17
翌朝、朝の光が窓から柔らかく差し込んでいた。エリーゼはゆっくりと瞼を開き、見慣れない天井をしばらく見つめた。
昨日の出来事が、少しずつ蘇ってくる。
魔の森で出会ったグレンヴィル。
穏やかになったグレートイーグル。
森の中に建てられた魔獣研究施設兼魔導具開発所。
ここはもう、王宮でもマルベール公爵邸でもない。
エリーゼがベッドの上で身じろぎすると、すぐそばからスゥ、スゥ、と穏やかな寝息が聞こえた。視線を向ければ、ベッドの脇の床にスノウが大きな体を丸めて眠っている。
エリーゼが体を起こすと、その気配に気づいたらしく、スノウの耳がぴくりと動いた。やがてゆっくりと目を開き、尻尾を一度だけ床へ打ちつける。『よく寝た』そんなふうにでも言いたげに、大きなあくびをした。
「おはよう」
エリーゼがベッドから下りて頭を撫でると、スノウは気持ちよさそうに目を細めた。
コンコン。
軽やかなノック音が部屋に響いた。
「エリーゼさん。起きてる?」
「はい」
扉を開けると、フィリシアがにこりと微笑んでいた。
「昨夜はグレンヴィル殿下が夕食を一緒に食べようと迎えに来たけど、返事がなかったと言っていたわ。疲れて寝てしまったのだろうと、そっとしておいたんだって。夜中にお腹が空いて目覚めなかった? 」
「そうだったのですね……いえ、一度も目覚めなかったですわ。すっかり眠ってしまって……恥ずかしい」
「ふふっ。きっと、とても疲れていたのよ。ぐっすり眠れたのなら良かったわ」
エリーゼはフィリシアの後について階下へ降りた。
一階には長い木製テーブルがいくつも並んでいた。壁際には料理が並んだカウンター。パンやスープ、肉料理、サラダ、果物などが置かれている。各自がトレイや皿を持ち、好きな料理を取って席へ向かっている。
「自分で選ぶんですか?」
「ええ、そうよ。食べたいものを好きなだけ。遠慮しないでいいわよ。あ、スノウの分も取って。ここの食事はとってもおいしいのよ」
エリーゼはスノウの好きな林檎をたくさん取り、その他の料理もバランス良くトレイに乗せた。
「エリーゼ!」
窓際の席から手を振ったのは、グレンヴィルだった。その前には、がっしりとした体格で眼鏡を掛けた男性がいた。
「おはよう、よく眠れた?」
「は、はい。夕食に迎えに来てくださったのに申し訳ありません。あと……そのぉ……シャワーのことも」
「いや、全然謝ることじゃないよ。気にしないで良いからね」
グレンヴィルはなにもなかったように微笑む。エリーゼはほっとして、グレンヴィルが勧める隣の椅子に座った。スノウの分はトレイに乗せて床に置く。
「紹介するね、前に座っているのが副所長のバートン。施設全体をまとめてくれている」
「バートンです。どうぞよろしくお願いします。なにかわからないことがあったら、気軽に聞いてください」
丁寧に挨拶をしたバートンは、研究所を取りまとめる副所長らしい落ち着きがある。
「フィリシアとは昨日も会ったよね。優秀な医師で、ここで働く皆の病気や怪我に対応してくれてる」
「改めてよろしくね。私は医者だけど魔獣の生態にもとても興味があるの。彼らはとても神秘的な存在だと思うわ」
そう言いながら、フィリシアはスノウの前にしゃがみ込むと、優しく微笑んだ。
「それに、この子、とっても綺麗ね。凛々しくて格好いいわ」
褒めてもらったスノウは、尻尾を小さく振った。
食事は終始穏やかな雰囲気で進んだ。王宮やマルベール公爵家のような堅苦しさはなく、皆が気軽に言葉を交わしている。
身分など関係なく、それぞれの役割で支え合っている。そんな空気がエリーゼには心地よかった。
食後のお茶を飲み終えると、グレンヴィルが勢いよく立ち上がる。
「よし! じゃあ、エリーゼ。早速だけど研究室へ行こう!」
目がきらきらと輝いていた。エリーゼはグレンヴィルに続いて研究室へと向かう。
案内された部屋へ足を踏み入れた瞬間、エリーゼは思わず息を呑んだ。
「……すごい」
部屋いっぱいに見たこともない魔道具が並んでいる。グレンヴィルは嬉しそうに振り返る。そして、満面の笑みで言った。
「じゃあ早速だけど、調べさせて!」
「……はい?」
思わず間の抜けた声が漏れた。




