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22話 私と、駆馬くんの、幸せの為に

 呼吸を整え、呼び鈴を押す。すると、ママさんが出てきてくれた。


「あら、花恵ちゃん? 久しぶり! 大きくなったわね!」

「はい、お久しぶりです。突然すみません、実は、駆馬くんにお話が……」


 私が言うと。ママさんの笑顔が暗くなる。


「ごめんね、ちょっとそれは出来なくて。伝言があれば伝えとくけど、いつ返事が出来るかも分からないわ」

「どういう……事ですか?」

「………………」


 ママさんが、言葉に詰まっている。

 あまり積極的に会えそうにないようだ。受け入れよう。別れたのだから、これが普通だ。


「ごめんなさい。別れたのに勝手を言ってるのは承知しています。でも、1回だけでいいんです。会わせて下さい」

「違うの。会わせてあげたいけど、出来ないのよ」

「え?」

「駆馬はね、入院してるの」

「えっ!? ケガとか病気を?」

「ううん、そういうのは無いの。そうじゃないけどね……信じられないと思うけど、びっくりしないで聞いて」

「……はい」


 ママさんは、小さく、言った。


「駆馬ね、原因不明で、もう2ヶ月は眠ったままなの」


 原因不明で、2ヶ月も……?


「何かあった訳じゃないし、命に別状は無いの。ちゃんと息してるし寝返りもしてる。寝言もふにゃふにゃ言ってる。本当に、起きなくなっただけで、生きてはいるの」


 だからそんな心配しないでと、ママさんは言いたいのだろう。

 それでも、私の心は落ち着かない。


「詳しく、知ってる事全部、聞いていいですか?」


 語気が強くなってしまった質問にも、ママさんは優しく微笑んで頷いてくれた。




◇◇◇◇◇




 ママさんの車に乗せてもらい、30分。林道を走り抜けると、白く巨大なそれが見えてきた。まるで小学校の校舎が10個くらい集まったくらいに巨大な病院。フジ医科大学病院。


「大っきい……」

「花恵ちゃん来た事ある?」

「いいえ、初めてです」

「びっくりするでしょ。全国的にも大きい病院でね、ベッド数も多いし、それだけの患者を治す腕利きの先生がいっぱいいらっしゃるの。だから、何か少しでも分かると思ったんだけど……ね」


 ママさんのため息、ハンドルを握る手が強くなる。

 この2ヶ月、ママさんだって懸命に駆馬くんを支えてきた。ここまで最高峰の施設で調べてきた。

 今更、こんな部外者な私が行って、何が出来るのだろう。知れば知るほど、私に出来る事……そんなの無いんだと分かってくる。

 でも、不思議と。

 会いに行きたい気持ちが、強くなっていく。


───ガラ


 病室に到着。ママさんが扉を開けて、入っていく。


「駆馬。入るよ」


 返事は無い。聞こえるのは、寝息だけ。

 あのカーテンの中に、いる。

 いつの間にか握っていた手の力を抜いて、私は一歩ずつ歩く。

 カーテンの奥を覗く。そこに………いた。

 髪が伸びて、薄く日焼けしているものの、高校生の頃から変わらない。駆馬くんがベッドで目を閉じていた。穏やかに寝息を立てている。


「駆馬。花恵ちゃんが来たよ」


 ママさんが、駆馬くんに寄り添い、前髪を整える。起きてほしい筈なのに、眠りを妨げないように優しく囁いている。

 本当に、起きないんだ。何かあった訳じゃなく、ケガした訳でもないのに。あるとすれば高校の時についた目と手の甲の傷はあるくらい。


「ほら、花恵ちゃんも」


 話し掛けてごらん。そう言っている。

 息を飲む。

 高卒から4年ぶり……いや、別れてから6年ぶりに。心の中でも呼ぶ時は伏せていたその呼び方を、今───


「っ……………か……駆馬くん」


 言えた。久しぶりすぎてイントネーションや口の動きが硬い感じになってしまった。

 でも、言えた。呼べた。

 しかし。

 待てども、待てども、返事は無い。

 それでも私は、今出来る精一杯の、高校生の頃には出来ていた笑顔を思い出しながら、続けた。


「久しぶりだね。あのね……私、パン屋さんになれたんだよ。パン作りも、レジ打ちも、一人で全部やってる。週1だけど配達も続けてる。昔はよく迷子になって……駆馬くん助けてくれたね。今は、大きな道くらいは分かってきたよ。頑張ってる。だから……さ、元気になったら、また2人で歩きながら、色んなお話を……」


