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翌朝、エリーゼがゆっくりと瞼を開けると、見覚えのない天井画が目に飛び込んできた。自分はベッドの上で寝かされている。
(ここは……?)
昨夜の記憶が蘇り、慌てて身を起こす。
そこで、ソファに横たわるグレンヴィルの姿に気づいた。その足元にはスノウも丸くなっている。
エリーゼの起きた気配に、グレンヴィルが目を覚ました。
「エリーゼ? 起きたのかい?」
ほとんど同時にスノウも顔を上げる。
グレンヴィルは昨夜の服装のままだった。どうやら一晩中、ここにいてくれたらしい。少し着崩れたドレスシャツから覗く胸元に、エリーゼは落ち着かない気持ちになり、そっと視線を逸らした。
「あれから、わたくし……眠ってしまったのですね?」
「そうだよ。一応医師にも診せたが、何も心配ないとのことだった」
「ずっと付いていてくださったのでしょう? ありがとうございます。ですが、もう大丈夫ですわ」
「本当に? 頭は痛くない? 気分は悪くない? 水は? 今、持って来させようか」
矢継ぎ早に尋ねられ、エリーゼは首を横に振る。
「大丈夫です。それより……早く帰りたいですわ」
昨夜のことを思い出すだけで、胸がざわつく。
「ここにいるのは嫌です。グレンヴィル殿下と一緒に、研究所へ帰りたい……」
「いいとも。今すぐ帰ろう。エリーゼの望むことはなんでも叶えてあげる」
「え?」
あまりにも甘い言葉に、エリーゼは戸惑ってグレンヴィルを見つめた。どうして急に、こんなことを言うのだろう。
「スノウ、グレートイーグルを呼べる?」
『うん!』
スノウは窓から庭園へ降り立つと、魔の森の方角へ向かって大きく息を吸い込んだ。
――ウォォオオーン!!
力強い遠吠えが、朝の王宮に響き渡る。
しばらくすると、空の彼方に黒い影が現れた。
グレートイーグルだ。
「きゃっ……! グレンヴィル殿下?」
「俺が抱きかかえて運んであげる」
「え? あの……わたくし、もう大丈夫です。自分で歩けますわ」
「だめだよ」
グレンヴィルは当然のように言い切った。
「エリーゼは俺と離れてはいけない。ずっと側にいなきゃ。だろ?」
「……はい?」
「昨夜のようなことがあったばかりなんだから、しばらく一人にはできないよ」
「あ……そういうことですか」
それならば仕方がない。
「ご心配をおかけして申しわけありません」
「謝らなくていいよ」
そう言って、グレンヴィルはエリーゼを軽々と抱き上げた。
そして、そのままごく自然な仕草で、彼女の髪にそっと口づける。
「……?」
エリーゼは不思議そうに髪へ手をやった。
今、髪に何か触れたような――。
「さあ、帰ろうか」
「……はい」
にこやかに微笑むグレンヴィルを見上げながら、エリーゼは小さく首を傾げた。
研究所へ戻ると、エリーゼは一度自室へ戻り、昨夜のドレスからワンピースへと着替えた。さすがに疲れは残っていたものの、体調に問題はない。身支度を整えて部屋を出ると、廊下ではグレンヴィルが待っていた。
「グレンヴィル殿下?」
「食堂に行こう。何か食べた方が絶対いいから」
「はい」
エリーゼが歩き出そうとすると、グレンヴィルが当然のように手を取った。それだけではない。指と指を絡め、しっかりと握られる。
「……あの」
「なに?」
「どうして手を繋いでいるのでしょう?」
尋ねると、グレンヴィルはむしろ不思議そうな顔をした。
「これくらい当然だろう? それとも、また抱き上げて食堂に行っても良いけど」
「えっ! こ、これで良いです……」
「残念。俺は食事の間も抱いていたいけどね」
「はあ……?」
心配してくれているにしても、少し過保護すぎでは?
そう思いながらも、エリーゼはグレンヴィルと手を繋いだまま食堂へ向かった。
食事中も、グレンヴィルはやたらとエリーゼの世話を焼く。
フィリシアやバートンも一緒だというのに、しきりにこちらを気にかけてくるのだ。
「エリーゼ、これ美味しいよ」
「え?」
「ほら、口を開けて」
グレンヴィルが自分の皿のローストビーフを一口大に切り、エリーゼの口元へ差し出す。
エリーゼは周囲を見た。フィリシアは「あらまあ」とでも言いたげに、にこにことこちらを眺めている。バートンもどこか微笑ましそうな顔をしていた。スノウだけは二人の様子などまるで気にせず、目の前の林檎に夢中になっている。
(は、恥ずかしい……)
「いえ、自分でいただけますわ」
「俺が食べさせたいんだよ。ローストビーフは嫌いなの? この酸っぱめのソースはエリーゼ好みだと思うよ」
なんだか妙に楽しそうだ。それどころか、声までいつになく弾んでいる。
「……わかりましたわ」
仕方なく、エリーゼは小さく口を開けた。
「どう?」
「……おいしいです」
「だろう?」
琥珀色の瞳が甘く蕩け、形のいい唇が嬉しそうに弧を描く。
あまりにも綺麗な微笑みを真正面から向けられ、エリーゼは熱くなった頬をそっと押さえた。
やがて朝食を終えると、グレンヴィルが席を立った。
「さて、一緒に研究室に行こうよ」
そう言って、グレンヴィルはまたエリーゼの手を取った。当然のように指と指を絡ませられる。食堂にいた者たちから微笑ましげな視線を向けられ、エリーゼは恥ずかしさに思わず俯いた。
研究室へ着くと、いつもなら二人は向かい合った机でそれぞれ作業を始める。最近では、エリーゼも術式を学びながら、グレンヴィルの新たな魔導具開発を手伝うようになっていた。 ところが今日は、グレンヴィルがエリーゼの隣に椅子を運び、肩が触れ合うほど近くに腰掛けた。そして、開発中の魔導具に関する資料を二人の間に広げる。
「グレンヴィル殿下、近くありません?」
「そう?」
「とても近いと思います」
「こっちの方が二人で資料を見やすいよね?」
「それはそうですけれど……」
エリーゼは机の端に置かれている、まったく同じ資料へ目を向けた。
「もう一冊ありますよね?」
「うん」
「では、そちらをご覧になればよろしいのでは?」
「でも、二人で見た方が楽しいよね?」
「…………」
あまりにも迷いなく返されて、何も言えなくなる。グレンヴィルはそんなエリーゼを見て、にこにこと笑っていた。かと思えば、不意に顔を寄せ、エリーゼの髪に軽く口づける。
「……っ!」
エリーゼの肩が跳ねた。
「グ、グレンヴィル殿下?」
「なに?」
「今……」
「うん?」
何事もなかったかのような顔をしている。
「……なんでもありませんわ」
エリーゼは赤くなった顔を隠すように資料へ視線を落とした。
(どうして急に、こんな……)




