34
「ですが、まだ怪我をしている方がこんなに……」
「わかっている。でも、ここから先は医師と看護師たちに任せよう」
グレンヴィルは治療を待つ人々へ目を向けた。
「傷を消毒して、薬を使って、きちんと手当てをすれば治る人たちだ。聖女の力がなくても助けられる」
「ですが、わたくしが治したほうが早いのでは?」
「確かに早い。でも、それではいつまで経っても聖女に頼りきりになってしまう」
エリーゼは思わずグレンヴィルを見つめた。ポワブール王国ではそれが当たり前だったので、思わず首を傾げた。
「人にはもともと傷を治す力がある。それを医師や薬が助けるんだ。聖女にしか救えない命なら、もちろん君の力を借りたい。でも、そうでない人まで聖女が治してしまったら、医術も薬学も育たないだろう?」
グレンヴィルはそこで少し表情を和らげた。エリーゼも確かにその通りだと頷く。
「それに、聖女だって一人の人間さ。何もかも背負わせるべきじゃない。人を救うのは聖女だけじゃないんだよ。医師も看護師も、薬を作る者もいる。皆でできることを分担すればいい。前にも言ったよね?」
その言葉に、エリーゼはグレンヴィルを見つめた。
あまりにも当たり前のことのようにグレンヴィルは言う。聖女なのだから人々を救って当然だと言うのではない。力があるのだから、すべてを引き受けろと言うのでもない。自分にしか救えない者のために力を使えばいい。そして、それ以外の人々は医師や看護師、薬を作る者たちが支えていく。
それは聖女であるエリーゼにとって新しい考え方であると同時に、この国の未来にとって必要なことだった。
聖女一人の力に頼りきってしまえば、医術も薬学も進歩しない。トリストン王国が目指すのはそこではないのだ。
(素敵だわ。そんな国を作ろうとしているなんて。私も、この方が目指す国づくりに力を貸したい)
魔獣をただ恐れて排除するのではなく、ともに生きる道を探す。聖女にすべてを背負わせるのではなく、医師や看護師、それぞれが力を合わせて人々を救う。
(グレンヴィル殿下は、魔獣にも民にも、聖女である私にも優しい。それぞれが無理なく生きられる国を作ろうとしているのね)
胸の奥に、じわりと熱いものが広がっていく。
「……わかりましたわ。グレンヴィル殿下のお考えは、とても素晴らしいと思います。私、どこまでも応援しますわ」
そして、込み上げる気持ちのままに続けた。
「あなたは本当に、わたくしの理想です!」
「え……?」
なぜかグレンヴィルが固まった。
少し間を置いてから、
「……ああ。そう言ってもらえると、嬉しいよ」
と答える。
その頬がわずかに赤くなっていたことに、エリーゼは気づかなかった。
治療を終えたエリーゼたちは、村人たちに何度も感謝の言葉をかけられながら、グレートイーグルの背に乗った。
「聖女様、本当にありがとうございました!」
「グレンヴィル殿下も、皆様も、どうかお気をつけて!」
村人たちが総出で見送る。医師や看護師たちも、それぞれ行きと同じようにグレートイーグルの背に乗った。孤立した村での治療はひとまず終わり、あとは村にいる者たちで対応できるところまで落ち着いていた。
「それじゃぁ、戻るぞ」
グレンヴィルの声を合図に、一羽、また一羽とグレートイーグルが地面を蹴る。十羽もの巨鳥が一斉に羽ばたけば、凄まじい風が巻き起こった。
エリーゼたちを乗せたグレートイーグルはぐんぐん高度を上げ、やがて村は眼下に小さくなっていく。
帰りの空路も速かった。ほどなくして王都が見え始め、王宮が近づいてくる。
「まあ……!」
エリーゼは、庭園に積まれたものを見て目を丸くした。大きな魚が、山のように用意されている。
出発前、トリストン国王がグレートイーグルたちへの褒美として用意しておくと言っていたものだ。
魚を見つけた途端、それまでおとなしく飛んでいたグレートイーグルたちが、色めき立った。
――クァァッ!
一斉に歓喜の声を上げる。十羽とも翼をばさばさと動かし、今にも魚の山へ駆け寄りそうな勢いだ。
「わっ、待って――」
まだ背中にはエリーゼたちや医師、看護師が乗っているのだ。




