24話 そして世界は温かい白色で私たちを包む
「繰り……返し……?」
「そう。この指を額に当てると、さっきのトラックが来る時間に戻れるんだ。そこから14日後、出産で死ぬから、またトラックの所に戻ってる」
「だから、ずっと眠っている……」
「そうさ」
駆馬くんが、微笑む。
「何で……2ヶ月も? ずっとずっと眠ってるから、ママさんも文実ちゃんも心配してるよ」
「ああ、うん。そこは悪いとは思ってる。色々終わったら謝るよ」
「終わったら?」
「あと4年で、花恵さんは26歳になる。そしたら、この夢が見られなくなる。残り少ない時間を大切に過ごしたいんだ」
「……」
ずっと目覚めない理由が、ようやく分かった。夢が覚めない事を自分から望んで、繰り返していた。
駆馬くんは、まだ私の事を……。
「花恵さん。何も気にしなくていい。花恵さんは花恵さんの幸せがあるでしょ」
「……何を、言ってるの?」
「だって、花恵さんは、もう、結婚を考えている人と出会っているんだろう?」
「っ!?」
「不思議だろ? 何で眠ってるのに知ってるのかって。それはね、この未来の世界とは別の、他の人と結婚する未来が19パターンあってね。花恵さんは、結婚するってなったら、家族で共有する為のアルバムを作っているんだ。それを見ると、付き合い始めた記念日に撮った写真に日付が書いてあってね。19パターンのどの人とも、22歳までには出会っているんだ」
駆馬くんが、話の内容とは真逆に、変わらずにっこり笑っている。一切の動揺も無い。
あの20枚ある白い扉を、駆馬くんは全て開けられて、全てを知っているんだ。
「……」
「……」
しん、と静まる。
情報が多すぎて、聞きたいことを聞くタイミングがズレてしまった。
「さて。僕は、こんな感じ。喋りすぎてごめんね。花恵さんの事も聞かせてよ。何がきっかけで、ここまで会いに来たの?」
「あ、うん。その事なんだけどね」
浅めの深呼吸。
「……もう分かってると思うけど、とあるお客さんとね、昨日プールに行ったの。結婚を前提にって告白も。でも、待ってて下さいって伝えてあるの」
「へぇ。どうして?」
「駆馬くんが……忘れられなくて。幸せになる為に別れたのに、私だけが幸せになるのは違うなって……駆馬くんは幸せなのか気になって……」
「ふふっ、やっぱり優しいね」
駆馬くんがスープを一口すする。
「背の高い、檜並さん、だよね」
「分かるんだね」
「うん。プールに行って告白なら、その人だ。檜並さんは19パターンの中でも最後の方に出会う人で、花恵さんの笑顔とか横顔を撮るのが多い人。花恵さんが笑顔で、幸せなら……僕も幸せだよ」
駆馬くんが、視線を落とす。
「駆馬くんは、本当にそれでいいの?」
「……いいんだよ、これで」
駆馬くんが、左手薬指を大事そうに擦る。
「これしか、ないんだ。この世界だけは、誰にも邪魔されない。これが、死神の力を持つ僕が幸せになれる唯一の方法なんだ」
「死神……?」
「そう。僕の家系は、死神の力を引き継ぐんだ」
急に、現実では聞かない言葉を聞いて、動揺してしまった。
「僕のお父さんの家系がそうなんだ」
「お父さん……?」
「まだ会った事無いよね。学校行事にも来てないから当然さ。だってお父さんは、化石調査で世界中を転々としているからね」
「そうなんだ……すごい頑張ってるんだね」
「うん。1ヶ月で10往復のメールのやり取りと正月に帰ってくる時しか暇が無いんだ」
「そ……そんなに」
想像を絶する多忙な人だった。
「まぁでもね、帰れない代わりにお金はすごい持って帰ってくれる。この未来の世界では、盛大な結婚式の写真があったり、今いるマンションも、駅や病院から近くてバリアフリーの広々とした高級マンションの一室を一括で買ってくれたんだ」
