ラストワルツ
もしも待ってくれている人がひとりでもいたなら、本当にお待たせしました。
2人のラストワルツをどうぞ。
踊ろう踊ろう、奏でるワルツにのって。
ピロン
LINEの音が聞こえた。
仕事が終わり帰宅した、まさにその時間。
私、理緒はヒールを脱ぎ捨てると、バッグから携帯を引っ張り出した。
<理緒、帰った?>
奏からのLINEだ。
すごい、相変わらず私の彼氏様はとってもいいタイミングだ。
<帰ったよー、ただいま奏♪>
送り返して微笑む。
幸せな時間は、今も緩やかに進んでいた。
…奏と1周年記念日を温泉旅館で過ごした私。
待っていてと言う奏にずっと一緒だと宣言してから、はや1年と少しが経っていた。
季節は秋から冬へと準備を始めた10月の終わり、色々と先のことも考えないといけないかなと思い出した自分を叱咤しながら過ごしている頃。
奏とは2年と2カ月になろうとしている、肌寒い夜だ。
ピロン
奏からのLINEはすぐに返ってきた。
今日は奏の方が先に帰っていて、今頃実家の部屋でのんびりしているのだろう。
開いてみるとURLで、私は首を傾げてタップした。
「…部屋??」
思わず声がもれる。
そのページに載っていたのは2DKの物件で、家賃は…うわあ、私の月給を半分持っていく。
そういえば、12月末に家の更新を控えていて、どうせなら更新せずにもう少し奏の家のそばに移動できないかな?って相談していたんだった。
私が地理に疎かったのもあって、いい場所ないかな?って聞いたのだ。
…けどもう10月終わるしなあ…。
相談したのは夏頃だし、正直、もう更新でいいかなって思ってたんだよね。
奏の提示してくれた部屋の間取りや条件は、とてもとても気に入ったけれど…けれどこの価格。
そういえば家賃の相場言ってなかったっけ…。
<素敵です!いいねー、でもごめん、これだと家賃高くて生活できそうにないのですー!>
少しだけ残念な気持ちで返すと、またすぐに返信がきた。
<じゃあ、とりあえず見に行くだけでもしてみよう>
…???
え、見に行く?
あれ、でも…あれ??
混乱がつのる。
私は何度も文を読み返し、反芻し、瞬きをした。
<えっと…あの、あれ?一緒に住んでくれる…ってこと?>
<うむ>
………。
…………!!
ほ、ほんとに!?
たっぷりのフリーズから覚めて、私は誰もいないのにきょろきょろしたり、うろうろしたり、立ったり座ったり。
感動と興奮と…何だろう、とにかく感情がない交ぜになって落ち着かない。
奏と、毎日一緒にいられるの?
同棲…同棲だあ!
奏と会う前、私は一緒に住む彼がいた。
だから、初めての同棲ではなかったんだけど、でも、なんでだろう?
このそわそわとした感情は、奏でられる鼓動は、感じたことのない旋律だった。
それから1週間、奏と部屋を探していたのだけど、やはり好条件の部屋は既に先約があり、難航してしまった。
毎日たくさんの間取りを眺めては、金額や通勤時間を計算する。
そんな中、ぽんと新築物件が現れた。
金額、間取りは問題ない。
こだわり条件とやらもクリアされている。
ただ、駅から15分の微妙な距離。
私は奏に連絡をし、その日のうちに一人で不動産会社に赴いた。
「この物件でしたら、立地は決して悪くないですね」
「少し駅から遠いかな、と」
「うーん、確かにです。他にも探してみたんですが、これより近いと築年数がら20年くらいになっちゃうんですよね」
心底残念そうに言う不動産会社の副店長さんは、この1週間でかなり仲良くなっていた。
そのため部屋に対するこだわりというか…趣というか…そんなのも一緒に考えてくれている。
その人は少し考えてから、うん、と頷いた。
「実はね、理緒さん。理緒さんだけの契約だと、難しくなっちゃう物件があるの」
「え?」
ごそりと出された書類に目を通す。
間取り、家賃…少し上がってしまうが問題ない範囲。
その他こだわりポイントもクリアされている。
それから駅から…10分!
