第四話
結論から言いましょう。
僕は無事に救出されました。
子どもたちも全員無事です。
誘拐犯たちは治安維持部隊に引き渡され、廃墟となっていた建物からは大量の違法薬物や実験器具が発見されたそうです。
どうやら、かなり大きな犯罪組織だったらしいですね。
……いや、本当に大きな問題になってしまいました。
僕はただ、子どもの悲鳴が聞こえたから助けに行っただけなんですよ?
それなのに、目を覚ましたら誘拐されていて、助けに来てくれた常連客が建物を破壊していて。
挙げ句の果てには、治安維持部隊の人たちから何度も事情聴取を受ける羽目になりました。
「……白葉さん。本当に、あのお二人とはただのお知り合いなのですか?」
事情聴取を担当してくれた女性隊員が、疲れた顔で尋ねてきた。
「はい。僕が経営しているバーのお客さんです」
「……お客様」
「ええ」
「……あの、失礼ですが。右京雷夢氏とセイン・月詠氏が、あなたのバーの常連客だと?」
「はい。お二人とも、よく来てくださいますよ」
女性隊員は口を閉じた。
しばらく僕の顔を見つめたあと、ゆっくりと額を押さえる。
「……分かりました。これ以上は聞かないことにします」
「えっ、いいんですか?」
「聞けば聞くほど、頭が痛くなりそうなので」
ああ……。
その気持ち、よく分かります。
僕も、どうしてあの人たちが僕のバーに通っているのか、いまだに理解できていませんからね。
◇
「それでは、マスター。今日はゆっくり休んでくれ」
「ああ。店のことは気にしなくていいからな」
事情聴取が終わり、施設の外に出たところで、二人がそう言った。
「いえ、そういうわけにもいきませんよ。お店の片づけもありますし……」
「片づけ?」
雷夢さんが首を傾げる。
「店は閉めているのだろう?」
「そうですけど、明日には営業を再開したいですから」
「……」
二人の表情が、同時に曇った。
あれ?
何かまずいことを言いましたか?
「……マスター」
「はい?」
「今日は、もう少し私たちと一緒にいたほうがいいんじゃないかな?」
「えっ?」
「そうだな。まだ何かあったら危険だ。しばらくは俺たちが護衛を――」
「いやいやいや! 大丈夫ですって! もう犯罪組織は壊滅したんでしょう!?」
「壊滅したかどうかは、まだ確定していない」
「えっ」
雷夢さんが、ひどく真剣な顔で続けた。
「ゆずくんを攫った連中の背後に、別の組織が存在する可能性もある。君が再び狙われないという保証はない」
「そ、それはそうかもしれませんけど……」
「ならば、護衛をつけるべきだろう?」
正論だった。
悔しいことに、正論だった。
僕はしばらく考え込んだあと、渋々と頷いた。
「……分かりました。ただし、四六時中つきまとうのはやめてくださいね?」
「もちろんだ」
「約束しよう」
二人は即答した。
……本当でしょうね?
僕は不安を覚えながらも、その場を後にした。
このときの僕は、まだ知らなかった。
二人が言うところの『護衛』が、どれほど恐ろしいものになるのかを。
◇
その日の夜。
異能都市ヒノマルの中心部にある、とある異能学園。
その生徒会室では、緊急会議が開かれていた。
議題は、昼間に発生した大規模な犯罪組織摘発事件について。
そして、その事件に介入した二人の人物についてだった。
「……右京雷夢と、セイン・月詠」
生徒会長の少女が、資料に目を落とす。
「どちらも、まともに対処できる相手ではないわね」
「はい。現場の報告によると、二人はほぼ単独で犯罪組織の拠点を制圧したそうです」
副会長が淡々と答える。
「ただし、通常の討伐任務とは違い、組織の構成員を可能な限り生かしたまま確保するよう努めていたとのことです」
「……妙ね」
生徒会長は眉をひそめた。
右京雷夢。
セイン・月詠。
どちらも、異能都市の裏側では知らぬ者のいない危険人物だ。
そんな二人が、なぜ今回に限って犯罪組織の制圧に動いたのか。
しかも、証言によれば、二人は事件の発生直後から異様なほどに焦っていたという。
「何か、二人を動かす理由があったはずよ」
「はい。現在、その理由を調査中です」
副会長が一枚の資料を差し出した。
「それと、もう一つ。現場にいた被害者の一人について、気になる報告が上がっています」
「被害者?」
「白葉ゆずという人物です。成人男性とのことですが、外見は未成年の少女にしか見えず、現在はバーを経営しているそうです」
「……バー?」
生徒会長は資料を受け取った。
そこには、事件の被害者として保護された四人の名前と、その後の簡単な経歴が記されている。
その中の一人。
白葉ゆず。
備考欄には、こう書かれていた。
『右京雷夢、セイン・月詠の両名と親交あり。両名が頻繁に訪れる店舗の経営者』
「……待って」
生徒会長の顔から、表情が消えた。
「そのバーの名前は?」
「はい?」
「店の名前よ。何というの?」
副会長は資料を確認した。
「……【宵闇の涙】です」
沈黙。
生徒会長は、ゆっくりと椅子の背もたれに身を預けた。
「……なるほど」
「何か、ご存じなのですか?」
「いいえ。ただ……」
彼女は窓の外へと視線の向けた。
「少し、面倒なことになりそうだと思っただけよ」
実のところ、彼女は知っていた。
【宵闇の涙】というバーの名前を。
それは、ここ数か月の間、異能都市の裏社会で密かに囁かれている奇妙な噂の中心にあった。
曰く。
世界最強の半神が、週に一度必ず訪れる店。
曰く。
かつて世界を滅ぼしかけた銀髪の剣鬼が、何もせず酒を飲んで帰っていく店。
曰く。
その店にいる間だけは、そんな彼らが誰も傷つけないという。
そして、最後に。
『店主に手を出した者は、二度と裏社会に戻れない』
「……まさか、実在していたとはね」
生徒会長は小さく呟いた。
「白葉ゆず、か……」
その名を、彼女は覚えておくことにした。
いずれ、会うことになるかもしれない。
世界の命運を左右するほどの危険人物たちが、揃って頭を下げる相手。
そんな人物が、本当にただのバーの店主なのか。
確かめてみる価値はある。
……もっとも。
当の本人は、自宅で布団にくるまりながら、そんなことなど知る由もなかった。
「……うぅ。明日こそ、平和な一日になりますように……」
ゆずは心の底から祈った。
明日の営業に備えて、早く寝よう。
そして、明日はいつもどおり、常連客の皆さんにお酒を提供するのだ。
それだけでいい。
それだけで、十分なのだ。
――なお、翌朝。
店の前には、見慣れない黒塗りの高級車が三台停まっていた。
そのうち一台の扉が開き、黒いスーツを着た男が降りてくる。
男は店の看板を見上げ、懐から一枚の封筒を取り出した。
封筒に記されているのは、たった一言。
『ご挨拶に伺いたい』
差出人の名前を見たならば、ゆずは間違いなくこう叫んだことだろう。
「どうして主人公陣営まで僕の店に来ようとしているんですかぁぁぁ!!」
しかし、幸か不幸か。
ゆずはまだ、布団の中だった。




