29.これも一応キャンプではある
みんなと合流するのは割と簡単だった。この大所帯の中でやることがないのが私たち十人だけだったからだ。
そのせいでみんなは目的もなく歩き回っていたり、適当なところで立ち止まっていたり、人の波を避け続けていたりと手持ち無沙汰にしていたので、一人ずつ声をかけて一か所に集めていったのだ。
どうにかこうにか作業中の人たちの邪魔にならない場所を見つけ出し、輸送部隊からテントを二張り借りてきてみんなで組み立てる。一つに数人泊まれる大型のものだ。
意外にも、カイたちはテントの扱いに慣れていなかった。むしろ私たち異世界組の方が慣れているくらいだった。その答えにはすぐにたどり着けた。マーキノイドだらけのこの世界では野宿などまずあり得ないし、レジャーとしてのキャンプなんてもっとあり得ないのだ。カイたちに聞いてみたところ、物資管理班以外の人間はテントなんかまず触ることがないのだと教えられた。
今組み立てているテントも、普段は物資置き場として使われているものらしい。多少居住性に問題がありそうだけど、過ごしやすい季節なので問題ないだろう。真冬は厳しそうだけど。
持ち前の運動能力を生かして器用にテントを組み立てながら、サクヤがぽつりとつぶやいた。
「なんかさ、こうしてるとここが異世界っての忘れそうになるな。ボーイスカウトのキャンプに来てるみたいだ」
そのつぶやきに、珍しくシロカさんが真っ先に反応した。サクヤに微笑みかけてすらいる。同じ世界の思い出を共有する者同士、親しみを覚えたとかそういうのだろうか。
「そうね。銃なんて物騒なものさえ持っていなければ、まるきりただのキャンプね」
彼女から反応をもらえたのがそんなに嬉しいのか、サクヤの手が止まっている。そんなサクヤを優しく見守りながら、ミヅキがシロカさんに尋ねた。
「キャンプって、マーキノイド出現以前に存在したレジャーの一種よね。あなたたちの世界にもそういう遊びがあったの? 確か、みんなで遠くに出かけて屋外で泊まるのだったかしら」
「はい。こうやってテントを張って、外で食事をして、夜遅くまでみんなで話して……あんな遊びが成立するほど、私たちの世界は平和だったんです……」
物思いに沈むシロカさんを目の端で見ながら、私は私で自分の考え事に没頭していた。
そういえばこの世界も、マーキノイドが現れる前は私たちの世界と同じような感じの平和な世界だったらしい。前に通信機の資料で見たし、こないだT21で見た映画の舞台も、私たちの世界と割と似ていた。
マーキノイドさえ現れなかったらこの世界もずっと平和なままで、カイたちも私たちと同じように学校に行ったり働いてたりしてたのかなあ。迷彩服ではなく制服やスーツを着て、銃の代わりにカバンを提げて。休日はこんな風にキャンプするかもしれない。
そんな風に想像していたらおかしくなってしまって、ついくすりと笑ってしまった。それに気づいたレイトが、どうしたの、とのんびりと聞いてくる。
「いえ、もしマーキノイドが現れなかったら、レイトさんたちもレジャーとしてキャンプを楽しんだりしたのかなあって思っちゃって」
「かもしれないね。こうやって、気の合う仲間と星空の下で話すのは楽しそうだ」
「おっ、レイトさん分かってる! そうなんですよ、この解放感と星空の美しさがいいんですよ。友情も愛情もがっつり深まるんですって」
まださっきの余韻が残っているらしいサクヤが、ほんのり赤い顔をしたままレイトに話しかけた。
これまた珍しい組み合わせだ。この二人、別に仲は悪くないのだが接点も特にないらしく、初対面から今までずっと微妙な距離感を保ち続けている。実際勢いで話しかけたサクヤ自身も距離感をつかみかねたらしく、なんだか敬語が中途半端になっている。
そこからやや暴走したサクヤが、キャンプがもたらす効果について熱く語りだし、そこにいつも通りマサキがのっかって二人で騒ぎ始めた。あの二人って仲が良いよね、恋敵のはずだけど。
隣にいたヒマリにこっそりそうささやいたら二人にきっちり聞こえていたらしく、「仲良くない!」と見事なハモりが返ってきた。息ぴったりだ。
