4
「あなたが魔力を失ったりするから、こんな扱いを受けるのよ! 聖女でなくなっただけでも恥ずかしいというのに、今度は文官の真似事ですって? どこまで私たちに恥をかかせれば気が済むの? 本当に、なんて無能な娘なのかしら!」
そう吐き捨てた次の瞬間、マルベール公爵夫人の膝から力が抜け、その場に崩れ落ちた。
「奥様!」
侍女たちが悲鳴を上げ、慌てて駆け寄る。慌ただしく侍医を呼びに廊下を走る足音が響く中、騒ぎを聞きつけたマルベール公爵が執務室から姿を現した。
エリーゼはマルベール公爵夫人に説明したことをもう一度繰り返す。マルベール公爵から返ってきた言葉は、予想どおりだった。
「……マルベール公爵家の娘が第二妃だと? なんと情けない……。お前が不甲斐ないせいで、このような扱いを受けるのだ。わかっているのか!」
庭園で聞いたことを話せるような雰囲気ではなかったし、たとえ話したところで信じてもらえないだろう。
だからエリーゼは何も言わず、その場を離れて自室へ逃げ込んだ。
ドアを閉めた途端、その場に座り込む。フランシスたちの言葉を何度も何度も思い出し、心が張り裂けそうで、思わず自分の体を抱きしめた。
フランシスを慕い、わずか七歳の頃から王の言いつけに従って神殿で暮らし、聖女として治癒や浄化を担うだけでなく、豊富な魔力を生かしてさまざまな属性魔法も扱ってきた。騎士団が定期的に魔獣討伐へ向かう魔の森にも、積極的に同行した。
魔力を失った今でこそ実家に戻されているが、自由のない閉ざされた神殿で、ずいぶん長い間耐えてきたのは、やがてフランシスが王となるこの国を守るためだ。
さらには王太子妃になるため、毎日のように王宮へ通い、厳しい教育に耐えてきたのもフランシスの横に立つため。
それほどまでにフランシスを慕い、彼のために尽くしてきたというのに、その裏では彼に利用され、魔力を吸い取られていたなんて。
あまりにも酷いフランシスたちの裏切りに、エリーゼの涙はとめどなく溢れ出るのだった。
「命が尽きるまで五年か……五年……」
ポツリと呟いたその時、扉を叩く音がした。
「『第二妃になるように……』と陛下から命じられたそうですね? ……王家めっ! 筆頭公爵家を侮るにもほどがあります。……ですが、姉上さえ魔力を失わなければ、こんなことにはならなかった 」
(またわたくしを責めるような声……もう、うんざりだわ)
「わたくしだって、好きで魔力を失ったわけではないのよ。なぜ、それほど責められなければならないの? それに、わたくしの魔力が自然になくなったのなら、弟のあなたにだって同じことが起こる可能性があるとは思わないの? もしかしたら、マルベール公爵家の体質なのかもしれないじゃない?」
こんなふうに家族に言い返したことなど、一度もなかった。
けれど、あと五年しか生きられないのなら、もう黙って耐える必要もない。
本当は、これが家系の体質などではないことはわかっている。それでも、かつては仲の良かった弟からまで、魔力を失って以来、冷たい言葉を浴びせられ続けてきたのだ。
(少しくらい、言い返したっていいわよね)
「はっ! 僕の魔力がなくなるなんて、あり得ませんよ。我がマルベール公爵家の長い歴史の中で、そんな恥さらしは一人もいなかったんです。だから、家系の問題などではないでしょう。……それに、もし僕が姉上のようになったら……恥ずかしくて外も歩けませんよ」
弟はマルベール公爵家の後継者だ。両親と同じようにプライドが高く、幼い頃から何よりもマルベール公爵家の矜持を守るよう教え込まれてきた。だからこそ、弟がそう考えるのも無理はない。
(王族には裏切られて、家族にさえ味方はいない……惨めだわ)
そのままエリーゼは泣き疲れ、眠りについた。
翌朝、目を覚ますと、不思議なほど頭はすっきりしていた。
このまま第二妃としてフランシスの側にいれば、利用されるだけで死を待つことになる。もう彼の顔も見たくない。
最後くらいは、自分の好きなように生きたい。
(……そうだわ。なにもかも捨てて、この国を出よう)
幼い頃から聖女となり、フランシスのために生きてきた十一年間。
悔やんでも、恨んでも、その歳月はもう戻らない。
(それなら残された時間くらい、自分のために生きるのよ)
エリーゼはそう固く決意したのだった。




