第二話
「落ち着いてください、二人とも。こんなところで責任をなすりつけあっても、意味はありませんよ」
僕がそう声をかけると、二人の少年は揃ってこちらを振り向いた。
「……あ?」
「君、誰だよ」
「さっきからずっと一緒にいるでしょう!? 白葉ゆずです! どうして僕だけ存在を認識されていないんですか!?」
ひどくないですか!?
たしかに僕は二人と比べれば存在感が薄いかもしれませんが、いくらなんでも限度というものがあるはずです!
「お、お兄ちゃん……?」
「あ、ありがとうございます、少女さん。今、僕は君のその一言に救われました」
「えっと……お兄ちゃん、怖くないの?」
「怖いですよ。ものすごく怖いです」
「えっ」
「でも、怖がっているだけじゃ何も解決しませんからね。今できることを考えましょう」
僕は少女に小さく微笑みかける。
正直なところ、今すぐにでも逃げ出したい。
前世で遊んでいたゲームには、こういう犯罪組織が嫌というほど登場した。人体実験を行う研究機関、異能者を売買する闇組織、世界の裏側で暗躍する秘密結社。
だからこそ、この世界に転生したとき僕は固く決意したのだ。
——絶対に、ああいう連中とは関わらない。
目立たず、騒がず、慎ましく。
ただ小さなバーを経営しながら、常連の悪役の皆さんに可愛がられるだけの平和な人生を送るのだと。
……それなのに、どうして僕は今こんな目に遭っているのでしょうか。
「とりあえず、治安維持部隊には連絡ができています。きっと助けが来ますから、それまで静かに待ちましょう」
「お前、連絡できたのか!?」
「はい。気絶させられる直前に、緊急通報用の端末を作動させました」
厳密には、僕の持っている小型端末に位置情報送信機能が付いていただけなのだが。
以前、常連客の一人から「この街で生きるなら、最低限の自衛手段くらい持っておけ」と強引に押しつけられた代物だ。
あのときは「バーの店主にどうしてこんなものが必要なんだ?」と首を傾げたものだが……今となっては感謝しかない。
もっとも。
「ただし、すぐに助けが来るとは限りませんけどね」
「おい! そこは嘘でも『すぐ助かる』って言えよ!」
「根拠のない希望を与えるのは不誠実でしょう?」
「お前、見た目のわりに容赦ねぇな!?」
失礼ですね。僕はいつだって誠実な人間です。
そんな会話を交わしていた、まさにそのときだった。
ガチャリ、と重々しい金属音が響く。
牢獄の奥にある厚い扉が開いた。
「おいガキども、ずいぶんと騒がしいじゃねぇか」
入ってきたのは、黒い戦闘服に身を包んだ大柄な男。
その後ろには同装の男が二人。三人とも腰に厳つい武器を提げている。
……うわぁ。いかにも犯罪者、という風貌ですね。
「ったく、商品が無駄に元気だと困るんだよ。おとなしくしてりゃ、余計な痛い目を見ずに済むってのに」
男は牢の中を見回し、僕のところでぴたりと視線を止めた。
「……おい。そこのガキ」
「はい、なんでしょう?」
「お前、どこのガキだ?」
「白葉ゆずと申します。年齢は——」
「聞いてねぇよ。なんでガキどもと一緒にいる?」
「僕にも分かりません。散歩中に誘拐されて、気づいたらここにいたので」
「……は?」
男の眉がぴくりと跳ね上がった。
「散歩中に誘拐された?」
「はい」
「抵抗は?」
「できませんでした」
「助けは呼んだか?」
「呼びました」
「……お前、自分がどういう状況か分かってんのか?」
「ええ。誘拐されて監禁されている状況ですよね?」
「だったら、もうちょっと怯えろや!!」
いや、そんなことを言われましても。
これでもちゃんと怯えているんですよ?
