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「グレンヴィル殿下、早速森に行って性能を確かめましょう!」
先ほどグレンヴィルはいつものようにハグしてこなかった。エリーゼはほんの少しだけ気になったものの、以前『この国の習慣に慣れていないから突然抱きしめられると困る』と真剣に抗議したことを思い出す。
(きっと、わたくしが嫌がったのを気にしてくださったのね)
そう思うとホッとした。
それより今は、魔導浄化器の性能のほうが気になる。
「早く試してみたいですわ」
期待に声を弾ませ、エリーゼはグレンヴィルをさらに外へと誘った。
研究施設は魔の森の中に建てられているため、わざわざ馬車を用意する必要はない。建物を出て少し進めば、そこはもう魔獣たちの生息域だ。
「ずいぶん乗り気だね」
「ええ。成功するところを早く見てみたいです。これが魔獣との共存計画の第一歩ですもの」
「俺も見たいけど、そう簡単に成功するとは限らないよ。だから、まずは準備だな」
グレンヴィルは苦笑しながら、魔導浄化器を魔導収納バッグへ入れた。
万が一に備えて医薬品なども詰め込み、その足で食堂へ向かう。そこでサンドイッチや焼いた肉の塊、林檎や人参、ミルクなどを調達すると、ポイポイと魔導収納バッグへ放り込んでいった。携帯用の金属製の食器一式も詰め込む。
「すごい……まるで野営をする時みたいですね。魔獣討伐騎士団の人たちを思い出します。もしかして寝袋まで持って行きます?」
「まさか……寝袋まではいらないと思うよ。ただフォーテイルドホースのような大型の魔獣に出会った場合、食べ物で気を引けるかもしれないと思っただけだよ。それに、外で食べる食事もうまいからね。皆で食べようよ」
そこでグレンヴィルは足元へ視線を落とした。エリーゼの隣では、スノウが当然のような顔で尻尾を揺らしている。
「スノウも来るつもりらしいね」
「置いていこうとしても、ついてきてしまうと思います。あっ、この子、林檎が大好きなんです。多めに林檎を持っていって良いですか」
「林檎が好きなのか。可愛いな。まあ、スノウがいれば、魔獣の気配にもすぐ気がつくだろうし、全力でエリーゼのことを守ってくれるから安心だよね」
「 はい。スノウはとても頼りになるんですよ」
エリーゼがスノウの頭を撫でると、スノウは得意げに胸を反らせた。
グレンヴィルとエリーゼは護衛騎士数名を伴い、研究施設を出た。石造りの建物から数十歩も進めば、空気が変わる。
木々は空を覆うほど高く、絡み合った枝葉の隙間から、細い光が幾筋も差し込んでいた。踏みしめる地面は柔らかく、湿った土と草木の匂いが濃い。
しばらく一行は森の中を歩き続けた。
スノウはエリーゼの隣を歩きながら、ときおり鼻をくんくんさせて周囲の匂いを嗅いでいた。
「この辺りには、どのような魔獣がいるのですか?」
「小型のものならホーンドラビットやフォレストラット。もう少し奥へ行けば、フォーテイルドホースやタスクボアが出ることもある。大型魔獣ほど数は少ないが、そのぶん遭遇したときは注意が必要だ」
「フォーテイルドホースというのは、四本の尾を持つ魔獣ですね」
「ああ。馬の三倍ほどの大きさがある。あの巨体なら、一頭で荷馬車数台分の荷物を運べるよ。ただし、今のところ人にはまったく懐かない。近づけば蹴り飛ばされるよ」
グレンヴィルはそう言って肩をすくめた。
「蹴り飛ばされる……なんとか仲良くなりたいですね」
「うん。もし共存できるようになれば、物流そのものが変わるんだけどね」
魔獣をただ追い払ったり、討伐することはしたくない。人間にはない力を持つ魔獣と共存し、人々の生活を大きく変えたい。それが、グレンヴィルの目指す未来。
もちろん魔獣から労働力だけを搾取する世界ではない。魔獣も人間の隣で幸せを感じられなければいけない。
エリーゼが改めて素晴らしい夢だと思っていると、先を歩いていたスノウが突然足を止めた。ピンと耳を立て、低く喉を鳴らす。
「スノウ?」
エリーゼが呼びかけても、スノウは前方から目を離さない。
騎士たちも異変に気づき、即座に剣の柄へ手をかけた。
「何かいるな」
グレンヴィルが声を落とす。
次の瞬間、前方の茂みが大きく揺れた。枝をへし折る音とともに、巨大な体が木々の間から姿を現す。
「フォーテイルドホースだ!」




