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「俺、王太子になっただろう? 正直、今でも面倒だと思ってる」
「そんなことをおっしゃってはいけませんわ」
「なったからにはちゃんとやるよ。父上の仕事も少しずつ引き継いでいくことになるし、今までよりずっと忙しくなると思う」
「そうでしょうね」
「だから――」
グレンヴィルがエリーゼの手を取り、そっと口づける。
「これから先も、ずっと俺の隣にいて支えてくれない? エリーゼがいたら俺は頑張れるから」
エリーゼは微笑んだ。
「もちろんですわ」
「じゃあさ、俺と結婚しよう」
大国の王太子らしからぬ飾らないプロポーズに、エリーゼは思わず笑ってしまった。
完璧な容姿に、明晰な頭脳、莫大な財産。すべてを持っている人なのに、少しも気取ったところがない。そんなグレンヴィルらしい言葉だった。
だからエリーゼも、わざと軽く答えた。
「……はい。わたくしたち、結婚しましょう」
次の瞬間、エリーゼは強く抱きしめられていた。
瞳に熱を帯びたグレンヴィルの顔がゆっくりと近づいてくる。
エリーゼがそっと目を閉じると、唇に柔らかな感触が触れた。
ほんの短い口づけだった。
唇が離れ、エリーゼが目を開ける。
すぐ目の前で、グレンヴィルが幸せそうに笑っていた。その笑顔を見ているだけで、エリーゼの胸も満たされていく。
「王都へ行って父上に話そうよ。明日あたり、スノウも連れて顔を出そうか?」
「ええ、きっと喜んでくださいますわ」
『エリーゼ、グレンヴィル、何のお話?』
いつの間にか戻ってきたスノウが、二人の間に顔を突っ込んできた。
エリーゼは笑って、その頭を撫でる。
「わたくしとグレンヴィル殿下は、これからもずっと一緒に暮らすというお話よ」
『ずっと一緒? スノウも?』
「ええ、もちろんよ」
『良かった!』
スノウが嬉しそうに尻尾を振る。
エリーゼはその頭をもう一度撫でてから、森の奥へ目を向けた。
魔獣と人間が理解し合い、協力できることは証明できた。
けれど、それですべての問題が解決したわけではない。
最近、瘴気の濃い森の一角では魔獣の繁殖が活発になり、個体数が急激に増える傾向があった。その仕組みは、まだ解明されていない。
「ところでグレンヴィル殿下。次は瘴気について、詳しく調べてみたいですわ」
「俺も考えていたところだよ。なぜ瘴気が濃くなると魔獣の数が増えるのか。その仕組みがわかれば、人間の都合で魔獣を減らさなくても、解決法が見つかるかもしれない」
「ええ。増えた魔獣をどうするかじゃなくて、増えすぎる原因そのものを調べましょう」
エリーゼは大きく頷いた。
調べたいことは、まだいくらでもある。
けれど、それを大変だとは思わなかった。
知らなかったことを知り、できなかったことをできるようにしていく。その先に、人間と魔獣が共に暮らせる世界がある。
それはグレンヴィルが追いかけてきた夢だ。そして今では、エリーゼの夢でもあった。
「では、研究所に帰ったら、さっそく研究計画を立てましょう」
「今から?」
「もちろんですわ」
「プロポーズした日なのに?」
「それとこれとは別です」
「エリーゼらしいなあ」
グレンヴィルが笑う。
エリーゼもつられて笑い、その手を握った。
エリーゼとグレンヴィル、そしてスノウは並んで研究所へ向かって歩き出した。
魔獣と人間が共に生きられる世界を作る。
その夢を叶えるために、エリーゼとグレンヴィルの研究は、これからも続く。
完




