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その姿を見た瞬間、エリーゼの身体が強張った。
二度とその姿を見たくない人だった。
「……フランシス殿下」
忘れるはずがない。
かつて愛と信頼を寄せた自分を裏切った男。
フランシスはエリーゼを見つめると、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「ようやく見つけたよ、エリーゼ。まさか魔の森にいたなんて……こんな所に研究所があるなんて知らなかったよ」
「ふふっ。エリーゼ様は祖国へお帰りになるべきなのよ。わざわざ王太子殿下自ら迎えにいらしたんですもの 」
レティシアが勝ち誇ったように言う。
エリーゼの隣で、グレンヴィルがフランシスとレティシアを交互に見た。スノウは警戒するように歯を剥き、低く唸っている。
一瞬、フランシスはスノウの姿に怯んだものの、ダイアウルフとは気づかず、ただの大型犬だと思ったようだった。
「……ふーん。君がポワーブル王国の王太子ね。で、わざわざ俺の研究所になんの用?」
「グレンヴィル殿下、お話でしたら応接室へお通ししたほうがよろしいかと。ここでは騎士たちもいますし、職員や職人たちの目もあります」
後ろにいたバートンが、困ったように眉尻を下げる。
仕方なくグレンヴィルは、研究所内の応接室へ二人を案内した。
エリーゼとグレンヴィルが並んで腰掛け、その向かいにフランシスとレティシアが座る。 席に着くなり、フランシスは当然のように言った。
「迎えに来たよ、エリーゼ。ずいぶん探した。さあ、ポワブール王国へ帰ろう」
「どうぞ、わたくしのことはルミエール伯爵とお呼びくださいませ。……それにしても、迎えに来たですって?」
あまりにも予想外の言葉に、エリーゼは片眉をわずかに上げた。
「意味がわかりません。どの口がそのようなことを言えるのでしょう?」
「エリーゼは私の婚約者なのだから当然だろう?」
「違います、元婚約者ですね。わたくしに魔力がなくなった途端、婚約を破棄したのはフランシス殿下ではありませんか? ああ、第二妃にしてくださるというありがたいお話はいただきましたわね? 文官がするような仕事を押しつけるために」
エリーゼは即座に反論した。
グレンヴィルからたくさんの愛をもらい、トリスタン王国で自分の力を認められたエリーゼは、もうかつてのように従順でおとなしいだけの女性ではない。今の彼女には、言うべきことをきちんと言えるだけの自信があった。
突然、部屋の空気が冷え込んだ。グレンヴィルから漏れ出した冷気が足元を這い、テーブルの縁や窓ガラスに白い霜が広がっていく。床には薄氷まで張り始めていた。
どうやら、怒りのあまり無意識に氷魔法が漏れ出しているらしい。それでもグレンヴィル自身は声を荒らげることなく、軽蔑の眼差しをフランシスへ向けた。
「ずいぶん、恥知らずなんだな。ポワブール王国の王太子は……そんなことをしておいて迎えに来たとは、笑わせてくれる」
フランシスはグレンヴィルに怯えながらも必死にエリーゼに声をかける。
「あのときは、そうするしかなかった。だが、今はエリーゼ……いやルミエール伯爵が一番大切だと気づいた」
「嘘はもうたくさんです。大切な女性に魔力移植の古代魔法なんて使うものですか!」
フランシスの顔が引き攣った。
「……やはり、聞いていたのか? あれは……そのぉ……誤解なんだよ」
エリーゼは真っ直ぐフランシスを見た。
「わたくしの魔力を奪って、ご自分のものにしたのでしょう? 本当はヴィヴィアン様を好きだったのに、我慢していたとおっしゃっていました」
「違う!」
「何が違うのです? わたくしは聞いたのです。わたくしの魔力をあなたへ移したことも、そのせいでわたくしが魔力を失ったのだということも。でも、不思議なことに今は魔法が使えます。そういえば……わたくしの命は、あと五年ほどしかないとヴィヴィアン様はおっしゃっていましたわ 」
口にした途端、忘れかけていた不安が急に現実味を帯びた。
「グレンヴィル殿下。ここで過ごす毎日があまりにも幸せで、そんなことを考えることすらなくなっていました。……もっとグレンヴィル殿下と一緒にいたいのに……」
「……なるほど、そういうことだったのか。エリーゼ、安心して。君は絶対に死なないから」
グレンヴィルは、ようやくすべてが繋がったというように頷いた。
「本当に?」
「うん、エリーゼはもっとずっと長生きできるさ。それに、エリーゼの魔力が一度失われて、また戻った理由もわかったよ」
グレンヴィルはそう言ってから、フランシスへ視線を向けた。いつの間にか部屋を満たしていた冷気は消え、気温も元に戻っている。それなのに、フランシスの周囲だけは別だった。髪や睫毛には白い霜が張りつき、寒さに耐えるように体を震わせている。どうやらグレンヴィルは、彼だけを狙って氷魔法を使っているらしい。
「魔力を奪われる者からの信頼と愛がなくなると魔力移植は失敗する。だから真実をエリーゼが知った途端、少しづつ魔力はエリーゼに戻った。もちろん、それと共に彼女が命を削られる危険も去った。その一方で、フランシス王太子は魔力がなくなったんだろうな」
フランシスの顔色が変わった。
「なぜ、それを……」
「俺は魔法にはかなり詳しいよ。魔導具開発をする一方で、古代魔法も研究してきたんだ」
グレンヴィルは小さく息を吐いた。
「しかし、まあ……気の毒に……フランシス王太子の命はそう長くないね」
「……なにを言っているんだ?」
「魔力移植に失敗した術者には、それ相応の報いが待ってる。まさか知らないのか?」
フランシスの表情が強張った。
「失敗すると……どうなる? 魔力がなくなるだけだろ?」
「そんなわけがあるか。ただ元に戻っただけなら、報いにはならない。呪い返しが起こるんだよ」
「呪い……返し?」
「他人から無理やり魔力を奪うんだ。当然、それだけの代償がある。奪った魔力を定着させることができなかった場合、その負荷は奪った側へ返るんだよ。つまり命を削られる」
グレンヴィルは淡々と説明した。フランシスは無意識に胸元を押さえた。
「まさか……そんな馬鹿な。……私はいつまで……生きられるんだ?」




