44 sideグレンヴィル
「わたくしはグレンヴィル殿下が……いい……」
「……え?」
思わず聞き返した。
エリーゼはグレンヴィルの胸元に顔を寄せたまま、掠れた声を続ける。
「わたくし……あなたじゃなければ嫌なんです……」
グレンヴィルの心臓が大きく跳ねた。
その瞬間、周囲の音が消えたような気がした。
腕の中にいるエリーゼを見下ろす。
彼女は自分の胸に縋りついている。
俺がいい?
俺じゃなきゃ嫌だ?
それはつまり――
(……エリーゼは俺のことを……好き?)
鼓動が急にうるさくなった。同時に、これまで自分でもよくわからなかった感情が、次々と胸の中に蘇ってくる。
エリーゼが笑えば心が和んだ。自分の夢を理解し、素晴らしいと言ってくれたことが、どうしようもなく嬉しかった。今まで気軽にハグしてきたのに、急に躊躇するようになった。
彼女が危険な目に遭えば、何も考えられなくなるほど怖くなる。今は兄を一生許せないほど怒りに燃えている。
ドレスを選んでいるときだって、彼女がそれを着た姿を想像して幸せな気分だった。今日、そのドレスを着て現れたエリーゼから、一瞬目を離せなくなったほどに見とれた。
(ああ……そうか。俺も……エリーゼが好きなんだ)
ひどく単純な答えだった。そう気づいた途端、不思議なくらいすべてが腑に落ちた。
そして腕の中にいる彼女も、自分を選んでくれた。
こんな状況なのに、胸の奥に抑えきれない喜びが込み上げてくる。
(なんだ……両想いだったのか)
グレンヴィルは、エリーゼを抱く腕にそっと力を込めた。
「エリーゼ。俺も君が大好きだ」
コクンと頷いたような気がした。腕の中のエリーゼを見ると、グレンヴィルの胸に体を預けたまま目を閉じている。
『エリーゼ、大丈夫?』
元の大きさに戻ったスノウが、心配そうに覗き込んでくる。
「ああ。心配ない。どうやら安心して眠ってしまったようだ」
廊下から慌ただしい足音が響いてくる。
先ほどの轟音を聞きつけたのだろう。騎士たちが次々と駆けつけ、蝶番ごと外れた扉を見て息を呑んだ。
「これは……いったい何が……」
騒ぎはそれだけでは収まらなかった。
祝宴の最中だったこともあり、何事かと様子を見に来た貴族たちまで集まり始めたのだ。
やがて人垣を割るようにして、国王が姿を現した。
「グレンヴィル!」
室内を見渡した国王の表情が険しくなる。
床に倒れているジェイムズ。グレンヴィルの腕の中にいるエリーゼ。壊された扉。
「これはどういうことだ?」
グレンヴィルはエリーゼを抱きかかえたまま、国王を真っ直ぐに見た。
「兄上がエリーゼに不埒な真似をしようとしました。俺が殴ったのは正当防衛です」
「なんだと?」
周囲がざわめく。
「幸い、間に合いました。何もされてはいません。ですが、エリーゼは薬を盛られているようです。おそらく睡眠薬の類いでしょう」
国王の顔から表情が消えた。
「……ジェイムズ。なんと愚かな……」
低い声だった。
ざわめいていた貴族たちが、一斉に口を閉ざした。
「王族たる者がこのような真似をするとは……なんと情けない」
「父上。俺は到底、兄上を許せません」
自分でも驚くほど、低い声が出た。
エリーゼがどれほど怖かったか。
考えただけで、体の奥から再び怒りが込み上げてくる。
「エリーゼはこの国のために尽くしてくれた聖女様です。俺の大事な女性なんだ。それを……こんな目に遭わせるなど、絶対に許せない」
「……わかっている」
国王はしばらく無様に床に伸びているジェイムズを見つめ、それから近衛騎士たちへ命じた。
「ジェイムズを連れていけ! 沙汰があるまで地下牢に閉じ込めろ。一歩も出すな」
第一王子を前に一瞬の躊躇はあったものの、国王直々の命令だ。やがてジェイムズは部屋から連れ出されていった。
「父上。エリーゼを医師に診せます」
「ああ。すぐに連れていけ」
『スノウも行く!』
「ああ。一緒においで」
腕の中のエリーゼを抱きしめる腕に、わずかに力がこもる。
もう二度と、こんな目には遭わせない。
グレンヴィルはそう心に誓いながら、その場を後にした。
エリーゼを別室へ運ぶと、すぐに侍医を呼んだ。
寝台に寝かされたエリーゼを診察した侍医は、やがて安堵したように息をついた。
「ご安心ください。飲まされたのは、それほど強い睡眠薬ではないようです。特に心配はないでしょう」
「そうか……よかった」
グレンヴィルはようやく肩の力を抜いた。
「念のため、目を覚ますまではここで休ませてあげてください」
「ああ。そうするよ」
グレンヴィルは眠っているエリーゼへ視線を向けた。
穏やかな寝息を立てている姿を確認し、ようやく胸を撫で下ろしたのだった。