テントを張り終えた後はみんなで輸送部隊から食料を受け取り、テントのそばで火をたいて食事にした。
ここは仮拠点でしかなくて、いつもの拠点よりはずっと危険なのに、そんなことを忘れるくらいテントのお泊りはにぎやかで楽しいものになった。私だけではなく、カイたちもみんないつもより楽しそうで、少しだけはしゃいでいるようにも見えた。
マザーとかいうのを倒せたら、カイたちもこういったことを普通に楽しめる日がくるんだろうか。そう考えると、未完成のままの兵器から目を背け続けている自分が、ちょっとだけ情けなく思えた。
次の日は朝早く起きて、この仮拠点に残る人たちに見送られながらさらに西へと進んでいった。人数は半分くらいに減ったけれど、この日もやっぱり暇だった。
時々ポーンが出てくるけど、まだまだ数が多い戦闘部隊が数の暴力で押し切って一瞬で片づけている。
いっぺんビショップ・ベータとかいうのが出てきたけど、それは知らせを受けた私たちがさっさと片づけた。鑑定によれば前に倒したビショップ・アルファよりちょっと強いらしいけど、正直クイーンをぶちのめした私たちの敵ではなかった。
ナイト種もちょいちょい出てくるのだけど、いい加減慣れてしまっていちいち騒がなくなってしまった。慣れてしまったのは私たちだけではなく戦闘部隊のみなさんも同じだったらしく、「またナイト種が出たぞー」「はーい今倒しますー」みたいなのどかな会話を何回か交わしていた。平和じゃないけど平和だ。
どんどん西に進むにつれ、風景がちょっとずつ変わってきた。今まで壊れたコンクリートばかりだった風景に、少しずつ緑が混ざり始めたのだ。
今まで通ってきた廃墟だらけの界隈では、T21の公園みたいにたまたま人間に守られた領域でしかまともに植物が育っておらず、あとはせいぜい道端に雑草が生えている程度だったのだ。
それがここでは、元々街路樹だったとおぼしき大きな木が、あちこちでアスファルトを割りながらすくすくと育っていた。なんでここだけ木が育ってるんだろう。
そんな疑問を抱いたのは私だけではなかったらしく、サクヤが「拠点の外で木なんて初めて見たぜ」と首をかしげていた。
「……この辺りには人がいないからだ」
意外にも、その疑問に答えたのはヨウだった。しかしその答えでは納得いかなかったらしいサクヤがさらに食い下がる。
「人がいないと木が育つ、ってどういう理屈なんだ?」
一方、私はあることを思い出していた。この世界にきて間もないころ、カイとレイトが教えてくれた。確認するように口に出してみる。
「マーキノイドは人類を狙ってきて、それ以外の生物は攻撃しない、でしたっけ」
「はい、そうです。だから人のいないこの辺りにはマーキノイドはあまり出ませんし、出たとしても戦闘になりませんから木がそのまま大きくなれるんです。拠点の近くでは、木が生えてもすぐ戦闘に巻き込まれて折れてしまいますから」
サクヤの前でいいところを見せようとしたのか、私の説明をヒマリが引き継いだ。
「それにしても木が多いな。このまま西に進んでいけば、そのうち森になるかもしれない。T1のあった辺りは元々人里から離れていたというし」
そう言ったカイが、少しだけ顔をほころばせた。珍しいその表情に、シロカさんが頬をかすかに染めた。
「もし森があるなら、一度見てみたい」
「カイさん、森を見たことがないんですか?」
一方私は、深く考えずに彼に尋ねていた。カイがこちらを振り向く。彼に背を向けられる形になったシロカさんが、そっとこちらをにらんだ気がするが気のせいだろう。
「ああ。俺はT21で生まれ育ったし、隣接する拠点くらいしか行ったことがなかった。だから森なんてものは、拠点の映像記録で見るだけのものだったな。君は森を見たことがあるのか」
「はい、私たちの世界では森は珍しくなかったです。……昨日話したキャンプなんかも、森の中でやることもあるんですよ」
「森の中のキャンプか、それはとても心地よいものなんだろうな。一度試してみたいな」
そう言って少し切なげに笑うカイを見ていると、昨日感じた情けなさがまた襲ってきた。胸がわずかに苦しくなる。
兵器を完成させるということ、その意味を考えさせられたような、そんな気がした。




