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もう片側に座っていたフィリシアも、観劇には集中する性格らしい。上演中はハンカチを握り締め、食い入るように舞台を見つめていて、エリーゼに話しかけてくることは一度もなかった。
幕が下りると、フィリシアはようやくエリーゼに声をかけた。
「ごめんなさいね。私、こういうのを見ると夢中になりすぎて、周りが見えなくなっちゃうのよ」
「いいえ。わたくしも同じですわ。こんなに夢中になったのは初めてです」
「だったら、今度は二人で歌劇を見に行きましょうよ」
「まあ、素敵ですわ。ぜひご一緒したいです」
エリーゼは声を弾ませた。
フィリシアと出かけるのは、楽しみだ。けれど、先ほどグレンヴィルに「俺と一緒に行こう」と言われたときのような、落ち着かない胸の高鳴りはない。
(同じように誘われたのに……どうしてかしら?)
けれどエリーゼはその先を考えるのはやめた。自分は弟子としてグレンヴィルの下で働いているだけなのだから。
劇場を出た一行は、そのまま併設されたレストランへ足を運んだ。
案内された丸テーブルには、グレンヴィルを挟むように、レティシアとエリーゼが腰を下ろす。その隣にはフィリシア、さらにバートンが続いた。
席に着くなり、レティシアは嬉しそうにグレンヴィルへ顔を向けた。
「グレン様、先ほどの劇はいかがでした?」
「ああ、素晴らしかったな」
そう答えたグレンヴィルは、反対側にいるエリーゼへ視線を向ける。
「エリーゼが一番楽しんでいたかもしれないね」
「はい、間違いないです。手に汗握る場面もあれば、つい笑ってしまうところもあって、最後には感動して涙まで出てしまいました。ずっと舞台に釘付けでしたわ」
フィリシアも会話へ加わる。
「私はハンカチを一枚、びしょびしょにしちゃいましたよ」
「わかりますわ。わたくしとフィリシアさんは似ているかもしれません。実はわたくしもグレンヴィル殿下のハンカチをビショビショにしてしまいました。グレンヴィル殿下、申し訳ありません。洗ってお返ししますね」
「洗わなくていいよ。エリーゼの涙なら、そのまま取っておこうかな。聖女様の涙付きなんて、御利益がありそうだ」
グレンヴィルが冗談めいた口調でそう言うと、テーブルに笑い声が広がった。
料理が運ばれてくると、レティシアは再びグレンヴィルへ話しかける。
「グレン様。このお肉、とてもおいしいですわ」
「うん、確かにね。この甘辛いソースがいいね。しかし、この少し酸っぱいソースも口の中がさっぱりしてうまい」
そう返事をしたかと思えば、グレンヴィルはエリーゼの前に二枚の小皿を置く。
「エリーゼ、ここに2種類のソースを先にいれて、一口ずつ肉をソースにつけてみてよ。どっちが好み?」
「……私はこの酸っぱい味のソースが好きです。ずいぶん柔らかいお肉ですね……おいしいです。こんなふうに好きなものを選んで食べるのも、なんだか新鮮ですわ 」
「まさか……神殿じゃ食事も決められていたの?」
「はい。聖女として相応しい食事を、と……いつも決まったメニューでした。自分で選ぶことはできなかったです」
「……そうか。じゃあ今は、好きなものを好きなだけ食べなよ。エリーゼはもう自由だ。遠慮することはないし、聖女だからって無理はしないで」
(グレンヴィル殿下といると、わたくしは聖女でも王太子妃候補でも筆頭公爵家の娘でもなく、ただのエリーゼでいられる。なんて居心地がいいんだろう)
エリーゼはレティシアに睨まれていることも忘れ、心がポカポカする幸せな時間を過ごしたのだった。