「す、すごい…」
「奏さんだけでも通る内容なんだけど、大家さんからすると決め手にかけるかなーって思ってて。だからね」
「は、はい」
「籍、入れるって言っていいかな?そうしたら間違いない」
……
「え?」
「や、だからね。籍を入れる予定の2人だとね、格段に安心感が増すの。もう秒読みだったりしないかな?」
「そ、それは……あの、残念なことに……」
しゅんと肩をおとす私に、副店長さんはぱたぱたと手をふった。
「それを視野に入れてる2人って説明にするから、1度奏さんに聞いてもらえないかな?それまでなんとか押さえるから!」
私はとぼとぼと歩きながら考えていた。
確かにですね、あの物件は素晴らしいのです。
でも奏に「嘘でいいから籍を入れるってことにしちゃっていい?」って言うのは…なんていうかっ!
うーあーと頭を抱える。
だってそれ、困るーとか言われたら私…。
いや、そうだ。
言い方を考えよう!
だってこれは、嘘でいいんだから。
そうだよね?
私はあれやこれやと知恵をしぼり、奏と待ち合わせをした。
「どうだった?」
開口一番、奏は期待に満ちた笑み。
うう、きらきらしてまぶしい…いやいや、そうじゃなくて。
歩きながら、間取りや家賃、条件を説明すると、奏は食いついてくれた。
「いいじゃん。すぐ押さえられる?」
「うん、でもね。ちょっと条件があるのー」
「お金なら一括いけるよ?」
「あうう、そうじゃなくてですね。……ええっと、大家さんの印象操作なだけだから、嘘でいいんだけど」
「うん」
「ええっとね、籍を入れる予定ってことにすれば、通りやすいんだって。だから奏、申し訳ないんだけど、話を合わせてくれるとうれしいなあ…」
そう。
考えた結果、私は直球勝負に出た。
あれやこれやと考えても、やっぱりちゃんと奏に伝えることが大事だと思ったんだ。
何より、奏への嘘は嫌だった。
待っていた信号が青にかわり、私と奏は横断歩道を歩き出す。
その時、奏が小さく笑ったのが聞こえた。
「籍、入れてもいいよ」
私はその言葉に、安堵した。
「わあ!よかったー、じゃあ申し訳ないけど副店長さんに、籍を入れる予定ですって嘘になっちゃうけど話しちゃうね!」
ああー、よかった。
困るとか言われなくて良かった。
横断歩道が終わりにさしかかる。
すると、奏はまた笑った。
「理緒、籍入れてもいいよ」
「えっ?うん…だから………え?」
信号が点滅する。
奏は動かない。
私と奏は、横断歩道の端っこで立っていた。
「いいよ」
奏が、極上の笑みで言う。
ぽかんと見つめていると、奏はまた歩き出した。
私を追い越して渡りきり、歩道にあがるその背中を、思わず追いかける。
信号が、赤になった。
「ーーーっ、~っ」
腕にしがみつくようにして、そこに顔を押し付ける。
奏が笑う。
「理緒、嫌なの?」
思いっきり首をふる。
奏の匂いがして、胸がきゅーっとなった。
「返事」
「う、あぅ…」
「理緒。聞かせて?」
「嫌じゃ、ない…です」
「それじゃあ決まりだ。…お待たせ、俺のかわいいお姫様。…あ、もう俺の嫁だ」
「っ…う、うあぁ~~」
「理緒はやっぱりかわいいなあ」
私と奏。
出会いから付き合うまでは本当に短時間で。
でも濃密で…人生の転機だった。
ねえきっと、こういうの、運命って言うんだよね。
繋いだ手から奏のぬくもりと思いを感じる。
それを幸せに思い、私は繋ぐ手に力を込める。
これからも、ずーっと。
踊ろう踊ろう、奏でるワルツにのって。
優しい音色は私と貴方のこれからを彩る。
読んでいただいて本当にありがとうございました。
感謝をみなさまに。




