30.偶然の一致ではなさそうだ
二つ目の仮拠点も問題なく設置が終わった。一つ目の仮拠点を設置した時の半分くらいの人数しかいなかったけど、設営部隊の手際は一回目よりかなり良くなっていた。私たちは彼らの邪魔にならないようさっさと隅の方に固まる。
そうして二つ目の仮拠点で一泊した私たちは、他の部隊に別れを告げてT1を目指した。T1はどうやらここから徒歩で丸一日か二日くらいのところにあるらしい。
らしい、というのは長いことT1に行く人がいなかったせいで、そこに通じる道が今も残っているかが微妙で、どれだけかかるか正確なところが分からなかったせいだ。そして下手をすると、道なき道を突破する羽目になる可能性もあるということだった。
それにここから先は仮拠点すらないので、夜は交代で見張りを立てながら休むしかない。まあ私たちは十人もいるし、交代で見張るのも難しくはないだろうという話だったけど。それでもちょっと緊張する。
私たちはそれぞれ数日分の食料と水を持って仮拠点を出た。一応予備としてサクヤのアイテムボックスにも食糧と水を詰め込んである。前と同じ段ボール作戦だ。それでも、万が一に備えて各自持てるだけの荷物を持っておいた方がいい。
食料については軽めの携帯食だったのでさほど問題はなかったけれど、水が重い。昔の地図ではこの先に川があるとのことだったけど、今もある保証がないし生水を飲むのは危ない。なので必要な水は全部自分で持ち運ばなくてはならない。重い。
荷物のあまりの重さに内心うんざりしていたら、男性陣が私たち女性陣の荷物を少しずつ手分けして持ってくれることになった。それは嬉しいんだけど、男性陣の中でも非力なレンにこれ以上荷物を持たせるのは酷だよなとは思う。たぶんミヅキの方が体力ありそう。
そうしてどうにかこうにか荷物の振り分けも済ませた私たちは、また西に向かって歩き出した。この辺りは元々住宅地だったのか、庭だったとおぼしきスペースにでっかい木が何本もまとめて生えている。育ちまくった元庭木なんだろうな。
建物は全て朽ちていて、屋根が落ちていたり壁に大きな穴が開いていたりしていた。人が住まなくなると、家ってここまでぼろぼろになるんだなあ。
西の方、私たちが向かっている方向のはるか向こうには森らしきものが見え、その向こうには高めの山が二つそびえていた。たぶんこのまままっすぐ進むと山と山の間を通ることになるんだろう。
きょろきょろと辺りをうかがいながら歩いていたシロカさんが、私とサクヤをそっと呼び寄せて小声でささやいた。彼女は向こうの山を見つめたまま、何かを考えているような表情をしている。
「ねえ、この世界の地形なのだけど……私たちの世界のものと似ていると思わない?」
「うーん……確かに学校の近くは高い建物ばっかで、ろくに緑もなかったけどさあ。拠点の近くと似てると言えば似てるかも?」
「学校ってオフィス街の近くにあったもんね。それに、言われてみれば学校の西の方って、ちょうどあんなふうに山と森が広がってたような気がする。小学校の遠足の時に、電車で行った覚えがあるよ」
私とサクヤがそれぞれ思ったことを口にすると、シロカさんはそうでしょう、と一つうなずき、突然全く違うことを話し始めた。
「ここの住宅街を西に抜けて山の間を通り抜けると、森に囲まれた湖のそばにリゾート地があるの。お金持ちのための別荘として開発された高級リゾートよ」
何の話をしようとしているのかさっぱり分からない私とサクヤをよそに、シロカさんは淡々と説明を続けている。
「そしてそこには、施設を維持するために、独自の管理システムが存在しているの。外部と通じていない、独立したネットワークよ。さらに、その他の環境も可能な限り快適に整えられている」
「詳しいんだな、シロカさん。でもなんで今その話を?」
「……父がそのリゾート開発の関係者なのよ。それで、もしこの世界の地形と私たちの世界の地形が似通っているのなら、T1がそのリゾート地にあってもおかしくないとは思わない? レンに見せてもらったデータでも、T1は湖の近くにあると書かれていたわ」
彼女の言葉に、思わず考え込む。T1について知っていることを整理しながら、今聞いた話と照らし合わせてみる。
まず、T1にあるネットワークの中にマザーが封じられている。シロカさんが言うリゾート地には、独立したネットワークが存在した。
そしてT1は、かつてこのあたりの拠点を束ねる中枢拠点として機能していた。中枢ということはきっと偉い人がごろごろしていたのだろう。
そして偉い人は贅沢なところに住みたがると思う。T21のヤマセさんがいるフロアですら、分厚いじゅうたんを敷いて精一杯豪華にしていた。まあ豪華にしておかないと威厳が保ちにくいっていうのもあるんだろうけど。
「……うん。おかしくない。独立したネットワーク。偉い人が好きそうな豪華な住居。T1にぴったり」
