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食事を始めてしばらくすると、グレンヴィルがこちらを見た。
「エリーゼ、これ好きだったよね」
そう言って、自分の皿にあった料理を取り分けようとする。
「自分で取れますわ」
「……うん」
伸びかけた手が引っ込む。
また、胸が痛んだ。
昨日の朝までなら嬉しかったことを、一つずつ自分で拒んでいる。
それなのにグレンヴィルは怒ることもなく、寂しそうな顔をしている。
(悪いのは自分ではなくグレンヴィル殿下よ)
そう思っているのに、罪悪感まで湧いてくる。
エリーゼはそれ以上何も言わず、黙って食事を続けた。スノウも二人の間に漂う空気を感じ取っているのか、困ったようにエリーゼとグレンヴィルを交互に見上げている。
やがて食事を終え、エリーゼが席を立とうとしたとき、フィリシアにそっと腕を掴まれた。
「エリーゼさん、ちょっといい?」
その様子を見たグレンヴィルは、「じゃあ、俺は先に研究室に戻ってるね」と告げ、その場を離れていった。バートンもさりげなく席を立つ。
フィリシアは気遣わしげな声音で、そっとエリーゼの耳元で囁いた。
「どうしたの? 昨日まであんなに仲良しだったじゃない」
「わたくし……いいえ、言えません。ごめんなさい。自分が惨めになるから、言いたくないんです」
フィリシアは一瞬黙った。
「……わかった。無理には聞かないわ。でも、話したくなったらいつでも言って。私でよければ、いくらでも聞くから」
「……ありがとうございます」
午後になっても、二人の間のぎこちなさは消えなかった。
研究に必要な会話はする。
質問をすればグレンヴィルはいつも通り丁寧に答えてくれるし、エリーゼも必要なことには答える。
ただ、それだけだった。
以前の距離に戻っただけ。
「エリーゼ」
呼ばれて顔を上げる。
「なにか?」
「……やっぱり怒ってるよね?」
「怒ってなどいませんわ」
「じゃあ、どうして俺の顔を見てくれないの?」
言われて初めて、ほとんど一日グレンヴィルと目を合わせていなかったことに気づいた。
エリーゼは顔を上げた。
琥珀色の瞳が、心配そうにこちらを見ている。
「……これでよろしいですか?」
「良くない」
「では、どうしろとおっしゃるのです?」
「それを知りたいんだよ」
グレンヴィルが困ったように眉を下げた。
「何かあったなら話して。俺にできることなら何でもするから」
優しい。
こんなときまで。
だからこそ、余計に辛かった。
「……今は、何もお話ししたくありません」
「エリーゼ」
「少し、放っておいてくださいませ」
それだけ言って、エリーゼは目を逸らした。
しばらくして、小さな声が返ってくる。
「……わかった」
グレンヴィルはそれ以上何も言わなかった。
三日目になっても、エリーゼの態度は変わらない。必要な会話はする。研究について尋ねられれば答えるし、わからないことがあればグレンヴィルに質問もする。けれど、それだけだ。
手は繋がない。
隣に座ろうとすれば距離を取る。
髪に触れようとすれば、さりげなく身を引く。
グレンヴィルも、さすがにもう限界だった。
彼は朝から何度もエリーゼの様子を窺っていた。
それでもエリーゼは、気づかないふりをして研究を続けていた。
「エリーゼ、ちょっといい?」
「なんでしょう?」
「こっち向いて」
「お話なら聞いておりますわ」
「そうじゃなくて、俺を見て」
仕方なく顔を上げる。
グレンヴィルは真剣な表情をしていた。
「エリーゼがおかしくなって、もう三日目だ。俺、ずっと考えたんだけど、やっぱりわからないよ。エリーゼが怒ってる理由。俺、何かしたんだよね? だったら教えてよ。わからないままじゃ、謝ることもできない」
謝る。
その言葉に、エリーゼの胸がざわついた。
「……謝れば済むと思っているのですか?」
思わず口から出てしまった。
「やっぱり、俺が何かしたんだ……でもさ、何をしたのかな?」
「ご自分でお考えください」
「ずっと考えてたよ。でも、本当にわからないんだ」
「でしたら、もう結構です」
エリーゼは資料をまとめて立ち上がった。
「どこに行くの?」
「……もう、ここにはいられません」
「え?」
「辞めさせていただきます。わたくしは荷物をまとめて出て行きます」
言い切って、エリーゼは研究室を出た。
廊下を歩き始めると、すぐに後ろから足音が追いかけてくる。
「待って。なんで研究所を辞める話になるの?」
エリーゼは答えず、そのまま歩き続けた。
「辞めないでよ。理由を教えて」
追いついたグレンヴィルが隣に並ぶ。
「もうわたくしに構わないでください! どうしてそこまで引き止めるんですか。スノウなら、ここにいるよう説得します。グレンヴィル殿下にも国王陛下にも懐いていますから、大丈夫です」
「魔獣共存計画を心配してるんじゃない。君には俺の側にいてほしいんだ」
グレンヴィルがエリーゼの前へ回り込んだ。
その言葉を聞いた瞬間、押し殺していたものが一気に込み上げた。
「だったら、レティシア様はどうするのですか!」
「どうしてそこでレティシアが出てくるんだい?」
「どうして……どうして、こんなことができますの? わたくしが何も知らないからって、あんまりです!」
「何の話?」
「レティシア様は、グレンヴィル殿下の婚約者なのでしょう!」
「ちょっと待って。婚約者って――」
「手を繋いで、抱き寄せて、髪に口づけて……わたくしの側にいたい、触れたいとまでおっしゃって!」
声が震えた。
もう止められなかった。
「わたくし……グレンヴィル殿下がわたくしを好きでいてくださることが、本当に嬉しかった。だって、わたくしも――」
そこまで言って、言葉を詰まらせた。




