43 sideグレンヴィル
エリーゼの姿が見えない。
グレンヴィルがそのことに気づいたのは、貴族たちとの話がようやくひと段落したときだった。先ほどまで彼女がいた場所へ目を向ける。
いない。
会場を見回しても、あのレモンイエローのドレスはどこにも見当たらなかった。
(どこへ行ったんだ?)
化粧室にでも行ったのだろうか。最初はそう思った。
だが、しばらく待っても戻ってこない。
胸の奥に、ざわりと嫌な予感が広がった。
グレンヴィルは人の輪を抜けると、国王の長椅子で眠り込んでいたスノウのところへ向かった。
「スノウ。起きろ。エリーゼがいないんだ」
『……エリーゼ?』
まだ眠そうなスノウの目が開く。
「どこへ行ったのかわからない。匂いを追えるか?」
その言葉を聞いた途端、スノウは立ち上がった。鼻先を動かし、辺りの匂いを探る。
『こっち』
スノウが歩き出し、グレンヴィルもすぐにその後を追う。大広間を出て、いくつもの廊下を進む。華やかな祝宴の音が遠ざかるにつれて、グレンヴィルの胸騒ぎは強くなっていった。
「エリーゼが、こんなところまで一人で来るか……?」
『だって、エリーゼの匂い、するよ。絶対、この先にいる』
スノウが足を止めた。
王宮の最奥の部屋。
人気もなく、廊下もどこか薄暗い。
「エリーゼ!」
グレンヴィルは取っ手を掴んだ。
鍵がかかっている。
「くそっ……!」
すぐさま手のひらを扉へ向けた。
「吹き飛べ!――ブロウ・アウェイ」
凄まじい風が廊下を駆け抜け、扉を直撃した。
ドンッ!
腹の底まで響くような衝撃音。
分厚い扉が大きく軋み、蝶番がわずかに歪む。
それでも、扉は持ちこたえた。
「ちっ……!」
そのとき、扉の向こうからジェイムズの声がした。
「無駄だ。この部屋は王族を一時的に幽閉するために造られたものだ。扉には魔法への耐性もある」
「兄上……!?」
「もっとも、お前が本気で魔力を叩き込めば、扉ごと部屋を吹き飛ばすことくらいできるだろうがな」
嘲るような声が続く。
「だが、そのとき中にいる私とエリーゼがどうなるか。お前ならわかるだろう?」
「……っ!」
グレンヴィルの顔色が変わった。
グレンヴィルが本気で魔力を叩き込めば、おそらく扉を破壊することはできる。だが、この頑丈な扉を打ち破るほどの威力となれば、衝撃が室内にまで及ぶ可能性が高い。エリーゼが中にいる以上、そんな賭けには出られなかった。
「くそっ……!」
そのとき、隣にいるスノウが目に入った。
「スノウ!」
『なに!?』
「大きくなれるよね?」
『もちろん、なれるよ!』
「この扉を破ってくれ! ただし、蹴り飛ばすんじゃない。扉が中へ飛んだらエリーゼが危ない」
『じゃあ、スノウが扉を押さえる!』
「頼む!」
次の瞬間、スノウの身体が膨れ上がった。
二倍。
三倍。
巨大化した身体が、廊下いっぱいに埋め尽くす。
スノウは低く身構えると、真っ直ぐに扉を睨みつけた。
『エリーゼ、いま助けるー!』
床を蹴る。
巨体が弾丸のように扉へ飛びかかった。
轟音。
蝶番が弾けたが、扉は室内に向かって吹き飛ばされることはなかった。
スノウの巨体が瞬時に覆いかぶさったからだ。
「エリーゼ!」
グレンヴィルは飛び込んだ。
そして、目に入った光景に息が止まった。エリーゼがどこか気だるそうに、ソファにもたれている。その傍らで、ジェイムズが突然の轟音に驚いたようにこちらを振り返っていた。頬や額には、何本もの赤い引っかき傷が走っている。
「なんて女だ。散々抵抗しやがって……お陰でなにもできなかった」
「兄上!」
グレンヴィルの拳が、ジェイムズの頬を捉えた。
「ぐっ……!」
ジェイムズの身体が床へ転がる。
思いっきり強い力で殴った。
どうしても許せなかったのだ。
だが、今はジェイムズのことなどどうでもいい。
「エリーゼ!」
エリーゼはぼんやりとした瞳でこちらを見上げた。
「大丈夫? エリーゼ、俺がわかる?」
「……グレンヴィル……殿下……?」
「うん、俺だよ」
エリーゼはグレンヴィルに手を伸ばす。
グレンヴィルはエリーゼをそっと抱き寄せた。
「怖かったね。もう大丈夫。俺がいるから」
震える背中を支えながら、できるだけ優しく言った。
「……グレンヴィル殿下……もっと早く来てくださらないと。あなたはわたくしの側にずっといなきゃだめです……」
「うん」
グレンヴィルはエリーゼを抱いている腕に力をこめる。
「もう兄上を近づけさせないよ、絶対だ」
「わたくしはグレンヴィル殿下が……いい……」
「……え?」




