第11話:厨房は戦場につき
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朝から屋敷は慌ただしかった。
今夜は公爵家主催の大規模な夜会。
客の数も多く、料理も例外なく気が抜けない。
「前菜は三種、盛り付けは小皿で統一。タイミングは第二陣の入場に合わせて」
リリナは厨房の入口で指示を飛ばしていた。
「はい、リリナ様!」
侍女たちが慌ただしく動く。
料理長は腕を組みながら、並べられた食材を睨んでいる。
「肉はもう少し寝かせたいな……香りが足りん」
「でしたら火入れの順を後ろに回しましょう。温菜のタイミングを少しずらせば調整できます」
即答。
料理長がちらりとリリナを見る。
「ほう、分かってきたな」
「現場で覚えましたので」
軽く頭を下げる。
その時――
「そこ、詰まるぞ」
低い声。
振り返ると、アルトが立っていた。
いつの間にか、入口の壁にもたれかかっている。
「……いつからいたの」
「さっきから」
「声かけてよ」
「必要なさそうだったからな」
いつもの調子。
リリナは少しだけ眉を寄せる。
「で、何が詰まるの」
アルトは顎で示す。
「配膳の動線。第二陣の皿と被る」
「余裕持って組んでます」
「その“余裕”、現場じゃズレる」
ぴたりと空気が止まる。
料理長が面白そうに二人を見た。
「ほう、やるか?」
「やりません」
即答するリリナ。
でも、アルトは一歩だけ踏み込んだ。
「この時間帯、厨房からホールに出る人数増えるだろ」
「ええ」
「そのとき、右回りに寄せてると詰まる」
淡々とした指摘。
リリナは一瞬考える。
(……確かに)
頭の中で動線を組み直す。
人の流れ、皿の数、タイミング。
数秒。
「……左に分ける」
「最初からそうしろ」
「今気づいたのよ!」
「遅い」
「間に合ってるからいいでしょ!」
小さな言い合い。
でも。
すぐに動く。
「配膳係、動線変更!左回り追加、第二陣と分離して!」
「はい!」
侍女たちが一斉に動き出す。
料理長が低く笑った。
「いいな、お前ら」
「何がですか」
「言い合いながら仕事進むの」
リリナは少しだけ頬を引きつらせる。
「普通です」
「普通じゃねぇな」
ぼそっと言われる。
しばらくして。
厨房は完全に回り始めていた。
皿は滞らず流れ、火入れも順調。
人の動きに無駄がない。
「……完璧だな」
料理長が満足そうに頷く。
リリナは小さく息を吐いた。
「これで一安心です」
その瞬間、
背後から声。
「気抜くな」
「分かってるわよ」
振り返らずに返す。
アルトがすぐ後ろにいた。
近い。
「最初からこうしとけ」
「だから今直したでしょ」
「最初からできるだろ、お前なら」
その言い方が、少しだけ真面目で。
リリナは一瞬言葉に詰まる。
「……何それ」
「事実」
さらっと言う。
(……もう)
胸が少しだけくすぐったい。
「リリナ様、こちらの配置は――」
侍女に呼ばれる。
「すぐ行きます」
一歩踏み出そうとして、
ふと、
手が触れた。
「っ」
アルトの手。
ほんの一瞬。
でも、
離れるのが少し遅い。
(……なにこれ)
自分の方から引いた。
「……邪魔」
小さく言う。
「お前がぶつかってきただけだろ」
「違うわよ!」
いつものやり取り。
でも。
少しだけ、ぎこちない。
遠くで見ていた侍女たちがひそひそ話す。
「今の見た?」
「見た……」
「距離おかしくない?」
「夫婦?」
「やめなさいよ聞こえるって!」
リリナがぴくっと反応する。
「聞こえてるからね!?」
「すみません!!」
慌てて散る。
アルトは気にせず腕を組む。
「言われても仕方ねぇだろ」
「なんでよ!」
「実際そう見える」
「見えません!!」
きっぱり否定する。
でも。
(……ほんとに?)
一瞬だけ、考えてしまう。
夕刻。
準備はすべて整った。
ホールは完璧に仕上がり、料理も万全。
リリナは柱の影で、そっと全体を見渡す。
(……できた)
小さく息を吐く。
その隣に、いつの間にかアルトが立っていた。
「まぁ、悪くなかったな」
ぽつりと。
「……それ、褒めてる?」
「さぁな」
視線はホールのまま。
「お前ならもっとやれる」
続けて言う。
厳しい言葉。
でも、
(……それ、期待してるってことでしょ)
分かってしまう。
「次は完璧にします」
「今でも十分だろ」
ぼそっと。
聞こえるか聞こえないかの声。
「え?」
「なんでもない」
すぐにいつもの顔に戻る。
音楽が鳴り始める。
夜会が、始まる。
人が流れ込む。
ざわめき。
光。
その中で、
リリナは自然と動き出す。
指示を出し、調整し、全体を見る。
その姿を、
少し離れた場所からアルトが見ていた。
「……ほんとに」
小さく呟く。
「手ぇかかるな」
でもその目は、
どこか楽しそうだった。
その夜。
完璧な夜会は、
静かに幕を開けた。