ただ、騒いだところで状況が改善するとは思えないだけで。
それに、僕だって中身は二十年以上生きている大人なのだ。前世を含めれば、だが。
こういう緊急事態に感情をぐっと押し殺すくらいの分別はある。
……まあ、身体はどう見ても華奢な少女(あるいは少年)にしか見えないのだろうけれど。
「おい、こいつまで一緒に連れていくのか?」
後ろの男が尋ねる。
「さあな。ガキどもと一緒にいたんだ、まとめて売っちまえばいいだろ」
「ええっ!?」
思わず声が裏返った。
ちょっと待ってください。僕まで商品扱いですか!?
「いや、僕は成人していますよ! 立派な大人です! ちゃんとバーだって経営しています!」
「……お前が?」
「はい!」
「……そのナリで?」
「そこは今関係ないでしょう!?」
男たちは顔を見合わせ——次の瞬間、吹き出した。
「……ククッ」
「ハハハハッ! おいおい、こいつ自分を大人だと思ってやがるぞ!」
「ガキが酒場の店主だってよ! 傑作じゃねぇか!」
……ああ、もう。今日は本当に厄日だ。
朝は気分よく目覚めたのに、どうしてこんな事態になっているのだろう。
僕は深々とため息をついた。
「……あのですね。僕はこう見えても客商売をしている身なんです。できれば穏便に済ませたいんですよ」
「はぁ?」
「だから今すぐ僕たちを解放してくれませんか? そうすれば、今回のことは——」
「寝言は寝て言え、クソガキ」
ガァンッ!!
男が牢の鉄格子を容赦なく蹴りつけた。
鋭い衝撃音が地下室に響き渡り、少女が悲鳴を上げて僕の服を掴む。少年たちも息を呑んで身をすくめた。
「お前らは商品だ。売り先も決まってんだよ。今さら逃がすわけねぇだろうが」
男は懐からジャラリと鍵を取り出す。
「とりあえず、一人ずつ検査に回す。……そこのチビからだ」
……チビ?
僕のことですか?
いやいやいや、見た目は未成年に見えても、中身は大人なんですよ!?
「待ってください!」
僕は鉄格子の前に一歩踏み出した。
「その子たちには手を出さないでください」
「あ?」
「僕ならいくら連れていっても構いません。だから、その子たちは——」
「へぇ、自分が代わりになるとでも?」
男がニヤリと下品に笑う。
「いいぜ。ちょうど小柄な実験体も欲しかったところだ。お前からたっぷり調べてやるよ」
……あ。
やらかした。
僕は自分の発言を心の底から後悔した。
どうして僕は、こういう場面で余計な正義感を発揮してしまうのだろう。
その、まさに直後だった。
男たちの背後から、けたたましい警報音が館内に鳴り響いた。
『警告! 第一外壁の破損を確認! 繰り返し警告、侵入者を確認!』
男たちの顔色が一変する。
「な、なんだ!?」
『侵入者は二名! 繰り返す、侵入者は——』
警報音をかき消すように、凄まじい破壊音と爆音があたりを揺らした。
通信機越しに悲鳴が響き渡る。
『応援を寄越せ! 化け物だ! 金髪の男と、銀髪の女が——っ!』
ザザーッ……とノイズを残し、通信が途切れた。
静寂。
男たちは青ざめた顔で互いを見合わせ、言葉を失っている。
……金髪の男?
銀髪の女?
僕の脳裏に、馴染み深い二人の常連客の顔が不吉に浮かび上がった。
いやいやいや。
まさか、そんな。
「……あの、もしかして」
僕は恐る恐る口を開く。
「今、殴り込んできた人たちって……」
ドゴォォォォンッ!!
爆発的な衝撃が建物全体を激しく揺らした。
天井からパラパラと粉塵が舞い落ちてくる。
そして——
『マスターを返せ』
地獄の底から届くような、ひどく冷徹で絶対的な声が響き渡った。
『今すぐ返せば、苦しまずに死ねる』
……。
……ああ。
僕は頭を抱え、両手で固く顔を覆った。
「セインさん……雷夢さん……」
お願いですから助けに来てくれるのは嬉しいですけど、建物ごと僕らを消し飛ばすのだけは本当に勘弁してくださいぃぃぃ!!




