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「さあね」
フランシスの唇が震えた。
「エリーゼは魔力を失ったままならあと五年しか生きられないと、母上は言っていた」
「ああ」
グレンヴィルは納得したように頷いた。
「だったら、術を受けた者の倍の速さで生命力を削られる。エリーゼが五年だったのなら――君はその半分。二年半というところかな」
フランシスが大きく目を見開いた。
「嘘だ……そんな酷すぎる……」
「俺に言われてもね。そういうリスクがあるから禁忌の魔法なんだろ。古代魔法は記録も曖昧でいい加減な記述も多い。だから、実際やろうとする者はいないんだよ。どうなるかわからないからね」
「そんな……」
フランシスは力が抜けたように背もたれへ沈み込んだ。
「同情する気にはなれないな。俺の大事なエリーゼをそんな目に遭わせた報いだろう」
グレンヴィルは当たり前のようにそう言った。
エリーゼは静かに息を吐き、フランシスを見つめる。
「フランシス殿下。さようなら。もう二度と会いたくはありませんわ」
エリーゼの言葉に、フランシスは何も返せなかった。
唇を震わせたまま、しばらくエリーゼを見つめていたが、やがて力なく視線を落とす。
もうエリーゼが自分のもとへ戻ることもないと、ようやく理解したのだろう。
フランシスはそれ以上何も言わず、重い足取りで応接室を出ていった。
「もう俺の研究所に来るなよ。今度来たら命の保証はできないよ」
グレンヴィルはフランシスの背中に向かって警告した。
その後、フランシスはポワブール王国へ帰国した。だが、彼が王位を継ぐことはなかった。魔力移植の失敗から、すでに一年ほどが経っている。呪い返しによって残された時間はわずかだ。帰国後、フランシスは急速に衰弱していき、やがて王太子としての公務をこなすことさえ難しくなっていったという。
さらに追い打ちをかけるように、王家がひた隠しにしてきた事実が明るみに出た。かつて聖女であったエリーゼに禁忌の古代魔法である魔力移植を施し、その魔力をフランシスへ移していたこと。その計画にはフランシスだけでなく、国王と王妃も深く関わっていたこと。そして魔力を失ったエリーゼを見限り、婚約を破棄し第二妃の話までしたことが公になった。魔力移植の仕組みやそれらを裏付ける証拠まで、なぜか一つ残らず揃っていたという。
その結果、国王と王妃はその罪を問われ、王宮を追われて終身幽閉の身となった。フランシスもまた王位継承権を剥奪され、療養という名目のもと、監視された離宮で残された生涯を送ることになった。こうして王位を継ぐ者を失ったポワブール王国では、王家の傍系から新たな国王が立てられた。
そんなポワブール王国のその後を、エリーゼはグレンヴィルから聞かされた。二人は研究棟の応接室で、のんびりとお茶を楽しんでいたところだった。
話を聞き終えたエリーゼは、自分を抱きかかえているグレンヴィルを見上げる。
グレンヴィルはマカロンを一つ摘まむと、当然のようにエリーゼの口元へ持ってくる。
「そんなことより、これを食べてみてよ。なかなかおしゃれでおいしいんだ。エリーゼにぴったりなスイーツだよ」
「んっ……おいしいです。ところで……グレンヴィル殿下……もしかして」
「ん? どうしたの?」
グレンヴィルは何食わぬ顔で首を傾げた。
「急にすべてが明るみに出るなんて不思議ですわ……いったい、誰が――」
「悪いことって、いつかはバレるものなんじゃない? 神様っているんだね」
そう言って笑うグレンヴィルを見て、エリーゼはそれ以上追及するのをやめた。
かつてエリーゼから魔力を奪い、その人生まで利用しようとした者たちは、こうして自らの行いの代償を払うことになったのだった。
そして、エリーゼを陥れようとした者たちにも、それぞれ相応の処分が下された。
ジェイムズはエリーゼを無理やり自分のものにしようとした罪を問われ、正式に裁判にかけられた。王族であることを理由に罪が軽くなることはなかった。王位継承権と王族としての身分を剥奪されたうえ、国外追放を命じられた。
一方、レティシアも何の咎めもなく済むことはなかった。エリーゼに睡眠薬の入った飲み物を渡し、ジェイムズに指示された部屋へ連れていったことが問題視され、彼女もまた責任を問われることになった。
グレンヴィルからも厳しい処分を求める声が上がり、国王はレティシアを王都から追放し、辺境の修道院へ送ることを命じた。 かつて美貌と家柄を武器に華やかな社交界の中心にいたレティシアだったが、その姿が王都の夜会で見られることは二度となかった。
これまでトリストン王国では、長子であるジェイムズが次代の王位を継ぐものと考えられていた。しかし、そのジェイムズが王位継承権を剥奪されたことで、次代の国王を誰にするのか、改めて定める必要が生じた。
そして国王が新たな後継者として選び、正式に王太子へと指名したのは、グレンヴィルだった。
「……俺が王太子ですか?」
「他に誰がおる?」
国王に言われ、グレンヴィルはあからさまに嫌そうな顔をした。
「研究があるんですけど。魔導具開発だって続けたいし……」
「やめろとは言っておらん。王太子としての務めを果たしたうえで続ければ良い」
「簡単に言ってくれますね……」
グレンヴィルは最後まで渋っていたものの、兄が王位継承権を失った以上、いつまでも拒み続けるわけにもいかない。
こうしてグレンヴィルは、トリストン王国の王太子となった。
とはいえ、王太子になったからといって研究所を離れるつもりはなかった。
王宮での公務をこなしながら、これまで通り研究所にも通うことになった。
以前なら難しかっただろう。
けれど今は、グレートイーグルたちがいる。彼らの力を借りれば、王都と魔の森にある研究所をあっという間に行き来することも難しくはないのだから。
それからしばらく経ったある日、エリーゼとグレンヴィルは、スノウを連れて魔の森を歩いていた。
木々の間を抜ける風が、エリーゼの髪を揺らしていく。少し先ではスノウが茂みの匂いを嗅ぎながら、楽しそうに駆け回っていた。
「ちょっと話があるんだ」
グレンヴィルはいつになく真剣な表情をしていた。




