第13話 初恋幼馴染は相談したい
「そういえば、リョウ君。もうすぐ誕生日だね」
十一月下旬。
期末テストも終わり、あとは冬休みを待つばかりの二学期終盤。
ちなみに、姫奈の二学期末テストの結果は、涼太が勉強の面倒を見た甲斐あって、どの教科も五十点は確保することが出来た。
お世辞にも良い点数とは言えないが、別に赤点ギリギリというワケでもなく、姫奈にしては上出来だろう。
ともあれ、既にテストは過去のこと。
そんな面倒なことはもう忘れてしまったかのように、姫奈の頭の中はとっくに涼太の誕生日のことにシフトしていた。
「ん? あぁ、もうそんな時期か~」
学校に行くため駅で電車を待っている涼太は、大して興味なさそうに返事をしながら、ホームに設置された時計に視線を向ける。
いつもならもう電車が来る時刻だが、今日は少し遅れが出ているようだ。
「十二月三日。リョウ君の誕生日は覚えやすくて良いね」
「そりゃどうも。気を使って予定日より早く生まれた甲斐があったってもんだな」
そんな涼太の軽口に、姫奈が可笑しそうに目を細める。
「でも、ヒメだって似たようなもんだろ。誕生日がバレンタインなんだから」
それを聞いて、姫奈が「うぅん」と少し悩まし気に唸って首を傾げた。
「まぁ、そうなんですけどね? 昔から、誕生日の自分がむしろ人にバレンタインチョコあげたりするから、正直どっちが祝われてるのかわかんなくなるんですよねぇ」
どうやら、バレンタインが誕生日の人特有の悩みというやつがあるらしい。
「でも、ヒメそんなにチョコ配ったりしないだろ」
「いやいや、小学生の頃まではみんなに配ってたし」
「なるほど。それ以降は、勘違いする思春期男子が続出するから止めたのか」
冗談半分の口調で言った涼太だったが、姫奈がムッとジト目を向けてきたので図星を指したようだった。
「というか、今でもあげてるじゃん。リョウ君と蓮君にはさ」
「俺にとっては貴重なワンカウントだな」
思春期男子あるあるだ。
バレンタイン当日からほんの数日間は、異性から貰ったチョコの数で競う。
涼太はその手の余興にはあまり参加しないが、それでもこれまで「何個貰った?」と聞かれて答える際に「ゼロ個だよ」と言わなくて済んだのは、姫奈のお陰だった。
しかし、そんな涼太の口振りが気に食わなかったのか、姫奈がツンと人差し指で強めに横腹を突いてきた。
「いてっ」
「このお姫様のチョコを数字としか見てないリョウ君には、もうあげないよ?」
振り向くと、姫奈が頬を膨らませてそっぽを向いていたので、涼太は両手を合わせて小さく頭を下げた。
「すみません、お姫様。どうか今年もこの哀れな非モテの子羊めに、チョコをお恵み下さいませ」
「えぇ……どうしよっかなぁ……」
「……仕方ない。それなら、せめてチョコまみれにしたお姫様を、ほんのひと舐めするだけでも――」
「――本当にあげたくなくなってきたんですけどぉ」
姫奈は両腕で自身の身体を抱き、涼太から一歩距離を取る。
だが、もちろん冗談だとわかっているので、ため息一つ吐いてから、すぐに呆れ口調で言った。
「ま、良いよ別に。毎年あげてるし」
「やったね」
紆余曲折を経て、涼太がまだ先のバレンタインチョコの約束を取り付けたところで、三分程度遅延した電車がホームに姿を現した――――
◇◆◇
「――何かと思ったら、またリョウ君の話か~」
「あの、まるで私がいっつもリョウ君の話ばっかりしてるみたいな言い方しないでほしいんですけどぉ」
昼休み。
本校舎一階にある学生食堂のカウンターテーブルの一角で、姫奈が一人の女子生徒と並んで昼食を取っていた。