「……本当に?」
「うん」
「……」
休む間もなく連続して出てくる強烈な個性に、私は言葉を失った。
パン屋を出店するために場所や立地や地価などを一通り勉強したから何となく不動産の値段が分かるから。
そんなにも、凄い人だったんだね、駆馬くんのパパさん……。
「話を戻すよ。そこで花恵さんと別れた時くらいに、お父さんがね、花恵さんの命を通り魔から助けた話をお母さんから聞いて、僕に死神の力があるのをお父さんは気付いたんだ。それで、150年前の遠いお婆さんの手記の内容を教えてくれたんだ。石上家の家系は先祖代々から死神の能力があって、最愛の想い人の死に目に会う為の力らしいんだ」
「……」
「花恵さん?」
「ごめん、聞こえてはいたけど、話が凄すぎて、ちょっと待ってね」
「うん」
ふ、と浅くしか出来ない深呼吸をして、頭を落ち着かせる。
「先祖代々、最愛の想い人の、死に目? ……に会う為の力なんだね」
「そう」
「それは、何で……そんな事を?」
「ね。意味分からないよね。何のためにこんな力があるんだって。僕も、最初は花恵さんみたいな反応だった。でもね、その時の時代を知ったら理解できるよ。ご先祖様の時代ってね、戦争に行って、帰らぬ人になる事がほとんどだったんだよ」
「あっ……」
「そのさらに前の時代でも、食べ物を確保するために大自然に行ったきり崖に落ちたりして行方不明になったり……そんなのが多かったんだ。だから、そんな別れ方をしたくなくて、ご先祖様はこの力を作ったんだ。これは……そう、人生の最期を操る力。最期の別れを約束する為の……守る力。お父さんから、そう言ってもらえたから、僕は今日まで頑張ってこれた」
守る力。最期の別れを約束する力。
時代背景と照らし合わせて、理解は出来た。
でも、そんなの聞いても、守られて嬉しいなんて思えない。
「あ、そうだ。提案があるんだけど」
私が言葉をつむぐ前に、駆馬くんが。
白黒の世界だからだろうか、光を失った真っ暗な瞳で、私に微笑む。
「これからずっと、この世界で、僕の傍にいてほしいな。数を忘れるくらい、何度も繰り返してさ」
右手を、差し出される。
握ろうと思えば握れる距離。
別れた時から待ち焦がれていた、駆馬くんの手を取れる瞬間。
私は、その右手を……私を守ってくれた時の手の甲の傷跡も包むように、両手で握る。
そして、考える。
ただ純粋に私を好きでいてくれて、気持ちを押し殺す事に限界を超えて、夢を繰り返し見る事でしか幸せを保てない、このボロボロな駆馬くんを、これ以上傷付けない方法は………
「出来ない」
駆馬くんが、笑顔のまま、だけど目の笑みは消えた。
「理由を聞いていいかな」
「ここにいても、幸せになれないから」
「そんな事ない。幸せだよ」
「じゃあ、何で、この子が大きくなるのを喜んでくれてるの?」
「……」
「さっき外でも私を支えてくれたし。温かいスープを全部一人で準備してくれた。私の為でもあるけど、この子も大切だから」
「……」
「ねぇ、駆馬くん。ついさっきまで繰り返して、26歳の私と一緒にいたんだよね。お腹を蹴るくらい大きいなら性別も分かる。じゃあ話してるはずだよね、この子の名前。もう決めてあるの?」
「っ…………そ…れは……」
「候補は、いっぱい考えてくれてる?」
「……うん」
「そっか。それだけ聞ければ充分だよ。ありがとうね」
喉が渇いた気がして、私はコーンスープをすする。すっかりぬるくなっていた。
「名前は、生まれた後に顔を見てから決めたい、でしょ?」
「……うん。全く、その通り。よく分かったね」
