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呼びかけても振り返らない。エリーゼはその場で待つことにした。
しばらくすると、茂みが揺れる。戻ってきたダイアウルフの口には、野ウサギがくわえられていた。そのままエリーゼの前まで来ると、そっと地面へ置く。
「……わたくしに? 朝食のお礼かしら? 野ウサギの捌き方も、騎士団員を見てたからわかるわ。ちょっとやってみるわね」
普通の貴族令嬢なら「かわいそうに」と顔を顰めただろう。
ただ、聖女として魔獣討伐に同行したエリーゼは、騎士団員たちが鳩や野ウサギ、魔獣を捌いて食べるところを何度も見てきた。そのあたりの耐性があったことは幸運だったのかもしれない。
難なく野ウサギを捌くと、また生活魔法で火をおこして焼いていく。
昨日残ったタスクボアの肉も魔導収納バッグから取り出すと、ウサギだけでは足りないだろうと、ダイアウルフの前に置いた。
パンと林檎も追加した。林檎から先に食べるダイアウルフに、くすりとエリーゼが笑う。
「林檎をたくさん入れてきて良かったわ。こうして、一緒に食べるとおいしいわね!」
エリーゼは上機嫌だった。その日も森の中を歩き続け、日が傾き始める頃には野営に適した場所を見つけて足を止めた。
集めた薪に生活魔法でさっと火を灯す。するとほどなくして、ダイアウルフがその日の獲物をくわえて戻ってきた。エリーゼは獲物を手早く捌いて焼き、魔導収納バッグからパンや林檎を取り出して添える。そうして焚き火を囲み、ダイアウルフと二人で夕食を楽しんだ。
そんな日々が三日ほど続いた。四日目には、透き通った綺麗な川にたどり着いた。木々の間から差し込む陽光を受けて、水面がきらきらと輝いている。底に転がる白や灰色の小石までくっきりと見えるほど澄んでいて、流れも緩やかだ。これなら歩いて向こう岸まで渡れそうだった。
ちょうど汗ばむような陽気だったこともあって、ダイアウルフは川を見つけるなり、勢いよく水の中へ飛び込んだ。ばしゃん、と盛大な水しぶきが上がる。
しばらく気持ちよさそうに水の中を駆け回っていたダイアウルフは、急に足を止めた。きらきらと目を輝かせながらエリーゼを振り返り、「早くおいで」とでも言うように一声鳴く。
「ふふっ。誘ってるの?」
思わず笑みをこぼし、エリーゼも靴を脱いで川へ足を踏み入れた。ひんやりとした水が心地いい。
すると待ってましたとばかりにダイアウルフが駆け寄ってきて、前足でばしゃばしゃと水を跳ね上げる。
「きゃっ! もう、やったわね!」
エリーゼも負けじと両手で水をすくい、ダイアウルフに浴びせかけた。ぶるぶるっと全身を震わせたダイアウルフから、今度は何倍もの水しぶきが飛んできた。
「きゃあー。ずるいわよ」
まさか魔獣を相手に、こんなふうに水遊びをする日が来るなんて思いもしなかった。
きっと今頃は、焦ったフランシスが自分を捜し回っているかもしれない。けれど今は、そんなことなどどうでもよかった。
エリーゼは久しぶりに声を上げて笑いながら、ダイアウルフと一緒になって、しばらく川ではしゃいだのだった。
「こうして見ると、白くて綺麗な毛並みね。そうだ、あなたに名前をつけてあげる。スノウはどうかしら? 雪という意味よ」
ダイアウルフはエリーゼの手に鼻先を押しつけた。エリーゼはこれを承諾と受け取り、気に入ってくれたのだと理解した。
翌日も似たような朝を迎え、しばらく歩いていたその時だった。
――キィィィィィッ!!
鋭い鳴き声が森中に響き渡る。続いて、激しく羽ばたく音に混じって、男たちの切迫した声が聞こえてきた。




