第14話 初恋幼馴染は祝いたい
「はい、涼太。誕プレ~」
「おっと……!」
十二月三日。
昼休み終わり、蓮が本校舎から中庭に出たところにある自動販売機で購入した缶コーヒーを投げ渡してきた。
キャッチした瞬間、両手にジィンと熱が伝わる。
「サンキュー、蓮」
涼太は短く礼を言うと、カコッと飲み口を開けて、少し熱いと感じるくらいのブラックコーヒーを口に含んだ。
「ん~、午後の授業が眠たくならないように無糖のチョイス……気遣いが行き届きすぎてて怖いくらいに美味い」
「あはは、そりゃどうも」
飲んだあと空き缶を捨てられるよう、涼太はその場の壁に背を預けて、マイペースに飲み進める。
「そういえば、ヒメちゃんからは何貰ったんだ~?」
「んあぁ、それなんだが……何か放課後渡すって言ってたな」
「放課後?」
蓮が不思議そうに首を傾げてくるが、涼太にしても姫奈の考えはよくわからない。
例年通りなら「忘れないうちに渡しとく~」などと言って、早々に何か手軽なものを渡してくるはずが、今年は何故か違った。
朝一緒に登校してきて教室の前で別れる際に、「あっ」と思い出したかのように「プレゼントは放課後渡すんで」と言ってきたのだ。
「ったく、何考えてんだか……」
涼太はグイッとコーヒーを飲み干してから、空き缶を自動販売機横に置いてあるゴミ箱へ放り込んだ――――
◇◆◇
「で、ヒメ。結局俺は、誕プレは貰えるんですかね?」
「毎年あげてるじゃん。安心してよ」
「いや、例年と違うパターンなので困惑してるんですが……」
学校が終わり、涼太と姫奈はいつものように二人で帰路に就いていた。
プレゼントは放課後に渡すと伝えられていたにもかかわらず、もう家の前まで着いてしまった今になっても、姫奈が何かを取り出すような素振りはない。
涼太は何か姫奈を怒らせるようなことをしてプレゼントが貰えなくなってしまったのではないかと少し心配になるが、どうやらそうではないらしい。
「えぇっと、じゃあ取り敢えず俺は一旦家に帰るんで……」
姫奈が自分の家の前で立ち止まったので、涼太はそのすぐ隣の自宅を指差した。
しかし――――
「ちょっと、どこ行くんですか?」
「えっ?」
自宅に向かって歩き始めていた涼太の制服の端を、姫奈がキュッと掴んで引き留めた。
振り返ると、不服そうに膨らんだ頬。
それでいてどこか恥ずかしさを滲ませたような表情を、姫奈が浮かべているのが見えた。
「プレゼント、要らないの?」
「いや、要る……けど……」
涼太は頭上に疑問符を浮かべながら答える。
(え、でも全然渡してこないじゃん……?)
何を考えているのかわからない姫奈の榛色の瞳がジッと向けられてくるのを、涼太は正面から受け止める。
「あのぉ、ヒメさん?」
「じゃあ、来て」
「え? ちょ――」
姫奈が涼太の手を掴んで引っ張っていく。
向かう先は、姫奈の家だ。
涼太はわけがわからない間に玄関を潜り、階段を上り、二階にある姫奈の部屋に通された。
「待て待て、ヒメ。取り敢えず母さんにヒメん家寄って帰るって伝えてから――」
「――もう言ってるよ。朝、リョウ君起こしに行ったときに『放課後リョウ君お借りします』って」
「俺はレンタル商品か」
涼太は苦笑して肩を竦める。
「でも、なるほどな……今朝母さんがやけにニヤニヤしてた理由がわかった。ありゃ、絶対変な勘違いしてるぞ……?」
涼太の母親は、現役女子高生顔負けの思春期脳。
実は涼太と姫奈が幼馴染以上の関係性なのではないか、と疑っているところがある。
これまで何度も否定はしているが、その結果も虚しい。
「良いんじゃない、別に?」
「え?」
「だって、半分正解みたいなもんじゃん。リョウ君、私のこと好きだし」
悪戯っぽく笑ってきた姫奈に、涼太はカァと顔が熱くなるのを感じた。
自分でもビックリするくらいに心臓が跳ねて動揺するが、姫奈はそんな涼太の気持ちもお構いなしに一旦部屋を出て行こうとする。
「ちょっと待ってて。取ってくる」
そう言って姫奈はパタン、と部屋の扉を閉めて一階に降りて行った。
一人部屋に取り残された涼太は、思わず片手で顔を押さえ、呟く。
「自分のこと好きってわかってる奴を、不用心に家に入れるなよ……」
姫奈は母親と二人暮らし。
その母親は仕事で夜まで帰ってこない。
つまり、今この家には――部屋には、涼太と姫奈の二人きり。
涼太の部屋で姫奈と二人きりになる状況は何度もあるが、意外とこの姫奈の部屋で二人きりになる状況はそう多くない。
