41
叙爵式の後には、王宮の大広間で盛大な祝宴が催された。それは単に新たな爵位を授かった者を祝うためだけの宴ではない。今回成し遂げられた、人と魔獣との協力。それが国にとってどれほど画期的な出来事であるかを広く示し、その功績を公に称えるための祝宴でもあった。
王族をはじめ、大臣や有力貴族たちが集まり、長いテーブルには色とりどりの料理が所狭しと並べられている。
その中に、一か所だけ妙に様子の違う席があった。
巨大な皿に山盛りになった肉。
そして、その隣には籠いっぱいの真っ赤な林檎。もちろん、スノウの席である。しかもその席は国王の隣だ。どうやら国王自ら、そこをスノウの席に指定したらしい。
『林檎!』
それを見つけた途端、スノウの尻尾が勢いよく振られた。
国王が愉快そうに笑う。
「遠慮せず食べるが良い。今日の主役の一人だからな」
『王様、良い人!』
「そうかそうか!」
国王はすっかり上機嫌だ。
エリーゼはその様子を見ながら苦笑した。
「スノウったら……」
ポミエ男爵になったというのに、本人が喜んでいるのは爵位ではなく、目の前に積まれた肉と林檎である。そんなスノウを見守っていた貴族たちの表情も、和らいでいた。
恐ろしい魔獣。
人間に害をなす存在。
そう思っていた者は多い。
けれど今、国王のすぐ隣の席に飛び乗り幸せそうに林檎を頬張る姿に、かつての恐怖を重ねる者はもういなかった。
『王様、これおいしい!』
「そうか。ならばもっと持ってこさせよう」
『ほんと!? 王様、大好き!』
「ははは! そうかそうか!」
いつの間にか、国王とスノウはすっかり仲良くなっていた。
「父上……ずいぶん楽しそうだな。まるで孫を可愛がるお爺ちゃんだな」
グレンヴィルが呆れたように呟く。
「ふふっ。スノウも楽しそうですわ」
エリーゼも笑った。
それからしばらくして、グレンヴィルがエリーゼを呼ぶ。
「エリーゼ、見て」
「はい?」
グレンヴィルに言われて振り向いたエリーゼは、思わず目を丸くした。つい先ほどまで山のような料理が積まれていたスノウの皿は、すっかり空になっている。そして当のスノウはというと。
『……スゥ……スゥ……』
満腹になったらしく、国王の長椅子で、気持ちよさそうに眠っていた。
「まあ……あんなところで寝てしまって」
エリーゼが慌てて迎えに行こうとすると、国王が手を上げてそれを制した。
「良い、良い。寝かせておいてやれ」
「ですが、あちらは国王陛下の……」
「構わん。スノウは可愛い。城では好きなところで寛げば良い。余が許可する 」
そう言うと国王は満足そうにスノウを見つめた。
「よく働き、よく食べ、よく眠る。実に立派な男爵ではないか」
「ふふっ……そうですわね」
エリーゼは笑った。周囲からも、くすくすと楽しげな笑い声が聞こえてくる。
人間の王がいて、人間の貴族たちがいて。その中心で、一匹の魔獣が男爵として祝福され、安心しきって眠っている。かつてなら、考えられなかった光景だ。
けれど今、それを奇妙だと咎める者はいなかった。エリーゼはグレンヴィルと顔を見合わせ、そっと微笑み合う。
グレンヴィルがずっと願っていた、人と魔獣が共に生きる未来。その未来がまたひとつ、目の前で形になったような気がして、エリーゼの胸は温かな喜びで満たされていた。
祝宴はその後も賑やかに続いた。
今回の功績を称えられたグレンヴィルの周囲には、ひっきりなしに貴族や重臣たちが集まっている。被災地を訪問した夜にも宴が開かれたが、こちらのほうが遙かに規模が大きい。
次から次へと話しかけられ、さすがのグレンヴィルも身動きが取れないようだった。
少し離れたところからその様子を眺め、エリーゼはくすりと笑った。
助けを求めるようにこちらを見るグレンヴィルと目が合う。けれどエリーゼは、にっこり笑って小さく手を振った。
(頑張ってくださいませ、グレンヴィル殿下)
そんなことを考えていると、いきなり後ろから声をかけられた。
「エリーゼ様」
「あら、レティシア様」
振り返ると、レティシアが飲み物の入ったグラスを手に立っていた。
「ずっとお話をされていたでしょう? 喉が渇いたのではありませんか?」
「まあ、ありがとうございます。ちょうど何かいただきたいと思っていたところですの」
何の疑いもなく、エリーゼは差し出されたグラスを受け取った。
冷たい飲み物が、乾いた喉に心地よい。
「美味しいですわ」
そう言って微笑み、もう一口飲む。
「……あら?」
しばらくして、足元がぐらりと揺れた。
エリーゼは思わず近くのテーブルへ手をつく。
おかしい。
先ほどまで何ともなかったのに、急に身体から力が抜けていく。頭にも薄い靄がかかったようで、周囲の話し声まで遠く聞こえ始めた。
「エリーゼ様? どうなさいました?」
「なんだか……少し、目眩が……」
「まあ、大変。少し休んだほうがいいですわ。控え室までお連れします」
「申しわけ……ありません……」
レティシアに支えられ、エリーゼは大広間を後にした。その頃にはもう、自分がどこを歩いているのかさえ、はっきりとはわからなくなっていた。
長い廊下をいくつ曲がったのだろう。華やかな祝宴の音は、いつしか遠く消えていた。
「こちらで少し休みましょう」
「はい……ありがとうございます……」
扉が開き、エリーゼは室内へと連れていかれる。
控え室なのだろう。そう思っていた。
「ご迷惑をおかけして……すみません、レティシア様……」
ふわふわとした意識のまま、エリーゼはソファへ体を預けた。
やがて、ぱたんと扉の閉まる音がした。
しばらくして、再び扉が開く。
「……レティシア様?」
重たい瞼を持ち上げ、扉のほうへ目を向ける。しかし、そこに立っていたのは、レティシアではなかった。
「やあ、エリーゼ嬢」
「……ジェイムズ殿下?」
どうして彼がここにいるのだろう。
ぼんやりとした頭で辺りを見回してみるが、レティシアの姿はどこにもない。
おかしい。
朦朧としていた意識の奥で、警鐘が鳴った。




