39
王宮での宴を終えた翌朝、エリーゼたちは馬車で研究所への帰路についた。王宮は王都にあるとはいえ、魔の森とは反対側の王都の端に建っている。
グレートイーグルならあっという間の道のりも、普通の馬車ではそうはいかない。数日をかけ、ようやく研究所の建物が見えてきた。すると、その周囲には数羽のグレートイーグルが羽を休めていた。
どうしてここにいるのだろう。エリーゼがスノウに尋ねてもらうと、意外な答えが返ってきた。
『ここにいれば、おいしい魚がもらえると思ってるみたい。それで、何か仕事があるならやりたいんだって』
「まあ、そうなの? それは頼もしいわね。グレンヴィル殿下。ここで製造した魔導具を、彼らに王都まで運んでもらうのはどうでしょう? 帰りには、研究所で必要な食料品や日用品を運んでもらえば無駄がありませんわ」
「なるほど。それはいいね」
「ご褒美のお魚まで、自分たちで運んでもらうことになりますけれど」
「あはは。それなら大容量の魔導収納バッグを使おう。そうしないと、この子たちの魚だけで背中がいっぱいになりそうだ」
顔を見合わせ、二人は笑った。
こうしてグレートイーグルたちは、王都と研究所を行き来して荷物を運ぶようになった。
それからしばらくすると、研究所では人間たちに混じって魔獣が働く姿も、すっかり当たり前の光景になっていた。
グレートイーグルだけではない。フォーテイルドホースたちも工房へ材料を運んだり、完成した魔導具を倉庫へ移したりと、今では立派な働き手の一員だ。
その日もエリーゼが、大容量の魔導収納バッグをグレートイーグルの背に取り付けていると――。
「やあ、聖女様。実は父上から、とても良い話を持ってきたんだよ」
聞き覚えのある声に、エリーゼの手が止まった。振り返ると、そこにはジェイムズが立っている。
その姿を認めた途端、そばにいたスノウがエリーゼを守るように一歩前へ出た。それだけではない。魔導収納バッグを取り付けてもらっていたグレートイーグルまで、警戒するように翼を広げる。
キュワァーー!
「うわっ、なんだ?」
鋭い鳴き声が響き渡り、何事か建物から何人もの職員が顔を覗かせた。その中にはグレンヴィルもいて、ジェイムズの姿を認めるなり、足早にエリーゼのもとへやってくる。
「兄上。今日はまた何の用?」
エリーゼとジェイムズの間へさりげなく入ると、警戒も露わに兄を見据えた。
「先に言っておくけど、エリーゼにはあまり近づかないでよ。まあ、スノウが黙っていないと思うけどさ」
「相変わらず酷い扱いだな。今日は本当に良い話を持ってきたんだよ。とりあえず、お茶くらい飲ませてくれないか?」
「……わかったよ」
グレンヴィルは渋々といった様子で、ジェイムズを応接室ではなく食堂へ案内した。グレンヴィルは飲み物が並んだ一角を指さす。
「ここはセルフなんだ。ジュースでもお茶でも、好きなものを自分で入れて飲んでよ」
「仮にも兄であり第一王子である俺に、自分で茶を淹れろと?」
「嫌なら飲むなよ。ここでは身分なんて関係ない」
「はいはい」
ジェイムズは肩をすくめ、自分でお茶を淹れると、エリーゼたちの待つテーブルへ戻ってきた。
「で、良い話ってのはなにさ?」
「ああ。実は父上からの伝言を預かってきたんだ」
ジェイムズはカップを置くと、エリーゼとグレンヴィルを順に見た。
「今回の三人の功績は非常に大きい。そこで父上は、グレンヴィルには勲章を、エリーゼ嬢には爵位を与えることにしたそうだ」
「えっ!? そ、そのようなもの、とてもいただけませんわ。わたくしはグレンヴィル殿下のお手伝いをしただけですもの」
思いもよらない話に、エリーゼは目を見開いた。
「そう言うと思ったよ。だが、これからもトリストン王国で暮らしていくつもりなら、爵位を持っていて損はないだろう?」
「ですが……」
「それに、爵位があれば観劇の際に桟敷席も取りやすくなる。人気の公演でも、今よりチケットが手に入りやすくなるかもしれないよ」
「……え? そうなのですか?」
エリーゼの表情がわずかに揺れる。
「どうしてわたくしが観劇を好きだとご存じなのですか?」
「レティシアから聞いたんだ。ずいぶん楽しんでいたそうじゃないか」
「それは……確かに、とても素晴らしかったですけれど……」
思わぬところを突かれ、エリーゼは言葉に詰まった。
そんな彼女を見て、ジェイムズが薄く笑みを浮かべる。
「それから、スノウにも爵位が与えられる」
「……スノウにもですか?」
「もちろん。今回の功績を考えれば当然だと父上は言っていたよ。それと、褒賞として広大な林檎園も与えるそうだ」
その瞬間、今まで黙って話を聞いていたスノウの耳がぴんっと立った。
『りんご園!?』
首元につけられた魔導翻訳機から、弾んだ声が響く。
「そうだ。毎日、山ほど林檎を食べられるぞ。どうだい?」
『エリーゼ、もらおう!』
「スノウ!?」
『スノウ、爵位ほしい!』
「スノウは爵位ではなく林檎が欲しいのでしょう?」
『うん!』
迷いなく答えるスノウに、ジェイムズが吹き出す。
「ははは! どうやら一人は説得できたようだな」
「もう、スノウったら……」
呆れながらも、エリーゼは思わず頬を緩めた。今ではスノウのことを、魔獣というより、まるで自分の子供のように感じている。
「エリーゼが見たい劇のチケットぐらい、俺がいくらでも手に入れるさ。それに、スノウは今だってたっぷり林檎を食べているんだがなぁ」
グレンヴィルはそう言い、しばらく考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「まあ、爵位はないよりあったほうがいいかもね。せっかくだから、父上の厚意を受け取っておこうか。エリーゼもスノウも、それで良い?」
「はい。グレンヴィル殿下がそうおっしゃるのでしたら」
『ぼくも良いよ! 林檎園!』
「スノウは本当に林檎が大好きね」
エリーゼが苦笑すると、スノウは嬉しそうに尻尾を振った。
「叙爵式は一ヶ月後だ。国中の貴族たちが招かれ、盛大に行われるそうだ。ではな」
そう言い残すと、ジェイムズは満足そうな笑みを浮かべて食堂を後にした。




