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神森村に来て3日目。今日は村の探検をしてみることにした。
昨日は秀くんに立ち入り禁止の場所などを教えてもらい、スマホにしっかりメモしてある。
飲み物とお菓子を少し持って、いざ出発。
春が近づいているからか、外はぽかぽかと暖かく、絶好の散歩日和だった。
探検と言いつつ、今日行く場所はなんとなく決めてあった。
家の近くにある神森神社と、少し歩いたところにある商店街だ。商店街には駄菓子屋さんがあるらしく、そちらもひそかに楽しみにしている。
神森神社は家の裏山にあるので、すぐに着いた。
目の前には、大きくて真っ赤な鳥居。本殿の奥には小さな鳥居がいくつも連なり、山の奥へと続いていた。
奥にも何かあるのかな?
こういうのって、千本鳥居って言うんだっけ。
修学旅行で行った京都の伏見稲荷神社を思い出す。あそこほどの規模ではなさそうだけれど、山の緑に映える朱色の鳥居はとても綺麗だった。
一礼して大鳥居をくぐり、小銭を賽銭箱に入れてお参りする。なんの神様か分からないので、とりあえず自己紹介だけしておいた。
その後、千本鳥居をくぐってどんどん奥へと進んでみる。
最初は鳥居の数を数えていたけれど、30を過ぎたあたりで面倒になってやめた。数えたところで、まだまだ先がありそうだったからだ。
鳥居は緩やかな階段に沿って建てられていた。
一段、また一段と登っていくうちに息が切れ、ようやく最後の鳥居をくぐり抜けたときには、すっかり疲れ果てていた。
「疲れた……」
少し休んでから、辺りを見回してみる。
登ってきた道を振り返ると、思っていた以上に高いところまで来ていたらしい。遠くの景色まで見渡せる。景色を楽しむためなのか、石のベンチも置かれていた。
そして、先ほどの本殿よりも小さな社が建っていた。その背後には、巨大な木がそびえ立っている。
両手を精いっぱい広げても、到底届きそうにない。幹には注連縄が巻かれていて、どうやら御神木のようだった。
御神木と社を中心に開けたその場所には、木漏れ日が降り注いでいた。思わず深呼吸したくなるような、清らかな空気が漂っている。
社に手を合わせ、ベンチでしばらく休憩した後。
さて、そろそろ戻ろうか。
そう思ったとき、階段を登ってくる足音が聞こえた。
お参りに来た人だろうか。
邪魔をしてはいけないと思い、帰ろうと鳥居をくぐりかけたところで、下から登ってきた男の子と目が合った。
わっ、綺麗な子。
端正な顔立ちをした彼は、私の姿を認めると、みるみるうちに目を見開き、驚いたような表情を浮かべた。
そして、鋭い目つきで私を睨むように見つめると、口を開いた。
「何者だ?」
彼はひどく警戒しているようだった。ゆっくりと近づいてくるものの、私から目を逸らさず、少しの動きも見逃すまいとするかのようにこちらを注視している。
見ず知らずの人、それもこんなに綺麗な人に睨まれて、すっかり気圧されてしまった。
「上妻、ひなみ、です」
なんとか声を絞り出すと、彼は怪訝そうに眉を動かした。
「上妻だと?」
「この鳥居をくぐって来たのか?」
「はい」
「体にどこかおかしなところは?」
「……え? 特に何もないです」
「そうか……」
彼は一人で納得したように呟くと、黙り込んでしまった。顎に手を当て、何かを考え込んでいる。
その間、私はまじまじと彼の顔を観察していた。
年齢は私と同じくらいだろうか。毛穴なんてまったく見当たらないほど綺麗な肌に、すっと通った鼻筋。長いまつ毛に縁取られた瞳に、形のいい口元。
モデルさんみたいだ。
こんなに綺麗な人が、田舎の神森村にいるなんて。外森を歩いていたら、すぐにスカウトされるんじゃないだろうか。
「上妻と言ったな。上妻信久の娘か?」
