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「えっと……まずは腕にこれを付けて、それからこの水晶板に手のひらをあてて――」
「ち、ちょっと待ってください!」
エリーゼの腕をそっと取り金属のリングをはめようとしたグレンヴィルに、エリーゼは思わず一歩後ずさる。
婚約者だったフランシスとさえ、手を繋いだことがない。突然グレンヴィルに触れられ、エリーゼの心臓がバクバクと音を立てた。
だが、それ以上に気になったのは別のことだった。
「研究って……魔獣と共存するための研究でしたよね?」
「そうだよ?」
では、なぜ自分は腕にリングをつけられ、水晶板に手をあてなければならないのだろう。
エリーゼは目をぱちぱちと瞬かせた。
「研究とは……もしかして、その中に私も含まれているのですか!?」
「うん、そうだよ。だって、エリーゼの浄化の魔法でスノウやグレートイーグルの攻撃性がなくなったでしょう? あの力がどんな仕組みなのか、調べてみたいんだ」
「それを調べて、どうするつもりなんですか?」
人が良さそうな笑みを浮かべるグレンヴィルに、エリーゼの胸の奥で小さな警鐘が鳴っていた。
また利用されるのではないか。
フランシス殿下も、最初は優しかった。
信じていたからこそ、何も疑わなかった。
あんな思いは、もう二度としたくない。
「あ、ごめん。不安にさせちゃったかな? でも、もし浄化の魔法を解明できれば、魔獣を浄化する魔導具が作れるかもしれない。そうなれば、エリーゼの負担が軽くなるよね?」
「はい?」
「君には俺の夢に協力してほしいけど、聖女一人に浄化を任せるなんて負担が大きすぎる。だったら魔導具で補えないかなって」
「ポワブール王国では、聖女が力を尽くすのは当然のことだと思われていました」
「聖女がいる国は、その力に頼るのが当たり前だからね。でも、俺の国には聖女はいなかった。だからかな、俺には聖女だからって一人の人間に全部押しつけるほうが不思議なんだ よ。だってさ、同じ人間なのに、どうして聖女だけが大変な思いをしなきゃいけないんだ?」
グレンヴィルは肩をすくめる。
エリーゼはしばらく言葉を失った。そんなふうに自分を気遣ってもらえるとは思ってもいなかった。
「……不思議な方ですね、グレンヴィル殿下は。けれど、そのお考えはとても素敵だと思います」
「うん、ありがとう。俺たちは同じ人間だよ? 聖女だってたくさん魔力を使ったら体力を消耗するし、疲れてしまうよ。聖女の善意につけこんだ労働力の搾取には断固反対する! だからエリーゼの魔法を調べて、浄化の魔法ができる魔導具をつくれたらなって思うのさ」
「は、はい。ありがとうございます?」
エリーゼの胸に温かな気持ちが広がっていく。今までは聖女だから無理をして当然。民や国のためには、自分を犠牲にするのが聖女の勤めだと教えられてきた。ところがグレンヴィルは、聖女も同じ一人の人間なのだから、すべてを背負う必要はないと言ってくれた。胸の奥がくすぐったくなるような嬉しさだった。
「それじゃあ、始めようか」
「はい! お願いします」
先ほどの続きで、グレンヴィルがエリーゼの腕にリングをつけていく。そっと腕に添えられた手は、エリーゼのものよりひと回り大きかった。
(すらりと伸びた長い指……男性にしてはとても綺麗ね)
エリーゼはグレンヴィルの手に、思わず見とれてしまう。
「じゃぁ、エリーゼ。そのまま浄化の魔法を使ってみて」
グレンヴィルが促すと、エリーゼは魔力を巡らせた。白い光が手のひらから放たれる。しばらくして測定結果が水晶板に現れた。細かな数字が並ぶが、エリーゼにはよくわからない。
「うん、魔力量はかなり多いね」
「……そんなはずはないのですが。魔の森に入る前日は魔力がありませんでした。でもなぜか入ってからは魔法が使えて……もしかしたら魔の森には、魔力を回復させたり増やす力があるのでしょうか?」
「それはないよ。俺の魔力はこの魔の森にいても、減りもしなければ増えてもいない……だいたい魔力がなくなるなんて、聞いたこともないよ。なにか思い当たることはある? 魔力がなくなった原因がわかれば、戻ってきた理由もわかるかも」
エリーゼの脳裏に、フランシスの顔がよぎった。好意と信頼を寄せる相手から魔力を奪う“魔力移植”。だが、そのことだけは話したくなかった。
愛する人に裏切られたなどと話せば、きっとグレンヴィルから、かわいそうにと同情されるだろう。
けれど、そんな視線をグレンヴィルから向けられることが辛い。信じていた自分が愚かだったとまた自己嫌悪に陥りそうで……惨めで口にする勇気が出なかった。
「思い当たることは……ありません」
「もし、なにかわかったら教えて。いろいろな仮説が立てられると思う。まあ、とにかく魔力が戻ったってことは良かったよね」
エリーゼとの話が一段落して、グレンヴィルは水晶板に浮き出た数値を細かく書き留めていく。
「火、水、風、土の四大属性魔法とは反応が全然違うね。結界に使う魔力とも性質が異なるし……面白いな」
グレンヴィルが楽しそうに呟いた時、バートンが苦い顔で研究室に入ってきた。
「またジェイムズ殿下がいらっしゃいましたよ。門を守る騎士たちから連絡がありました」
「兄上が? あの人、よっぽど暇なんだな」