「だって、私も同じだもん。付けてあげたい名前の候補って絞りきれないよね。私もそうなっちゃうと思う。でも、そうやって名前を考えてさ……良い子に育ってほしいって想いを込めて……見届けて……でも、そんな未来を想像しても、この子の隣に私は居ない。そんな未来、駆馬くんだって想像したくない。このままじゃ名前も決められない。そういう幸せを諦めるのって……ダメだよ。ここにいても不幸なままだよ」
───ガタッ
「分かってる!!」
駆馬くんが、椅子から立ち上がった。
「分かっているんだ。叶わない願いだって分かってる、けど、やっぱり、ずっと、ずっと一緒に居たい……だけど、どうしようもないんだ……」
駆馬くんが、拳を握りしめる。
優しくて、苦しい目で、私を見る。
なぜ別れたのか、なぜ別れたのにここまで守ってくれていたのか、本当の気持ちが突き刺さって。悲しくて、痛いけど、嬉しい。
付き合っていた頃のまま、駆馬くんも変わっていなかった。
私は、想いのままに立ち上がる。重くてふらつくけど、歩みは止まらない。
「私も、駆馬くんがいい。もう離れたくない」
近くて遠いその距離を、抱き締めてゼロにする。
私は、まっすぐ素直になって、告げる事が出来た。他の人を好きになるなんて出来ない。
檜並さんに次に会った時、謝らないと。檜並さんは何も悪くない。すごく素敵な人。悪いのは私。……でも、そうと分かっていても、駆馬くんと居たい。
「花恵さん」
駆馬くんも、抱き締め返してくれた。
ふつふつと、苛立つ。どうして、こんなにもお互いに好きでいるのに、結婚しちゃいけないんだろう。子どもを産めば死ぬなんて……
……。
ふと、疑問が浮かんだ。
「ねぇ。私、出産で死ぬのに、何でさっきトラックが来たの?」
「ああ、実はね、死ぬ未来を花恵さんに教えると、死ぬ未来が増えるんだ。しかも早く死ぬし、悪い方向で」
だから、出産で死ぬ未来もありつつ、出産前にもトラックが来たんだ。その未来を、今、見ているんだ。
「え……でも、待って。そのトラック、この目で見た。今、指を当ててみたら、きっと、トラックで死ぬ未来とは別の、また違う未来に……」
「えっ……あ」
私が知れば違う未来になる。その理屈なら、もう既に条件は満たしている。未来は、また悪い方向で変わっている。
「ああ……ああああ……もう、ダメだ! 花恵さん! 今すぐこの夢から出てって! これ以上見たらもっと不幸になる!」
不幸……
私だけ夢から出て、また離れ離れになる事が、本当に幸せになる……? いいや、そんな訳無い。今ここで現実世界に戻っても、私も駆馬くんも、幸せじゃない。
じゃあ、何が出来る?
未来を幸せにする為に、私に何が出来るのだろう。ただただ、無力感と、悔しさが膨らむばかり。
こんな時、いつも、駆馬くんが導いてくれた。未来を変える為に、どんなに危ない状況でも、自分も巻き込まれる怖さを乗り越えていた。話し掛けるのが苦手だったのに、自分には出来ないという価値観を壊して声を掛けてくれた。パン屋の配達も、就職先も、自分の時間を削って、私の為に自分の人生を変えて尽くしてくれた。
今度は私が、そんな駆馬くんを守りたいと、心では思っているのに。
こんなの、どうすれば……
───ドクン
お腹の中を蹴られる。
この子は、頑張って生まれてこようとしてる。
未来の可能性が無限大で。
20通りもある、未来の可能性を秘めて。
「……」
何だろう、この、ジグソーパズルが埋まっていく感覚は。
未来は、これまで何度も変えてきた。
駆馬くん曰く、19通りの未来では赤ちゃんを産んでも死なず、長生きできる。
───ドクン
生きている限り、何度でも、未来は変えられる。
これまでも。今でも。これからも。
───ドクン
今、分かった。私が成すべき事が。
「……ありがとね」
あなたに会う為にも。ママ、頑張るから。
「ねぇ、駆馬くん。今から、左手薬指をおでこに当てて。景色を変えよう。また違う未来を私にも見せて」
「ど、どうして……?
