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叙爵式の話を聞いてから数日後。研究室での一日の仕事を終え、そろそろ自室へ戻ろうとしていたエリーゼは、グレンヴィルから大きな箱を差し出された。リボンのかかった綺麗な箱だ。
「わたくしに?」
「うん。開けてみて」
促されるまま蓋を開け、エリーゼは息を呑んだ 。中に収められていたのは、春の日差しを思わせる淡いレモンイエローのドレスだった。
柔らかな生地をたっぷりと使ったスカートは、腰から裾へ向かって優雅に広がり、その裾には小花の繊細な刺繍が施されている。
胸元にも同じような刺繍があしらわれ、その中心には、光を受けて蜂蜜のようにきらめく琥珀色の宝石が飾られていた。
「まあ……素敵」
思わず声が漏れる。華美すぎないのに、王宮へ着ていくには十分な品格がある。ここの工房で作られている生地が使われているため、着用者の体型に合わせて伸縮する優れ物だ。グレンヴィルの発明品のひとつでもある。
「でも、どうしてこれをわたくしに?」
「叙爵式に着ていけるようにと思って」
「……ドレスなら自分で用意できますわ。ちょうど王都へ、明日にでも買いに行こうと思っていたところです。こちらへ来てからいただいたお給料も、ほとんど使っていませんし」
「それは知ってるけど」
グレンヴィルは少し困ったように笑った。
「これは俺が贈りたかったんだ。もう買ってしまったし、エリーゼのために選んだものだから、受け取ってくれない?」
エリーゼはもう一度ドレスへ目を落とす。改めて見れば、随所に使われた琥珀色の宝石が妙に目についた。どこかでよく目にする色だと思ったところで、エリーゼはふと顔を上げる。目の前にあるグレンヴィルの瞳も、同じ琥珀色だった。
「まあ、この宝石……グレンヴィル殿下の瞳と同じ色ですわ」
「え?」
指摘されて初めて気づいたように、少しだけ気まずそうに視線を逸らした。
「……言われてみれば、そうだね」
「お気づきではなかったのですか?」
「ごめん。エリーゼに似合いそうだと思って選んだ……無意識だったよ」
「ふふっ。そうなのですね。ありがとうございます、グレンヴィル殿下。では、お言葉に甘えて大切に着させていただきますわ」
「ああ。きっと似合うと思うよ」
そう言って笑うグレンヴィルの琥珀色の瞳と、ドレスに散りばめられた同じ色の宝石を見比べて、エリーゼはもう一度小さく笑った。胸の奥にふわりと花が咲いたように、華やいだ気持ちが広がっていった。
このドレスを着て王宮へ行く。
その日が来るのが、今から楽しみだ。
叙爵式当日。エリーゼとグレンヴィル、そしてスノウは、グレートイーグルの背に乗って王都へと向かった。
大きく羽ばたくたび、眼下の景色がものすごい速さで後ろへ流れていく。馬車ならば長い時間を要する道のりも、グレートイーグルならひとっ飛びだ。王宮へ到着した三人は、そのまま叙爵式の行われる大広間へと案内された。
高い天井からは巨大なシャンデリアがいくつも吊り下げられ、磨き上げられた床には眩い光が降り注いでいる。左右には正装した貴族や大臣たちがずらりと並び、正面の壇上には国王とジェイムズの姿があった。王妃は数年前に病で亡くなっている。
エリーゼは、少しだけ緊張しながら大広間へ足を踏み入れた。
やがて式が始まり、まずグレンヴィルの功績が称えられ勲章が授けられた。そして、エリーゼの名が呼ばれる。エリーゼは国王の前まで進み出ると、落ち着いた所作でカーテシーをした。
今回の災害において聖女の力を用い、重傷者の命を救ったこと。そして、これまで危険な存在とされてきた魔獣との意思疎通をグレンヴィルと共に可能にし、人と魔獣が共に生きる新たな道を示したこと。その功績が大広間に朗々と読み上げられる。
「……ゆえに、エリーゼ嬢。そなたを伯爵に叙し、ルミエールの地を与える。今後はエリーゼ・ルミエール伯爵と名乗るがよい」
「謹んで拝命いたします」
エリーゼは深々と頭を下げた。盛大な拍手が大広間を満たす。
「続いて、スノウ」
名を呼ばれたスノウは、居並ぶ貴族たちの間を悠然と進み、国王の前へ出た。堂々たる体を持つ魔獣が、格式高い叙爵式の場を歩いていく。その姿には王者の風格さえあり、左右に並ぶ貴族たちから小さなどよめきが起こった。
やがて国王の前まで来ると、スノウは静かに足を止めた。
「スノウ。お前もまた、多くの民を救い、人と魔獣をつなぐ大きな役目を果たした。その功績を称え、男爵位を授ける。また、王都北方のポミエの地と、そこに広がる林檎園を領地として与える。今後はスノウ・ポミエ男爵と名乗るがよい」
男爵位より何より、スノウの耳はある言葉にぴんっと反応した。
『本当にりんご園をくれるの!?』
厳粛な大広間に、首に付けた魔導翻訳機から弾んだ声が響き渡る。堂々たる姿からは想像もつかない幼いセリフに、居並ぶ貴族たちが呆気にとられる。これほど立派な体をしていても、ダイアウルフとしてはまだ子供なのだ。
「うむ。あそこに実る林檎は、すべてそなたのものだ」
『ぜんぶ!?』
「ぜんぶだ」
『王様、ありがとう!』
ぶんぶんと尻尾を振るスノウに、国王は堪えきれず笑い出した。
「ははは! どうやら男爵位より、そちらのほうが嬉しいらしいな」
『もちろんさ。とても嬉しいよ。ありがとう!』
こうしてトリストン王国に、一人の女伯爵と一頭の男爵が誕生したのだった。