 違う。こんな報告をしに来たんじゃない。

 言わなきゃ。分かっているのに。

 言葉が出ない。

 やっぱり、目を覚ましてる時に話したい。

 あなたが守ってくれたから、私はこれから幸せになっていけると、伝えたい。

 今、駆馬くんは幸せなのかを聞きたい。誰か好きな人はいるのかを。


「ねぇ。駆馬くん」


 そう願っても。奇跡は都合良く起きない。

 ああ……伝えたい事が溢れて胸が苦しい。

 お互いに幸せになるために別れた。私がこれから幸せになろうとしているのに……駆馬くんは幸せとは程遠い。

 そんなのダメだよ。起きてよ、駆馬くん。


───ガラ


「花恵ちゃん?」


 誰かが入ってきた。名前を呼ばれた。振り返ると───


「文実ちゃん?」


 文実ちゃんが、駆馬くんの病室に入ってきていた。その手には小さな紙袋がある。

 私と目が合ったまま、2秒くらい。短いようで長い。何でここに、という言葉をお互いに喉から出かかっている、そんな時間だ。


「あら、文実ちゃん! 偶然ね! 今日はどうしたの?」


 ママさんが文実ちゃんに話し掛けた。


「あ……これです」

「何かしら?」

「ベビーカステラです」

「あら、良いわね! また今日もここで食べるのね! そうなの、花恵ちゃん。良い香りで目が覚めるかなと思って、文実ちゃんは色々試してるのよ。ねっ?」

「あ……はは」


 文実ちゃんが苦笑いしている。


「じゃあ、文実ちゃんも来た事だし、私は帰るわ。花恵ちゃん乗ってく?」

「……残ります。少しお話があるので」

「そ。分かったわ。気を付けて帰るのよ」

「はい、ありがとうございます」


 そう言って、ママさんは手を振って病室を出ていった。

 笑顔で見送った私は、その笑顔を文実ちゃんに向ける。


「文実ちゃん」

「んな、な、何?」


 椅子に座り、もう1つの椅子に触れながら、文実ちゃんにも座るよう促す。


「私にも、1つくれる?」


 凄い速さで頷いてくれた。

 恐喝してるみたいだけど、まぁ貰うのは1つだけだし、本題はそれじゃない。

 私は、隣に座った文実ちゃんから受け取ったベビーカステラを食べながら、目を合わせる。


「文実ちゃんって、駆馬くんと付き合ってるの?」


 沈黙。

 音の無い時間が数刻過ぎる。

 隠しても無駄だよ、文実ちゃん。この目で見ちゃったんだから。ここまで来る正当な理由をちゃんと言うまで、私は折れないからね。


「な……何を聞かれるかと思ったら、そこ?」

「そこだよ! めっちゃ大事だよ! それによって私の人生が変わるくらいだもん!」

「そ、そんなに大事なんだね」

「うん!」

「わ……分かった。じゃあ言うよ。私と石上くんは、付き合ってないよ」

「ふ〜ん、そうやって嘘付くんだ」

「本当だよ! 何でそうなるの……」

「駆馬くんがどこにいるか知ってて、お菓子持ってきて、何日も来ているなんて、好きじゃないと出来ないじゃん」

「う、そ、それは」

「ここにいるって知ってるなんて、普通は家族とか彼女だけじゃん。何日も来てたみたいだしママさん砕けた話し方だったし付き合ってないんならどういう関係なの!」

「付き合ってない! 本当だよ!」

「分かった信じる。じゃ、質問変える。文実ちゃんは、駆馬くんの事、好きなの?」

「………」

「何で黙るの」

「……答えないと、だめ?」

「うん」

「……………うううう」

「え、ちょっと、何でうるうるしてるの?」

「私、これだけは……絶対に秘密にしておきたかった。誰かに言って、石上くんに知られたら困らせちゃうって分かってるから」

「え、待って、文実ちゃん」

「私、石上くんが好き! でも、好きって言わないように我慢してた! だって石上くん、花恵ちゃんの事ばかり考えてるんだもん! 昔から! 今でも! だから私、頑張って我慢してたんだからぁあああああ!」