「ううん。信久さんは私の叔父。一昨日ここに引っ越して来たんです」
「なるほど、だから……」
「え、もしかしてここ、入っちゃいけない所でした?」
秀くんに教えてもらった立ち入り禁止の場所に、神森神社は入っていなかったはずだ。
「いや、そうではない。ここも神森神社の敷地だからな」
「そう? よかったー。ここ、すごく気持ちいい所ですね。マイナスイオンって感じ」
「あぁ。俺もたまにここに来るが、静かで落ち着く場所だ」
彼は御神木を見上げ、少し微笑んだ。
その表情は、先ほどまでの警戒心が嘘のように穏やかだった。
この御神木は、神森村ができる前からあるものらしい。村の守り神のような存在なのだそうだ。
彼は陽仁と名乗った。歳は私の一つ上らしい。
「敬語でなくても良い。名も呼び捨てでかまわない」
「そう? なら陽仁って呼ぶね」
「あぁ。ひなみは神森高校に通うのか?」
「その予定だよ。陽仁も神森高校なの?」
「そうだ。村には高校は一校だけだ」
「へぇ〜」
陽仁は、なんだか硬い話し方をする人だった。
「ヤバい」とか「マジ」とか、そういう言葉は使わない。
でも、不思議と堅苦しい感じはしなかった。陽仁の雰囲気には、その話し方がよく似合っていた。
そして、意外にもとても話しやすい人だった。
気づけば二人でベンチに座り、取り留めのない話をずっとしていた。
天気の話に、高校の先生の話。私が通っていた外森の中学校の話や、好きな食べ物、友達の話まで。
陽仁は、外森の話を興味深そうに聞いていた。
「俺はあまり村の外に出たことがない。村の中の生活しか知らないのだ」
「そうなんだ。でも、それって息が詰まっちゃいそうだね」
「そのように考えたことはなかったが……そうなのかもしれないな。外森の暮らしを知るひなみが羨ましい……そういえば、なぜ神森に引っ越して来たのだ?」
「……んー、とね。親が事故で死んじゃったから、叔父さんに引き取られたって感じ、かな」
「そうか……すまない、辛いことを聞いた」
「ううん、大丈夫だよ」
それきり、陽仁は黙り込んでしまった。
私も何か新しい話題を切り出そうと考えたけれど、なかなか思いつかない。
しばらく沈黙が続いた。
でも、不思議と嫌な感じはしなかった。
サワサワと風に揺れる木々の音が、心地よく耳に響いている。
目を閉じて、自然の音に耳を澄ませていた、そのとき。
カサ、と何かが動く音が聞こえた。
誰か来たのかな?
そう思って鳥居のほうを見たけれど、誰もいない。
不思議に思って辺りを見回すと、社の周りを二羽の鶏が軽やかに歩いていた。
「え? えぇぇええ!? なんで鶏っ?」
「ひなみ? どうした?」
「ど、どうしたって、あれ! なんで鶏がこんな所に!?」
私が指差した先に目を向けると、陽仁は「あぁ、神使か」と、何でもないことのように言った。
「ひなみ、鶏が見えるのか」
「見えるのかって、そんなの当たり前じゃない! ほら、あそこにいるし!」
「そうか、やはりか」
陽仁は一人で納得すると、ポケットから一枚の紙を取り出し、私に差し出した。
思わず受け取ってしまう。
「なに、これ?」
細長い半紙は独特な手触りで、そこには草書体らしき文字が書かれていた。けれど、私にはまったく読めない。
「今夜、何か不思議なことが起こるかもしれないが、これを持っていれば大丈夫だ」
「不思議なことって、なに、それ」
「ひなみが今まで経験したことのないことだ。それと、何があっても窓や玄関を開けないように」
「あっ、ちょっと! 陽仁!」
陽仁は千本鳥居をくぐり、走って階段を降りていった。
あっという間にその姿は見えなくなり、あとには、奇妙な紙を手に茫然と立ち尽くす私だけが残された。
「不思議なことって、いったいなんなの……?」
さあっと風が吹き、髪をさらっていった。
ふと社の周りに目を向ける。
鶏は、いつの間にかいなくなっていた。