非常にアウェーな空間。
落ち着いた雰囲気の部屋ながらも、涼太の部屋にはあるワケのないドレッサーがあったり、可愛らしい小物なんかもあったりする。
おまけに、こうも姫奈の香りに満ちた空間に放り出されると、胸の奥が妙に騒めいて落ち着かない。
ソワソワしながら涼太が座って待っていると、そう時間の掛からないうちに姫奈が戻ってきた。
「お待たせ」
戻ってきた姫奈はトレーを持っていた。
運ばれているのは、湯気を立ち上がらせる紅茶が溜められたティーポット。それを飲むためのティーカップ。
そして――――
「ヒメ、それって……」
「ケーキです、一応。あはは……」
どこか照れ臭そうに答える姫奈。
そう。
トレーにはあと一つ、小皿と、その上にカットされたイチゴのショートケーキが乗せられていたのだ。
少し形が歪。
スポンジの層の厚みがバラバラで、沢山クリームが塗られたところもあれば塗り切れていなさそうなところもある。
「もしかして、自分で作ったのか……?」
「あ、やっぱバレました? まぁ、これだけ不細工だったらね~」
けらけらと笑う姫奈が「友達に作り方教えてもらったんだ」と説明しながら、カタン……とトレーごと涼太が座る目の前の床に置いた。
「これでも、形がマシなところをカットして持ってきたんだけどね。他のところはちょっと……見せられません」
目の前に置かれたケーキはやはり不格好。
お世辞にも美味しそうな度という感想は出てこない。
でも、それでも…………
「まぁ、でも味は大丈夫なはずだから安心……って、え、リョウ君?」
不思議そうに目を瞬かせる姫奈の前で、涼太は身体の奥底から湧き上がってくる感情に従って頬を緩めた。
「……ははっ、めっちゃ嬉しい……!」
「えぇ、ちょっとリアクションオーバーじゃない?」
「むしろ抑えてるくらいだ」
嘘じゃない。
正直笑っちゃうような見た目のケーキが、心の底から嬉しかった。
涼太は姫奈が不器用なことを知っている。
料理なんて大の苦手。
そのため、学食のない朝と夜は涼太の家に食べに来ることも珍しくなく、時には妙に家事スキルの高い涼太が、姫奈に食事を作ったりもするくらい。
スクランブルエッグであればかろうじて作れるかなという程度の姫奈が、この不格好なケーキを一度で作れるわけがない。
間違いなく二、三回は失敗しているだろう。
それでも、この日のために完成させてきた。
ケーキと呼べるクオリティにまで仕上げてきた。
――全部、涼太のため。
嬉しくないワケがなかった。
「まぁ、喜んでもらえたなら良かったかな。もし馬鹿になんてしてきてたら、顔面パイならぬ顔面ケーキしてたところだったから」
姫奈がティーポットを傾けてカップに紅茶を注ぎながら言う。
「でも、凄く大変だったので来年からは勘弁です」
「何で今年は、ここまでしてくれたんだ?」
そう尋ねると、姫奈は注ぎ終わったポットをトレーに置いてから顔を上げた。
「ん~、お礼かな」
「お礼?」
「そ、お礼。リョウ君には色々助けられてるじゃないですか。蓮君との件なんか特にさ」
お礼なんて別に気にしなくて良いのに、と涼太は思ったが、口にはしなかった。
言ったところで姫奈はどうせ気にするだろうし、だからこそ何か形あるもので感謝を伝えないと気が済まないのだろう。
「蓮のこと、もう吹っ切れたのか?」
「完全にではないけどね。でも、時間経って、気持ちの整理もだいぶ出来たと思う。これも全部――」
「――俺のお陰、だな」
「わぁ、この人私の台詞取ってくるんですけどぉ~」
可笑しそうに顔を緩める姫奈。
「ま、でもそういうことなので」
姫奈が小皿を持ち上げた。
フォークでケーキを一口大に切る。
「大人しく、祝われてください。ほら、あーん」
「マジか」
「マジですね」
姫奈がケーキの欠片が刺さったフォークを、手で添えながら差し出してきた。
からかうように笑っているが、同時に隠し切れない羞恥心が耳の端を赤くしているのが見える。
「ほら、リョウ君早く」
「待て待て、心の準備が……」
「もぅ……早くしないと、お姫様にあーんしてもらえる絶好のチャンスを逃しますよ~?」
「んあぁ、もう。わかったよ……!」
涼太は観念して口を開けた。
そこに「よろしい」と上から目線に言った姫奈が、フォークを入れてくる。
「どう? 美味しい?」
「……ん、美味い。最高にな」
それを聞いて満足したのか、姫奈は気恥ずかしさを存分に滲ませた笑みを湛えて言った。
「誕生日おめでとう、リョウ君」