「文実ちゃん、泣かないで! 泣かすつもり無かったよおおおお」

「わぁああああ」

「やだもぉおおお」




◇◇◇◇◇




 ややあって。

 2人で泣ききって。

 ベビーカステラを食べて息を整える。


「文実ちゃん、駆馬くんが好きなんだね」

「うん。でも、ね、たぶんダメだと思う」


 文実ちゃんが視線を落とし、駆馬くんを見つめる。

 さっきの文実ちゃんの一言が気になった。駆馬くんは、今でも私の事ばかり考えている、と。別れていても、私を忘れないでくれているのかな。それは……文実ちゃんが可哀想だ。

 駆馬くんは私の幸せと長生きを願って、他の人との結婚を勧めて別れてくれた。私だって、そんな駆馬くんにも幸せになってほしい。ずっと独身になるかどうかは駆馬くんの自由だけど、すごく良い子の文実ちゃんが傍にいたいって事を、駆馬くんは気付いてあげるべき。すごくもったいないと私なら思う。

 ……なんて。

 言いたい事が沢山になり、頭が熱くなった所で、私は駆馬くんの寝顔を見て、ため息を一つ。


「駆馬くん……何で起きないんだろうね」

「それ、なんだけど、ね」

「うん」

「花恵ちゃんは、知りたいんだよね」

「え?」

「石上くんとは別れてる。それでも、知りたいんだね」

「うん。だって、幸せになる為に別れた。私だって、駆馬くんに幸せになってほしい。なのに、今こうして眠り続けている。明らかに幸せじゃない。ママさんや文実ちゃんの顔からそんなの分かるもん。そんな時に……私だけ幸せになろうなんて出来ないよ」

「花恵ちゃん……」

「文実ちゃん。教えて。何で駆馬くんは起きないの」


 お互いに目と目を合わせ、文実ちゃんは話してくれた。


「順番に話してくよ」

「お願い」

「まず、石上くんがどんな仕事をしているか、から。石上くん、私の兄の会社に就職していてね。私の家によく来てるから、色々と知ってたの。付き合ってないからね」

「うん。よく分かったよ。ごめんね」

「ううん、私も泣いちゃってごめん。それに、別れてるのにここまで来るなんて普通じゃないのに、花恵ちゃんは来た。それくらい人生を左右する事だと分かったから、言ったんだからね。花恵ちゃんだけだから」

「う、うん。ありがとう、話してくれて」


 強くグサッときた。普通じゃないという私がさっき言った言葉を選ぶ辺り、文実ちゃん少し怒ってる気がする。


「さて、話が逸れたね。まず言っておくね。寿命、私も知ってるから」


 誰の、とまで言われなくても、伝わった。

 そのキーワードで、間違いなく分かった。

 駆馬くんが私の寿命を見える事を、文実ちゃんも知っている。情報を共有している。


「そっか……でも、駆馬くん、誰にも言ってないよね。文実ちゃんはどうして知っているの?」

「黙っててごめんね。高校の時から。石上くんが花恵ちゃんの為に色々やってたのを見て、石上くんに聞いたの。その時から、花恵ちゃんと石上くんが一緒にいられる時間を確保するために、私も裏でこっそり手伝ってた」

「えっ? そ、そうだったんだ!」

「分からなかったでしょ」

「うん。全然」

「ふふん。やったね」


 そう言って文実ちゃんがニヤリと笑う。


「私、口が固いし秘密にしてきた。石上くんと花恵ちゃんを守る為に。でも、今は違う。話した方が花恵ちゃんを守る事になるから」


 文実ちゃんが、深く息を吸う。


「そう。石上くんは、昔から、高卒から、ずっと……花恵ちゃんと別れてからも、花恵ちゃんの幸せの為に色々やってきたの。今でも」

「今も……?」

「そう。花恵ちゃんはそれを知るべき。今知らないと、花恵ちゃんは後悔する。本当に幸せな未来を選べない。だから、言うよ」


 聞いて、胸の奥が熱くなった。

 駆馬くんが私のために尽くしてくれた日々が蘇る。微笑みかけてくれたその優しさを。私の目を見つめながら名前を呼んでくれた事を。

 そうだ。私は知りたい。ぽっかりと距離が空いたままなのは嫌だ。手を繋ぐ部分だけが抜けているパズルのピースのままなのは、もう嫌だから。


「言って。文実ちゃん」


 文実ちゃんが、頷く。








「石上くんは、20通りの未来を何度も見て、花恵ちゃんやそのパートナー、その間に産まれる子ども、孫……関わる人たちに降りかかる不幸を、60年先の未来の世界で調べてきた。それを、私や私の兄と一緒に未然に防いできたの」


