。
「おい、仕事の邪魔すんな」
「いいじゃないか。少しくらい」
「“少し”で済んだ試しがない」
「失礼だな」
レオンはようやく一歩引く。
けれど視線はずっとリリアに向いたままだ。
「ねぇ、リリア」
「……はい」
「今夜、空いてる?」
「空いてません」
即答。
間髪入れず。
アルトが吹き出した。
「食い気味すぎるだろ」
「仕事ですので」
「仕事終わった後」
「空いてません」
「理由は?」
「空いていないからです」
「堂々としてるなぁ」
レオンは楽しそうに笑う。
まるで、からかう材料を見つけた子どものように。
「じゃあさ」
少しだけ声のトーンが落ちる。
「僕と踊るのも、仕事に入る?」
その一言に――
リリアの呼吸が、わずかに乱れた。
アルトの目が細くなる。
「……それは、命令ですか?」
「どう思う?」
「質問に質問で返さないでください」
「じゃあお願い」
「却下です」
「早いなぁ」
レオンは肩をすくめる。
でも、その目はどこか楽しそうで――少しだけ本気だった。
「アルト」
「なんだよ」
「君、これどう思う?」
「何が」
「昔は泣き虫だった子が、こんなに可愛くなるなんて」
「……は?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
「お前それ今言う必要あるか???」
アルトが珍しく声を荒げた。
リリアも固まっている。
「あるよ?」
「ない!!」
「あるって」
「ない!!」
「ねぇリリア、どう思う?」
「……知りません!!」
顔を真っ赤にして背を向けるリリア。
その反応を見て、レオンは満足そうに笑った。
「やっぱり面白いね、君たち」
「人をおもちゃにすんな」
「褒めてるんだけどな」
「全然そう聞こえない」
リリアは深く息を吐いて、強引に話を戻す。
「……レオン様、本日のご準備は?」
「ああ、もう終わってる」
「ではこちらにご用件は」
「特にない」
「お帰りください」
「冷たいなぁ」
「忙しいので」
「じゃあ最後に一つだけ」
レオンは少しだけ真面目な顔になる。
「今夜、ちゃんと見てるから」
「……何を、ですか」
「君の仕事ぶり」
その言葉に、リリアの表情がほんの少し変わる。
誇りと、緊張と――ほんの少しの期待。
「……ご期待に添えるよう、努めます」
「うん、楽しみにしてる」
そう言って、レオンは軽く手を振り、その場を去った。
静寂。
数秒後――
「……はぁ」
リリアが大きくため息をつく。
「嵐だな」
アルトがぼそりと呟く。
「本当に……」
「で?」
「何よ」
「踊るのか?」
「踊らない」
「即答だな」
「当然でしょ」
「ふーん」
アルトは少しだけ意地の悪い笑みを浮かべる。
「でもあいつ、本気っぽかったぞ」
「……関係ないわ」
「ほんとか?」
「ほんとよ」
「じゃあなんで耳赤いんだよ」
「赤くない!!」
「赤いって」
「赤くないって!!」
また始まる言い合い。
だけど今度は――
ほんの少しだけ、空気が違っていた。
社交会の夜。
三人の関係が、少しだけ動き出す。




