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「浄化!――ピュリファイ。どうか、落ち着いて。私たちは敵じゃないわ」
エリーゼが浄化魔力を放つと、フォーテイルドホースの荒々しかった呼吸が徐々に落ち着き、振り回していた四本の尾もゆっくりと動きを止める。やがてフォーテイルドホースは深く息を吐き、大きな頭をゆっくりと下げた。先ほどまでの敵意は、すっかり消えていた。
「……やっぱり聖女様には敵わないな。もっと魔導浄化器を改良しなきゃね」
グレンヴィルはエリーゼの浄化魔法を見つめながら、小さく呟いた。
フォーテイルドホースは首を傾げて、エリーゼとグレンヴィルを見つめた。
グレンヴィルは魔導収納バッグから大きな人参を取るとフォーテイルドホースの鼻面に差し出した。
スノウが「ウォフッ」と鳴いた。
するとフォーテイルドホースは人参を一口でパクリと平らげ、尻尾を揺らしながらのんびりと来た方向へ戻っていく。
「あ、ちょっと待って! もう少しここにいてよ。仲良くなりたいんだ!」
グレンヴィルの必死な呼びかけにも、フォーテイルドホースは一度振り返っただけで、悠々と森の奥へ姿を消していった。
「やっぱり、人参一本じゃ仲間にはなってくれないか……」
残念そうに肩を落とすグレンヴィルを、エリーゼは慰める。
「でも、食べてくれましたわ。以前なら近づくことすらできなかったのでしょう?」
「そうだね。大きな進歩ではある。でも、懐いてくれるだけじゃ足りない。やっぱりその先は、魔獣との意思疎通かなぁ」
その言葉に、エリーゼはふとスノウへ目を向けた。
「そういえば、スノウは私の言葉をある程度理解しているようです。『おいで』と言えば来ますし、『待って』と言えば待ってくれます」
「確かに、スノウは賢いよね」
「だったら、スノウに私たちの言葉をもっと理解してもらって、他の魔獣との橋渡しをしてもらうことはできないでしょうか? 以前のグレートイーグルは、スノウが鳴いた後で羽に触れさせてくれました。さきほどもスノウがなにか呼びかけたから、ニンジンを食べたように見えました。種族が違っても魔獣同士なら意思疎通ができるのでは?」
グレンヴィルは腕を組み、静かに考え込む。
「なるほど……確かに」
しばらくして、その瞳が研究者らしい輝きを帯びた。
「スノウとの意思疎通を完全なものにしよう。人間がすべての魔獣を理解するのは難しい。でも、スノウを介せば話は別だ。この子が人間の言葉を正確に理解できるようになれば、他の魔獣への伝達役になれる可能性があるってことだよね?」
エリーゼは深く頷く。
「じゃぁ早速、スノウの言葉教室を開始しよう。その前にせっかく食べ物を持ってきたんだ。このあたりでお昼にしない?」
木陰に腰を落ち着けると、グレンヴィルは魔導収納バッグからサンドイッチや肉、林檎などを次々と取り出した。同行していた騎士たちも交え、皆で賑やかに昼食を囲む。
スノウも好物の林檎をたっぷり平らげ、満足そうに尻尾を揺らした。
それから数か月。研究室には、スノウの行動記録が山のように積み重なった。エリーゼが話しかけた言葉。そのときのスノウの鳴き声。耳や尻尾の動き。瞳の変化。
記録を重ねるうち、同じように聞こえる鳴き声でも、音の高さや長さ、唸り方には細かな違いがあることがわかってきた。さらに、その違いはスノウの行動や感情と一定の法則で結びついている。
記録を見比べながら、グレンヴィルが興奮した声を上げる。
「なるほど。同じような鳴き声でも、微妙に違うんだ。鳴き方と行動を照らし合わせれば、何を伝えようとしているのか判別できそうだな」
グレンヴィルは新しい術式を術式ペンで魔導具へ記していく。今回はスノウの首に合わせて作られた、首輪型だ。
ゆっくりと魔力を流し込むと、青白い光が首輪を包み、複雑な術式が宙へ浮かび上がる。数秒後、光は静かに収束した。一度流し込んだ魔力を長期間蓄えておけるため、頻繁に補充する必要もない。
「できた。スノウの鳴き声から意味を読み取って、人間の言葉で伝えるんだ。逆に、俺たちが話した言葉は、スノウにわかる鳴き声に置き換える。これなら、お互いに何を言っているのかわかるはずだよ」
「すごいです……!」
「ここからはスノウに学んでもらう。そして、いずれはスノウを通して他の魔獣とも会話できるようになる……っつ、本当にすごいことだよ。とてつもなく素晴らしい!」
エリーゼは胸が熱くなるのを感じた。魔獣と理解し合える未来が、本当に目の前まで来ている。
さて、これからスノウを交えて実験を始めようとしたところで、研究室の扉が叩かれた。
「グリント公爵令嬢がお越しですよ」
そう告げるバートンは、わずかに眉を顰めていた。その表情だけで、歓迎すべき来客ではないことが伝わってくる。
「レティシアが?」
その名を聞いたグレンヴィルも、うんざりしたように小さく息をついた。
「……今、忙しいんだよ。帰ってもらってくれないかな」
その言葉を遮るように扉が開き、一人の令嬢が軽やかな足取りで研究室へ入ってきた。
「せっかく来たのに帰れだなんて、酷いですわ。グレン様、差し入れを持ってきましたのよ。ほら、これ。わたくしが焼いたクッキーですの」
「あっ、レティシア様。応接室でお待ちくださいと申し上げたでしょう? いくらグレンヴィル殿下の幼なじみとはいえ、勝手に入られては困ります」
どうやらバートンがここへ来た後を、勝手についてきたらしい。レティシアはそんな注意など気にも留めず、燃えるような赤髪を揺らしながらグレンヴィルへにっこりと笑いかけた。豊かな胸元と引き締まった腰を持つその姿は、研究室という場には不釣り合いなほど艶っぽく、勝ち気な顔立ちの女性だ。
グレンヴィルに当然のように抱きつき軽く頬を寄せたが、エリーゼに気がつくと値踏みするようにその姿を上から下まで眺めたのだった。




