10話 :「静かな宣戦布告」
夜の空気は、静かだった。
屋敷の裏手。
人気のない中庭。
石畳の上に、月明かりが落ちている。
アルトは壁にもたれかかりながら、腕を組んでいた。
「……遅いな」
ぽつりと呟く。
その時。
足音。
規則正しい靴音。
振り向かなくても分かる。
「待ってたの?」
レオンの声。
柔らかいまま。
アルトはちらりと視線だけ向ける。
「別に」
「そう?」
少し距離を空けて、隣に立つ。
同じ方向を見る。
しばらく、無言。
風が、わずかに揺れる。
「……どうだった」
アルトが先に口を開く。
「何が?」
「分かってるだろ」
少しだけ棘。
レオンは小さく笑う。
「楽しかったよ」
あっさり。
でも、
「君のおかげでね」
さらっと続ける。
「は?」
アルトが眉を寄せる。
「服、選んでくれたんでしょ」
「……なんで知ってる」
「見れば分かるよ」
軽い言い方。
でも、目はちゃんと見ている。
「似合ってた」
一拍置いてから言う。
アルトは一瞬、言葉を詰まらせる。
「……あっそ」
興味なさそうに返す。
また、沈黙。
でもさっきより少しだけ張り詰めている。
「君はどう思ってるの?」
レオンが言う。
「何が」
「リリアのこと」
まっすぐ。
逃げ道なし。
アルトは鼻で笑う。
「急だな」
「ずっと聞こうと思ってたから」
軽く言う。
でも、
その声は少しだけ低い。
「どうも思ってねぇよ」
即答。
「ただの幼馴染だ」
「へぇ」
レオンは否定しない。
ただ、
「それにしては」
少しだけ視線を向ける。
「距離が近いね」
ぴたりと止まる空気。
アルトはゆっくり顔を向ける。
「お前こそ」
少しだけ笑う。
「ずいぶん気に入ってるみたいだな」
「うん」
迷いなく頷く。
「気に入ってるよ」
その言い方に、
アルトの目がわずかに細くなる。
「……そうかよ」
短く吐き捨てる。
「なら気をつけろよ」
ぽつりと続ける。
「何を?」
「距離」
少しだけ低い声。
「勘違いさせるぞ」
レオンは一瞬だけ黙る。
それから、
「それでもいいかな」
と静かに言った。
空気が変わる。
明確に。
アルトの視線が鋭くなる。
「本気か」
「どう見える?」
問い返す。
余裕のある顔。
でも、
ほんの少しだけ、
目が揺れている。
「……やめとけ」
アルトが言う。
「なんで?」
「お前の立場じゃ、面倒になる」
現実的な言葉。
執事としての視点。
「それだけ?」
レオンが返す。
一歩、踏み込む。
「君はどうしたいの?」
その問いに、
アルトは一瞬だけ黙る。
風が吹く。
葉が揺れる音。
「……関係ねぇだろ」
やっと出た言葉。
でも弱い。
レオンはそれを見逃さない。
「関係あるよ」
静かに言う。
「同じ人を見てるなら」
その一言。
完全に宣戦布告。
沈黙。
長い。
アルトは視線を外す。
「……好きにしろ」
吐き出すように言う。
「ただし」
少しだけ振り返る。
「泣かせたら、許さねぇ」
低い声。
本音。
レオンは少しだけ驚いたように目を細めて、それから笑った。
「それは同じだね」
穏やかに言う。
「君も」
一歩下がる。
距離を戻す。
「じゃあ、お互い様ってことで」
軽く言う。
その空気は軽くない。
アルトは何も言わない。
ただ、背を向ける。
レオンも歩き出す。
別々の方向へ。
同じ場所に立っていたのに、
もう同じ位置にはいない。




