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エリーゼはその言葉の意味を理解できず、ただ呆然と立ち尽くした。
理解しようとしても、まるで霧がかかったように思考が追いつかない。
「ですが、魔力を奪う相手の愛情と信頼が条件だったのは、思った以上に面倒でしたよ。好きでもない子の機嫌を取り続けるのは、本当に疲れました。やっと全部魔力を奪えたと思ったのに、完全に定着するまであと五年もかかるなんて」
フランシスのうんざりしたような声が響く。さらに彼の苛立たしい愚痴が続いた。
「しかも、その間も愛情と信頼を失わせてはいけないとは! 本当に好きなのはヴィヴィアンなのに」
吐き捨てるようなフランシスの口調に、エリーゼの胸がドクンと大きく鳴った。
(……嘘よ。そんなことをフランシス殿下が言うはずがない)
フランシスは、エリーゼが七歳の頃から最も身近にいて、愛を注いでくれた婚約者だ。聖女の仕事と王太子妃教育を両立するのは大変だった。何度も寝不足や過労で倒れ、挫けそうになった。その度にマルベール公爵家に花とお菓子を携え訪問し、温かく励ましてくれたのはフランシスだった。それがどんなに心の支えになったことか。
(嘘でしょう? これは……なにかの間違いよ)
「あと一歩ですよ、フランシス。このままエリーゼの愛と信頼を維持できれば、五年後には魔力移植の術が完成しますわ。それまで我慢なさい」
王妃の声は浮き立つように弾んでいた。
「ふふっ。でも、エリーゼ様もお気の毒ですこと。大好きなフランシス殿下に魔力を奪われたなんて思ってもいないでしょうね。実際は嫌われていて、魔力移植の完成によって命を奪われるなんて……あっはははっ、この先わずか五年の命なんて、かわいそうー」
(えっ? この声は……ヴィヴィアン様だわ。いつの間に? まさか、ずっとお城のどこかにいたの?)
ヴィヴィアンの笑い声が、薔薇の咲き誇る庭園に響き渡った。
貴族令嬢の上品で控えめな笑い方ではない。その声音は愉悦に満ち、「かわいそう」という言葉とは欠片も結びついていなかった。
サロンでの話し合いには姿を見せなかったヴィヴィアン。続きの間に身を潜め、エリーゼが婚約破棄される様子を、最初から最後までクスクスと笑いながら聞いていたのかもしれない。そこまで思い至った瞬間、エリーゼの頭は真っ白になった。
『フランシス殿下に魔力を奪われた。実際は嫌われている』
ヴィヴィアンの言葉が、何度も何度もエリーゼの頭の中で反響する。
(……本当は嫌われていたの? わたくしの魔力が枯渇したのは、フランシス殿下のせいなの?)
足先から一気に血の気が引いていく。
膝が小さく震え、指先は冷たくかじかんだ。
しかもあと五年の命などとも言われ、よりショックで動揺してしまう。
耳鳴りがひどくなり、周囲の景色がゆらりと揺れた。
世界から色が抜け落ちていくようだった。
吐き気が込み上げて、エリーゼは口元を押さえる。
自分は、魔力が少しずつ失われていく特殊な体質なのだと、ずっと信じていた。
いや、今にして思えば、フランシスたちに都合のいい言葉を繰り返し聞かされ、そう信じ込まされていたのだ。
「かつて、同じように魔力を失っていった令嬢がいた」
「非常に珍しい体質ではあるけれど、前例があるのだから、エリーゼも間違いなくそうなのだ」
王妃もフランシスも、ことあるごとにそう言っていたのだから。
周りの貴族からはまるで劣った人間のごとく責められ、蔑みの対象にすらなっていたのを慰め、元気づけてくれたのもこの二人だったから、エリーゼが信じられないと思うのも無理はない。
だが、四人の笑い混じりの声が、それを残酷なほど現実だと突きつけていた。エリーゼは震える唇を噛み締めた。
フランシスたちの声が遠ざかるのを待って、マルベール公爵家の馬車に向かう。頭の中が真っ白になるくらい動揺していたが、なんとか屋敷まで帰ることができた。
「エリーゼ。あなた、お顔が真っ青よ。お城でなにかあったの?」
自室へ向かおうとするエリーゼに声をかけたマルベール公爵夫人は、そのままサロンのソファへ座らせた。体調を気遣うよりも、まず王宮で何があったのかを知りたがる母親なのだ。
「……実はフランシス殿下から婚約破棄されました。わたくしは第二妃になるそうですわ」
「な……何ですって? 第二妃? そのような身分、この国にはありませんよ」
「わたくしのために新たに設けるそうですわ。フランシス殿下をお支えするようにとの王命です」
「支えるですって?」
「ええ。フランシス殿下の執務室に届いた報告書を内容ごとに仕分けたり、必要な資料を揃えたり、目を通すべき箇所をまとめたりするそうです。ほかにも、手紙の下書きや視察の日程の確認などですわ」
マルベール公爵夫人は目を見開き、みるみるうちに顔から血の気を失っていく。
「そ、そんな馬鹿なことが……。それは完全に文官の仕事ではありませんか! 筆頭公爵家の娘にそんな真似をさせるなんて、なんたる屈辱」
マルベール公爵夫人は怒りに顔を歪めると、きつくエリーゼを睨みつけた。




