第12話 初恋幼馴染はフリーらしい
「よっす、涼太。風邪治ったみたいだな~」
昼休み。本校舎西側。
駐輪場を目の前にする花壇の縁に座って弁当を食べていた涼太のもとに、片手に弁当を持った蓮が近付いて来た。
「おう、何とかな」
この時間、この場所に蓮を呼び出したのは涼太だ。
というのも、風邪で休んでいる間も何度かスマホでやり取りを交わしてはいたが、やはり直接顔を合わせてでないと上手く出来ない話があったからだ。
だが、流石に弁当を開けて早々重い話をするのは避けたいので、涼太と蓮は他愛のない雑談をしながら、それぞれの弁当を食べ進めることにする。
そして、昼休みも残り二十分ちょっとというところで完食し、蓮が少し遅れて弁当の蓋を閉じた。
「――で、あれ以降どうだ?」
話題を切り出したのは涼太。
“あれ”という時期が示すのは文化祭最終日。
“どうだ”というのは、もちろん姫奈と蓮の関係性についてだ。
当然この話をすることを予想していた蓮は、その質問の意味を違えることなく理解し、肩を落としながら答えた。
「はぁ……ヒメちゃんとはあれから一回も話してないよ」
「そりゃそうか」
涼太は風邪で休んでいる間に、姫奈から「学校で蓮君を見掛けることはあっても、目が合ったり話をしたりすることはない」と聞いていたので、恐らく蓮も同じような状況なのだろうと予想していた。
振られた姫奈と振った蓮。
もう今まで通りに関わることなんて出来るわけもなく、互いにどう接していいのかわからず溝が生まれてしまっている。
「ヒメちゃんを傷付けた張本人が何聞いてんだって思われるかもしれないけどさ……どう、ヒメちゃんの様子は?」
蓮が申し訳なさと心配を混在させた表情で聞いてくるが、涼太に不快感はなかった。
確かに言う通り、結果姫奈を傷付けたのは蓮なのだろう。
それでも姫奈のことを心配せずにいられないのは、やはり幼少から共に過ごしてきた幼馴染であり、親友だからだ。
多少溝が出来てしまったくらいで幼馴染三人の絆は途切れたりしない――それが確かめられて、涼太はむしろ心の奥が温かくなるのを感じた。
「一時はどうなるかと思ったけど、今はもう前に進もうとしてるみたいだ。だから、蓮も変に自分を追い込んだりするなよ?」
「……わかったよ」
頷く蓮を横目に、涼太は弁当を持って立ち上がった。
「まぁ、今すぐにまた三人一緒ってのは難しいだろうが、時間が解決してくれることもある。だから、いつか三人でどっか遊びにでも行こう。行けるように、俺も協力するからさ」
それだけ言い残して、涼太は先に校舎の方へ歩き出した。
背に「ありがと、涼太」という感謝の言葉を受けて――――
◇◆◇
学校が終わり、帰宅した涼太は自室のテレビで録画していたアニメを観ていた。
すると――――
「えぇ、こんなことで人を好きになったりしないでしょ。チョロいなぁ」
当然のように部屋にいた姫奈が、いつの間にか涼太の隣に座ってテレビに視線を向けていた。
「というか、この子あざとすぎない? 現実でこんなコトやってたら、絶対他の女の子達にイジメられるよ」
「経験者は語るってやつか?」
「私、あざとくないんですけど」
「そうだったな。モテすぎて女子の嫉妬買ってるだけだったな」
「この人ムカつくんですけどぉ~」
そう言いつつ、けらけら笑う姫奈。
涼太は目の前のテレビから視線を外すことなく、視界の端に姫奈の姿を捉えて呆れ口調で言う。
「ってか、お前勉強はどうした?」
姫奈が涼太の部屋に来るのはいつものことだ。
しかし、ここ最近は一応今月下旬に控えた二学期末テストに向けた勉強をするという目的がある。
涼太がこうやってアニメを観ているのは、決してそんな姫奈をほったらかしにしているわけではなく、解いて欲しい練習問題を指示したあとで手が空いたからだ。
それなのに、むしろ姫奈の方が練習問題をほったらかしにしている。
「ん~、問題のヒント探し中?」
「現代文のヒントは本文中だ。このラブコメの中にはないぞ」
「でも、登場人物の心情を捉える練習にはなるかも?」
「ヒメが今やってんのは小説じゃなくて評論だろ。登場人物はいない」
姫奈が思い付くまま口にするサボりの言い訳を、涼太が片っ端から斬り捨てていく。
姫奈は不貞腐れて頬を膨らませる。
じぃ、と半開きの瞳で涼太を睨むが、当の本人はテレビから視線を外さない。
画面には、姫奈のまったく知らない可愛い女の子のキャラクターが感情豊かに主人公と思われる男の子と接している様子が映し出されている。
「ねぇ、これ面白い?」
「正直微妙。でもまぁ、キャラが普通に可愛い」
涼太の言葉に、姫奈のムッと度が上昇した。
「あの、可愛い女の子ならここにもいるんですけど」
「知ってる」
「そうじゃなくて、ちょっとは構ってくれても良いんじゃないですかって意味ね? “このときの姫奈さんの心情を答えなさい”は不正解です」
「充分構ってるだろ? 勉強見てるし」
「不充分だし、不正解。リョウ君赤点」
はぁ、と小さくため息を吐いた姫奈が、涼太の身体に背をもたれ掛からせてきた。
「ちょっ……」
突然のことに心臓が跳ねる涼太。
アニメの内容がまったく入ってこなくなった。
制服越しでも触れ合ったところから互いの体温が行き来し、やはり自分の身体よりも華奢で柔らかい感触が伝わってくる。
「……私、今……フリーなんですけど……」
「はい?」
涼太が訝し気に顔を向けるも、姫奈はこちらに背を向けているのでどんな顔をしているのかはわからない。
ただ、少しだけ。
緩くハーフアップに持ち上げられた髪の下から覗く耳が、ほんの微かに色付いている気がした。
フリー。
それは、俗に恋人がいない状態のことを示すが、この場合は少し違う。
恋をしていたが叶わなかった。
失恋――つまり、恋を失う。
今は恋心を持っておらず、フリーな状態――そういうことを言いたいのだと、涼太は数秒掛けて察した。
「本当に私のこと好きなら、今がチャンスだと思うんですけど?」
なのになぜアプローチしないんだ、と姫奈は涼太に聞いていた。
涼太は姫奈の背に向けていた視線を正面に戻す。
そこにはテレビ画面があるが、焦点はもっとずっと遠くにあった。
「……傷心中に付け込むみたいで嫌だ」
「それも戦略の一つじゃない?」
「恋愛作品でそういうことするのは、クズキャラの役目だ」
「あはは。じゃあ、リョウ君にピッタリじゃん」
身体に触れている姫奈の肩が、可笑しそうに上下しているのがハッキリ伝わる。
「ひでぇな。俺は結構正攻法が好きなんだぞ」
「正攻法?」
「取り敢えず、ヒメがちゃんと立ち直るまで待つし、支える」
「……そのあとは?」
「……フリーの可愛い幼馴染を放っておくことは、出来そうにないな」
キュッ、と姫奈の身体が少し強張った。
身体が触れ合っていると、そんな些細な変化もよく伝わってくる。
「いやぁ~、男子達の嫉妬の嵐が今から怖いなぁ」
「うわぁ、この人もう勝った気でいるんですけどぉ~」
おどけた口調ながら勝利を前提にした心配を口にする涼太に、姫奈はたまらずケラケラと笑っていた――――