 ……。


「私の兄の仕事が、街の平和の為に色々やってるのは知ってるよね? 土方とか、警察とかと繋がってて。そう、石上くんの力で、60年先も平和に出来るようになれたの。夢の世界で新聞とか警察の事件簿とかを調べてくれてね、そこなら60年遡って何が起こるか分かるから、そうやって不幸な事故は全部、もう情報は通達済み。最初の頃は読めない文字があったけど、そこは高2の時から勉強を頑張ってくれたから、スムーズになっていったわ。そうやって……花恵ちゃん?」


 手で制する。続けて、と。


「ん。……でね、石上くんは、兄の会社に就職してからも、4年間、眠ってはメモしての繰り返しでね。ここ最近だと、花恵ちゃんは檜並って人とプールに行ったと思うけど、本来だったらそのプールで小さい子が溺れて亡くなっていた。遊びどころじゃなくなるのが、本来の未来だった。そこを私たちから情報を伝えたライフセーバーを向かわせてね、花恵ちゃんと檜並さんが過ごす時間を確保させたの。で……他にもあるみたいだけど……私は全て知ってる訳じゃないから分からない。けど、これだけは言える」


 文実ちゃんが、私の頭を撫でる。


「石上くんは、花恵ちゃんを守っている。別れてからも、ずっと変わらないよ」


 文実ちゃんが、強く伝えてくれた。

 私が、顔をくしゃくしゃにして泣いてしまっているから。

 どうしても、止まらない。

 後悔と、感謝とで、いっぱいになってしまった。

 あの頃のままだった。駆馬くんは、別れたけど何一つ変わらない。私の知っている、まっすぐに私の幸せのために頑張ってくれる、私の好きな男の子のままだった。駆馬くんは、ずっと、私が思っていた以上に、私の事が好きだった。

 他の誰かを好きになってなんかない。文実ちゃんを好きになってくれたらいいのに、なんて思ってしまった。間違っていた。

 私と、その将来の家族、色んな人の幸せのために、私が死ぬ夢を何度も何度も繰り返し見て、私の知らない所で戦ってくれた。

 会いたい。ごめんねをいっぱい言いたい。知らずに何もしてあげられなくてごめんと言いたい。

 だから、起きて、駆馬くん。


─── ◆◆◆◆◆


「っ!? な、何?」


 突然、目に映る景色が、真っ黒に染まった。


「ちょ、どうしたの?」

「え……わ、分からない。今、なんか目眩(めまい)みたいな、一面が真っ黒で、ふわふわ浮いてる感覚になった」


 駆馬くんのボロボロな左手を取って、祈るように額に当てただけなのに。


───カサ


 文実ちゃんが、空になったベビーカステラの袋を落とした。見ると、文実ちゃんは驚いた表情で固まっていた。


「どういう、事? 花恵ちゃんには、見えたの? そこに白い扉はあった?」

「え? どういう事?」

「石上くんが言ってた。花恵ちゃんの未来を見る為には条件があって。石上くんが眠っている事と、左手の薬指を額に当てる事。そうしたら真っ黒な宇宙空間に行って、白い扉が20枚あって、それを開けるとその未来を見られる。私はダメだったけど……」

「分かった。もう1回試す」


 もう一度、駆馬くんの左手薬指を、私の額に。

 すると、文実ちゃんの言った通りの空間が、目に映る景色とは別に、二重になってぼんやり見えるような感覚になった。


「見える……見えるよ!」


 手を離し、文実ちゃんを見ると、文実ちゃんが私の肩をがっしり掴んできた。


「花恵ちゃん!」

「文実ちゃん……」


 目で、伝わった。

 駆馬くんを助ける一筋の光が見えた。




◇◇◇◇◇




 私は、文実ちゃんから受け取った眠剤を口に入れ、水のボトルで流す。


「駆馬くん」


 私は、そっと駆馬くんの手を取り、その左手薬指を私の額に当て、目を閉じる。


「花恵ちゃん。そのまま眠ったら、きっと花恵ちゃんも未来の夢が見れる。その未来の世界に、石上くんはいる。普通なら、人の見てる夢に入るなんてありえない。私もダメだった。けど、この夢は石上くんと花恵ちゃん2人だけのものだし、花恵ちゃんが見れるなら、会いに行けると思う」

「うん。絶対、会いに行く。駆馬くんが、こんなに長い時間をかけて何かを頑張っているんだから、私は助けになりたい」

「頼むね」

「うん!」


 私に出来る事、一つだけあった。私にしか出来ない。

 会いに行く。

 私と、駆馬くんの、幸せの為に。

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