美嶋結愛――四組に所属する姫奈のクラスメイトで学級委員をしている、学校での数少ない友人だ。
小柄ながら女性的で柔らかな身体つきをしており、茶色いボブカットの髪と愛嬌のあるクリッとした瞳が特徴的で、快活とした雰囲気を放っている。
そんな結愛が、やれやれと呆れたように首を振った。
「みたい、じゃなくて事実だからね~? 口を開けばリョウ君リョウ君って……アタシ、てっきり姫様はそのリョウ君が好きなんだと思ってたんだけどなぁ~」
「えぇ……?」
姫奈が眉尻を落とした。
姫奈は何かと自分のことを気に掛けてくれる結愛のことを信用しており、幼馴染三人の関係性や、ずっと蓮のことが好きだったが文化祭最終日に失恋してしまったことなどを話している。
なので、自分の恋事情を当然知っているはずの結愛が、今になって見当違いも甚だしいことを言い出して困惑してしまった。
「まぁ、その話は今いいや~」
「いや、全然良くないんですけど」
「それより本題でしょ? そのリョウ君の誕生日、お祝いしてあげたいんだよね~?」
確かに今日こうして相談を持ち掛けたのは姫奈の方だ。
しかし、この話の流れで話題をそちらへ移されると、先程の自分の反応に説得力がなくなってしまうようで、何だかやるせない気持ちになってしまう。
結愛がどこか意味ありげにニヤついているのも相まって。
とはいえ、いちいちそこに突っ込んでいても話が前に進まないとわかっているので、姫奈は半分納得いってなさそうな表情で頷いた。
「うん、まぁ……」
「いいねいいねぇ~」
「ねぇ、ホントそんなんじゃないからね?」
「え、そんなんって、どんなん~?」
「もう、この人リョウ君とは違ったベクトルでウザいんですけどぉ」
涼太の軽口は変に笑えるが、結愛のからかいは妙に恥ずかしくなってくる。
そんな姫奈の反応が可笑しいのか、結愛は愉快そうに笑った。
「ふぅ……ちなみに今まではどうしてたの?」
「ん~、普通だよ? 文房具あげたり何か奢ってあげたり」
「でも、今年はちょっと特別にしたいんだよね~?」
結愛は姫奈の考えを知ったような口振りで、ニマニマと笑みを深める。
「結果はどうあれずぅっと恋の手伝いしてもらってて? 失恋したときもずぶ濡れになりながら傍にいて励ましてくれて? 他にも事あるごとに助けてくれて? むっふふ……そんな諸々のお礼をしたいんだよねぇ~?」
結愛の話が進むにつれて頬を赤らめていた姫奈が、どこか不満げに半目で睨んだ。
「……私の頭の中、覗かないでほしいんですけど」
「あっははは、もう~! 可愛いなぁ、姫様はぁ~!」
このこの~、と結愛が自身の肩を姫奈の肩に何度もぶつける。
「すみません。相談する相手間違えました」
「あぁ~! ごめんごめん姫様ぁ~! 乗る乗る。ちゃんと相談乗るから!」
ふいっ、と顔を背けて席を立とうとする姫奈。
結愛は咄嗟にそのブレザーの裾を掴んで引き留めた。
「アレだよね! お礼も兼ねて誕生日をお祝いしたいけど、改まってそういうの、どうすればいいのかわかんないんだよね!?」
「…………」
姫奈が動きを止めたので、許してくれたんだと思った結愛の表情が徐々に明るくなっていく。
しかし、振り向いた姫奈はぷくぅ、と頬を膨らませており――――
「勝手に私の頭の中を言語化しないでもらって」
「んあぁ~、待ってよ姫様ぁ~!!」
結愛の制止も虚しく、姫奈はへそを曲げて立ち去ってしまった。
結愛はこのあと姫奈のご機嫌取りに尽力し、再び相談に乗ることが出来たのは、日を跨いでからのことだった――――