「全ての、死の未来を、見る為だよ」
駆馬くんが、ぽかんと口を開けて固まった。
「全て……!?」
「うん。私、思ったんだ。今まで駆馬くんが守ってくれたように、人生の選び方を変えれば死なない。出産で死ぬ未来も、それで変えられる。だってさ、駆馬くんじゃない人と結婚して出産するなら死なないなんてさ、おかしいもん。私の体に何か良くない所がある訳じゃない。死ぬ未来に繋がる何かが必ずあるよ」
「た……確かに、他の人なら死なずに出産できるって、何かあると思う。でも、どうにか出来るとは……」
「出来る。今はそれを知らないだけ。知ればいい。何度も変えよう。全て見る頃には見つかるはずだよ」
「でも、それじゃあ、まるで寿命が伸びるような……見れば見るほど早く死ぬんだよ?」
「早くなるとしても、必ず打ち止めが来るはず。そうなったら、今度は遅く死ぬ未来が見えてくる。そこまで含めて全部見るんだよ」
「……はず、なんだね」
「うん。確証は無いよ」
「花恵さん……何で、そんな危ない橋を渡るの」
「未来を良くする為だよ。2人で、結婚できて、子どもも元気で、皆で長生き出来るように。やるだけやってみよ! 頑張るよ、私、覚えるのは得意だから!」
強く言いきる。諦めたくないというメッセージを込めて、駆馬くんの目を見つめる。
「言いたい事は、分かった。上手くいけば長生き出来るかもしれない。でも、変えられないかもしれないよ。それどころか、死ぬ危険でいっぱいの酷い人生になるかもしれないんだよ!?」
「そうだね。やるだけやってみて、今よりもっと酷くて、不幸で、早く死ぬ未来になるかもしれない」
「だったら───」
「それでも、いい!」
大きく吸って、言った。
「もしも早く死ぬ未来になるとしても、いい。限られた時間を一緒に過ごせるように、やれる事を全部やりたい。私は、駆馬くんとが、いいの。駆馬くんだから……」
ほんの少しの言葉なのに、息が上がった。体が熱い。目の前がくらくらして───
「危ない!」
駆馬くんの声が、近くだけど、遠いような感覚。まるで海の底に沈むように、ぼんやりする。
立ちくらみだ。後ろに倒れてしまった。ただでさえお腹の赤ちゃんに血液を送っていて、お腹が重くて立ってるのもやっとなのに、長く話していたからだ。
でも、大丈夫。駆馬くんが一瞬で距離を詰めてお姫様抱っこで助けてくれたから。
「大丈夫?」
「うん。ありがとう」
「良かった……本当に」
ゆっくりと床に降ろしてくれると……駆馬くんが私の頭を撫で、ぎゅっと抱いて包み込んでくれた。
「花恵さん。僕なんかで、いいの?」
「うん」
「大事な命も、未来も、僕のために……」
「駆馬くんだから、だよ。駆馬くんだって、私の為に命懸けで守ってくれたんだよ?」
そう言って私は、駆馬くんの右頬に手を当て撫でる。
「結婚ってさ、病める時も健やかなる時も支え合う……じゃん? 駆馬くんばかり支えるんじゃなくてさ、私にも支えさせて」
伝えたい事は、もう、本当に本当に言い切った。心の中が、心地良く空っぽになった。私は、ふぅっと呼吸を整え、目を合わせ、駆馬くんの答えを待つ。
駆馬くんは、目をゆっくり閉じ、開ける。その瞳は潤んでいて、光が灯っているようで。高校生の頃と同じまなざしになって。
そして、しがらみが解きほぐれるようにふんわりと笑い、私を優しくぎゅっと抱きしめてくれた。
「花恵さん。未来を……変えよう」
「うん。変えよう。ずっと一緒だよ」
そして世界は温かい白色で私たちを包む。




