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「ほんとに何もない……」


 ガタゴトと、舗装されていない道を軽トラが進んでいく。助手席に座った私は、窓の外を眺めながらぽつりと呟いた。


 田んぼと畑の合間に、ぽつぽつと民家が見える。コンビニもスーパーもない。

 それどころか、すれ違う車さえ一台もなかった。


 たまに畑仕事をしている人を見かけるくらいで、結局、家に着くまでに見かけた人はたったの3人だった。


「なんにもない田舎だけど、慣れれば楽しいわよ〜。もう都会には戻れないわね。人が多すぎて、気持ち悪くなっちゃうもの」


 運転席の冬子さんは、のほほんとした口調で言った。


 冬子さんも私と同じ外森市の出身らしい。結婚を機に、この神森村へ引っ越してきたのだそうだ。



 私は今日から、この神森村で暮らすことになった。


 両親を事故で亡くした私は、父の兄にあたる信久さんに引き取られることになったのだ。冬子さんは、その信久さんの奥さんである。


 やがて軽トラが到着したのは、想像していたよりもずっと立派な家だった。


 堂々とした瓦屋根の日本家屋。広い庭には池があり、その中を色鮮やかな鯉が泳いでいる。


 あまりの大きさに、思わずぽかんとしてしまった。


 広い玄関に入ると、従兄弟の秀くんが出迎えてくれた。


「ひなみちゃん、久しぶり。大きくなったなー」

「秀くん! 久しぶり! 今日からお世話になります」


 秀くんは大学2年生の、爽やかなお兄さんだ。


 普段は外森で一人暮らしをしているけれど、今は春休みなので帰省しているらしい。


 叔父さんはまだ仕事から帰っていないそうで、私は「ゆっくり休んでて」と自分の部屋に案内された。



 外観は昔ながらの日本家屋だけれど、家の中はリフォームされているらしい。


 これから私が使うことになる部屋は、8畳ほどの洋室だった。ベッドと机が置かれ、その隅には先に送っておいた段ボール箱が積まれている。



 とりあえず、手近な段ボールを開けてみた。


 中から出てきたのは、一枚の写真だった。


 中学校の入学式で撮った、私と両親の写真。

 今よりもだいぶ幼い私と、後ろに立つ2人。お父さんもお母さんも穏やかな笑顔で写真におさまっていた。


 この2人は、もういない。


 もう、会えない。


 両親が亡くなって数ヶ月が経った今も、ふと気を抜くと涙がこぼれそうになる。


 中学校を卒業した姿を見せたかった。

 高校の制服を着た姿も、見てほしかった。



 ぐいっと涙をぬぐい、私は再び荷解きを始めた。


 もともと荷物はそれほど多くなかったので、片付けはあっという間に終わってしまった。



 手持ち無沙汰になった私は、何か手伝えることはないかと台所へ向かった。



「冬子さん、何か手伝うことありますか?」

「あら、ひなみちゃん? ゆっくりしてていいのに〜。でも助かるわ!」


 冬子さんと一緒に夕飯の準備をしながら、私は神森村についていろいろと聞いてみた。



「この村、いろんなしきたりとか言い伝えとかがあってね。覚えるのが大変だったわ〜」

「しきたり? 言い伝え?」

「そうそう。例えばね、絶対に入っちゃいけない場所があったり、新月の夜は外に出ちゃいけないって決まりがあったり」


 冬子さんは大根を切りながら、次から次へと話を続けていく。


「ほかにもね〜、いろいろあるのよ」


 本当にいろいろあるらしい。


 私はサラダ用のレタスをちぎりながら、「へぇ」と相づちを打った。


 冬子さんはおしゃべりが好きなようで、手を動かしながらも口はずっと動いている。なんとも器用なものだ。



 夕飯の支度が終わる頃、叔父さんが帰ってきた。


「ひなみちゃん、おっきくなったなぁ。今日からここが君の家だ。遠慮なく過ごしてな」


 そう言って笑う叔父さんの顔を見て、少しだけ肩の力が抜けた。


 その日の夕飯は、冬子さんと私が作った料理をみんなで囲んだ。


 誰かと一緒に食卓を囲むのは久しぶりだった。

 それだけのことなのに、なんだか泣きそうになった。



「入学式は4月6日だったかな? それまでは村の探検でもして過ごすといいよ。ただ、今から教える場所には絶対に入っちゃいけない」


 叔父さんはそう言って、いくつかの場所を教えてくれた。


 けれど、今日来たばかりの私には、どこがどこなのかさっぱり分からない。


 とりあえず、曖昧に頷いておいた。


 教えられた場所のほとんどは山や川だったし、遭難したり溺れたりしないように、ということなのだろう。



「父さん、ひなみちゃんは来たばかりなんだから、分かんないと思うよ」


 どうやら秀くんには、私の曖昧な返事がバレていたらしい。

 結局、あとでスマホの地図を使って教えてもらうことになった。



「ああ、それと、天野宮様には失礼のないようにな」

「天野宮様? 村長さんとか?」

「村長ではないんだが……なんというか、とにかく偉い方だ。この神森村は、すべて天野宮様のお膝元だからな」

「ふーん?」


 いまいちピンとこない私に、秀くんが助け舟を出してくれた。


「まあまあ、少しずつ僕が教えるよ。大学が始まるまでは外森には帰らないし」

「ああ、そうだな。秀に教えてもらうといい」



 お膝元って、何それ。

 将軍か何か?


 この時代に、そんな時代錯誤な。


 思わず笑いそうになったけれど、叔父さんも秀くんも大真面目な顔をしていたので、慌てて笑顔を引っ込めた。


 冬子さんは、相変わらずのほほんとしている。


 ……逆らったら、何か罰でもあるのかな?



 それくらい、叔父さんと秀くんは真剣な顔をしていた。



 もしかして、とんでもない村に来てしまったのではないだろうか。


 これからの生活に、少し不安を感じ始めたそのとき。

 私の表情から何かを察したのか、冬子さんが空気を変えるように明るい声を上げた。



「そういえば!」


「今日のご飯はひなみちゃんと一緒に作ったのよ〜。すごく助かっちゃった」

「へぇー、ひなみちゃん、料理できるんだ?」

「え、できるってほどじゃないけど……まあ、それなりには」

「すごいなぁ。俺も秀も全然だからなぁ」


 どうやら、叔父さんと秀くんは料理がからっきしらしい。


 やる気はあるのに、なぜか失敗する。レシピを見ながら作っているはずなのに、なぜか失敗する。


 何度か挑戦したこともあるらしいけれど、とうとう冬子さんから台所出禁を言い渡されたのだとか。



「でも秀くん、一人暮らしだよね? ご飯はどうしてるの?」

「それが不思議な話でさ。外森だと普通に作れるんだよ。まあ、得意ってわけじゃないけど、レシピ通りには作れるって感じ」

「なにそれ? この家だと作れないのに?」

「あっ、その顔、信じてないな? 今度、何か作ってみようか?」

「だめよ〜」

「……」

「でも、今度こそできるかも」

「だめ。台所には入らせません」

「……はい」



 上妻家の裏のドンは、冬子さん。


 新生活1日目。


 それだけは、絶対に忘れないようにしようと思った。

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