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けれど、もう隠す意味などない。自分はここを去るつもりなのだから。
こうなったら、胸の内をすべてぶつけてしまえばいい。
「……わたくしも、グレンヴィル殿下が好きですもの。それなのに……わたくしの心を弄んだのですか? 酷いです。婚約者がいらっしゃるなら、最初からあんなことをしないで!」
グレンヴィルが呆気に取られたようにエリーゼを見つめる。
「いや、待って、エリーゼ。俺に婚約者なんていないよ」
あまりにもきっぱりと言われ、今度はエリーゼが固まった。
「……え?」
「レティシアとは婚約なんてしてない」
「でしたら、あの書類はなんですの!?」
「書類?」
「グレンヴィル殿下とレティシア様のお名前が書かれていました。婚姻についても記されていて、国王陛下の署名までありました」
グレンヴィルの表情が変わった。
「それ、誰に見せられたの?」
「レティシア様ですわ」
グレンヴィルが黙り込む。
「……わたくし、本当に苦しかったんです。グレンヴィル殿下を嫌いになれない。でも、他の女性の婚約者を奪うようなことはしたくない。あなたがレティシア様と結婚するところを見るのも嫌で……だから、ここを出ていくしかないと――」
最後まで言い切ることができず、エリーゼの声が震えた。
堪えていた涙が、とうとう頬を伝った。
「俺を信じてよ。だけど、その書類って……」
しばらく考え込んでいたグレンヴィルが、やがて「ああ」と声を漏らした。
「それは、父上が俺に魔獣の研究を三年間だけ認めるって言ったときの書類だよ。あれには二枚目があるんだよ」
「二枚目……?」
「うん。君が見せられた一枚目には、俺とレティシアの婚姻について書かれていて、父上の署名もある。でも、あれはそれだけで婚約が成立する書類じゃないんだ」
「そうなのですか?」
「二枚目に条件が書いてある。『魔獣との共存計画が成功しなかった場合』ってね。それに、最後には俺とレティシア、それぞれの署名欄がある。レティシアは署名したけど、俺はしてない」
「…………」
「だから最初から婚約は成立してないよ。それに共存計画は成功したんだから、父上が提示した条件は成立してない。あれはなんの効力もないただの紙切れだよ」
グレンヴィルはあっさりと言った。
エリーゼは言葉もなく、グレンヴィルを見つめた。
何度か瞬きをしてから、ようやく事実が頭に染み込んでくる。
(わたくしはレティシア様に騙されていたの?)
「……五歳の頃からずっと、レティシア様はグレンヴィル殿下をお慕いしていたとおっしゃっていました。そこへ、わたくしが途中から割り込んできたのだと……そう責められて」
「五歳の頃からだって? レティシアはずいぶん話を盛ったようだね。大嘘だよ」
グレンヴィルは即座に否定すると、呆れたように笑った。
「その頃のレティシアは、確かダイヤモンド鉱山を持ってる辺境伯家の長男と次男にまとわりついてたよ。五歳にしては、妙にませてたんだよね。相手の家が裕福かどうかまでちゃんと見てたし」
「え?」
「昔から、お金持ちで綺麗な男が好きなんだよ。だから、たぶん相手は俺じゃなくてもいいんじゃないかな」
「そ、そうなのですか?」
「うん。レティシアは俺が魔導具を開発して稼いだお金が目当てなんだと思う。この世界で俺ほど金持ちもいないかもね。でも、俺が好きなのはエリーゼだけだ。他の誰でもないよ」
あまりにも迷いなく言われ、エリーゼの先ほどまで胸を占めていた怒りが、急速に行き場を失っていく。
安堵した途端、今度はグレンヴィルにひどい態度をとってしまったことが気まずくなってきた。
「ご、ごめんなさい。わたくしったら、すっかりレティシア様のおっしゃったことを鵜呑みにして」
言い終える前に、グレンヴィルに抱きしめられた。いつもより少し強い力だ。
「これでまた仲良くできるね」
エリーゼの髪にキスをひとつ落とす。
エリーゼはもう拒まない。
けれど、もうひとつだけ気になることがある。
「……グレンヴィル殿下。そういえば、一つお聞きしたいことがあります」
「うん」
「ずっと不思議だったのですが、どうしてグレンヴィル殿下は、叙爵式の翌朝から急に恋人のように接してきたのですか? わたくし、好きだと言ってもらった覚えがないです」
「……え?」
「え?」
二人は顔を見合わせた。
グレンヴィルは本当に意味がわからないらしく、きょとんとしている。
「俺、言ったよ? というか、エリーゼのほうが先に言ったんだけど」
エリーゼは首を傾げながら眉を寄せた。
今度はグレンヴィルが困惑する番だった。
「エリーゼが俺に言ったんだよ。『グレンヴィル殿下がいい』『あなたじゃなければ嫌なんです』って」
何を言われているのかわからない。
いや、言葉の意味はわかる。
わかるからこそ、信じられない。
「わ、わたくしが……? グレンヴィル殿下に? あなたじゃなければ嫌だと?」
「そう言ったよ」
エリーゼは必死に記憶を辿った。
あの夜、体が急におかしくなって、密室の中でジェイムズが近づいてきた。
怖くて、グレンヴィルに助けを求めた。
そして、グレンヴィルが来てくれた。
覚えているのは、そこまでだ。
そのあとは、何も思い出せない。
「グレンヴィル殿下が助けに来てくださったところまでは覚えております。でも、そのあとは……気がついたら翌朝でしたもの。そんなことを申し上げた記憶なんて、ありませんわ!」
今度はグレンヴィルが呆然とする。
「まさか、俺が『大好きだ』って言ったのも覚えてない?」
エリーゼが固まった。
「……なんですって? き、聞いておりません!」
一気に顔が熱くなり、二人で見つめ合う。
ようやくグレンヴィルにも、何が起きていたのかわかったらしい。
「ああ……」
グレンヴィルが額に手を当てた。
「だからか……朝、俺が手を繋いだら『どうして手を繋いでいるのでしょう?』って聞いただろう?」
「聞きましたわ」
「俺、照れてるんだと思ってた。考えたら睡眠薬を飲まされて意識が朦朧としていたら覚えているわけがないよね。俺が迂闊だったよ」
安心したのか、グレンヴィルはどこかほっとした顔をしている。
「これで誤解が解けたよね。しかも、さっきエリーゼ、俺のこと好きだって言ってくれたし」