しばらく考えて私が出した結論に、サクヤはまだ理解が追いつかないという顔をこちらに向け、一方のシロカさんはほっとした顔をしていた。
「なにがどうおかしくないのか、俺にはさっぱりなんだけど……まあ、シロカさんがそういうならそれでいいか」
そういう思考放棄しがちなところがシロカさんに振り向いてもらえない理由の一つではないかと思うけど、それを指摘するとさらにややこしくなりそうなので黙っておく。
「それで、どうしようか? 今の推測、みんなに話す?」
私が小声でそう尋ねると、シロカさんはそっと首を横に振った。さらさらの黒い髪が揺れる。
「いいえ。根拠がないから。実際にT1に着いて、そこで情報共有が必要になったらその時に話しましょう」
「わかった。それまでは内緒にしとく。あと周囲の地形もチェックしとくね。私たちの世界と同じものがないか」
「そうしてもらえると助かるわ。……アイラさん、カイさんのことさえなければ、あなたとはいい友達になれそうね」
そう言ってシロカさんははっきりとした笑顔を私に向けてきた。女同士だというのに一瞬ときめきそうな見事な笑みだった。
私もシロカさんに笑顔を返し、ちょっとだけそのまま見つめ合う。その横で一人仲間外れになったサクヤが「俺も入れてくれー」と情けない声を出していた。
この世界の地形と私たちの世界の地形、その共通点を見つけるのはそこまで難しくなかった。この辺りはマーキノイドが少ないとはいえ、人間が住まなくなって長いせいか建物なんかは結構朽ちている。でも道路はちゃんと残っているし、線路の名残のようなものも見つけられた。
これくらいちゃんと道路が残っているのなら、車とかも使えそうだなあ。拠点の周囲の道路はめっちゃくちゃに壊れていて、とても車なんて走らせられそうな状態じゃなかったけど。
そんなことを考えながらひたすら歩いていると、あたりの緑はどんどん濃くなっていって、とうとう森にたどり着いた。両側に山がそびえていて、その谷間を小川が流れている。
久しぶりの自然あふれる光景に、思わず深呼吸した。思えばこっちの世界に来てから、自然なんてものはT21の公園くらいのものだった。横を見ると、サクヤとシロカさんも久々の大自然を堪能している。
そうやって私たちがのんびりしている一方で、こっちの世界で生まれ育ったみんなは驚きを隠せないようだった。
レイトやマサキは素直に驚きと喜びを表しているし、いつも表情を大きく変えないカイやヨウも目を見張っている。ヒマリは感動して半泣きになっているし、その肩を優しく抱いているミヅキも森から目を離せないでいる。レンは目を輝かせながら辺りの風景を撮影しまくっていた。
私たちはしばらくそのまま森の入り口で立ち尽くしていた。懐かしさ、驚き、感動、その他色々な感情を胸に抱いて。
やがて、誰からともなくつぶやきが漏れた。
「それで、ここからどうやって進もうか……」
目の前にはみっしりと茂る木々。かつてT1に人がいた頃はここにも道があったんだろうけど、今は茂り放題に茂った木々に覆われて、道の痕跡すら残っていない。探せば獣道くらいはあるかもしれないけど、それはそれで獣に出くわしそうで怖い。
そして今まで私たちを導いてくれていたこっちの世界のメンバーは、誰一人としてこんな大自然の中を歩いた経験がない。
仕方なく、私たち異世界三人組はまた顔を突き合わせてひそひそ話をすることになった。
「シロカさん、そのリゾート地って湖のそばにあるって言ってたよね? だったらこの川を上っていけばたどり着けるんじゃないかな」
「ええ。この山の間を流れるこの川が、目的の湖につながっているわ」
「二人ともリゾート地を目指す気みたいだけどさ、、そのリゾート地がT1って決まった訳じゃないんだろ?」
「じゃああんたは他に行く当てがあるの?」
「ない!」
「それに、目印もなく森の中を歩くのは危ないわ」
「俺もそう思うよ、シロカさん」
突っ込んだり胸を張ったり同意したり、お前は何がしたいんだサクヤ。現状、こいつはあまり役に立っていない。
とにかく私たちの話し合いはすぐに終わり、その結果はカイたちに伝えられることになった。ひたすら川ぞいをさかのぼり、滝に行き当たった時だけ森に入って、崖を迂回するようにしてさらに上る。
特に誰からも異論は上がらなかったので、私たちはまた全員で隊列を組み直して森に入ることにした。
この辺りにはマーキノイドはめったに出ないようだけど、マーキノイドを引き寄せる私たちが三人揃っている以上、何がどうなるか分からないし警戒しておくに越したことはない。
仮拠点でもキャンプみたいだなって思ってたけど、森の中をみんなで踏破するとか、完璧に野外活動系のクラブ活動じゃないか。こんな時に不謹慎かもしれないけど楽しみだ。
私はちょっとだけテンションが上がっているのを自覚しながら、森の中に足を踏み入れた。




