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18話 花恵さんの寿命が見える

 いや待て。何を考えているんだ。混乱している。冷静になれ。冷静になる為には、何でもいいから解決策に繋がる有益な情報が必要だ。

 死なずに済む方法をお医者さんに聞いてみよう。白黒の世界へ、もう一度行こう。




◆◆◆◆◆




 何時間も待って、ようやく白黒の世界へ戻る事ができた。

 やはり室内は慌ただしい。

 しかん出血を起こしているとお医者さんが周りの看護師に告げてから、更に慌ただしくなった。

 

「あの」


 また、この人だ。呆然としていた僕に話しかけてくれた看護師の人だ。


石上(いしがみ)花恵(はなえ)さんの旦那さんですよね」

「そうです。しかん出血って何なんですか?」

「え? っと……赤ちゃんの育つ袋が、出産の後で剥がれて起こる出血です。本来なら、出産の後すぐお腹が縮んで出血が止まるはずが、何かの原因でお腹がゆるんだままになっているんです」

「何か止める方法は?」

「……ありません」

「今、じゃなくて! 事前に分かっていれば助けられますか!?」

「え、ええ? それは……」

「そんなものっ! 無いっ!!」


 怒号のような一喝が、手術室に響く。

 見ると、花恵さんに心臓マッサージをしているお医者さんの声だった。


「100%っ! 保証はっ! 出来ないっ!」

「先生! 脈が!」


 隣の看護師が、お医者さんに呼びかけ、僕には睨む。

 そんな話をしている場合ではないと、目で言ってくる。


「医学がっ! 進歩してもっ! 人のっ! 体のっ! 仕組みはっ! 逆らえないっ! 出産はっ! 命懸けっ! だっ!」


───ピー


 嫌な機械音が。

 見ると、花恵さんが、息をしていない。


「花恵……さん……」


 手を伸ばす。

 しかし、夢が薄れて終わり、触れる事すら許してくれなかった。




 10y 25d 03h 22m 56s

 10y 25d 03h 22m 55s

 10y 25d 03h 22m 54s




◆◆◆◆◆




 ───コンコン


「石上くん。入るよ」


 あれから、時が少し経ち、昼頃。

 僕は、苺谷さんに来てもらうようメールを送った。


「メール見たよ。どうしたの?」

「ちょっと、夢の事でね」

「あ、見れたんだ。どうだった?」

「それが……10年後、出産で亡くなるんだ」

「…………えっ?」

「弛緩出血。赤ちゃんの育つ袋が剥がれた後、出血が止まらなくて、死ぬ」

「……本当に?」

「はは。びっくりするよね。本当だよ。そこにいたお医者さんも言ってた。どんなに医学が進歩しても人の体の仕組みは逆らえないんだって」

「…………」


 何だろう、声が小さくて聞き取れなかった。


「どうしたの?」

「石上くん…………ううん、分かった。話してくれてありがとう。ちょっと、お兄に聞いてみる」


 と、小さな声で言って、僕の目の前で電話を掛けた。

 苺谷さん、いつもなら大きめの声で私たちに任せてって感じに言ってくれるのに。創さんに聞くって事は、まだ諦めてないんだ。


「もしもし。あのね……産婦人科の先生で、誰か繋げれそう? 弛緩出血で。……うん。ありがとう。スピーカーね」

「もしもーし! 駆馬! 俺だ! 聞こえるかー?」


 と。苺谷さんの携帯電話から、創さんの声が。


「はい、聞こえます」

「話は聞いた! 何か対策できないか、なじみのドクターと繋げるからな! よし、今から繋げるぞ!」

「もしもし。繋がっているかね?」


 と。苺谷さんの携帯電話から、知らない男性の渋い声が聞こえてきた。


「はい。繋がってます」

「初めまして。N大学病院で産婦人科を持っている丸川(まるかわ)だ。君の事は創くんから聞いているよ。早速だが、本当に弛緩出血だと聞いたのかね?」

「はい」

「本当に、その出血は、出産した直後かね?」

「はい。産まれた赤ちゃんがタオルで拭かれて、すぐです」

「……そうか。今ので……充分に分かった」

「あの、先生」


 と。苺谷さんが、僕の目を見てから、震える声で話に入ってきた。


「それは、治せるものなんでしょうか?」

「……創くんの妹さんだね。酷な話で信じ難いと思うが、結論から言おう。100%の安全の保証は、出来ない」


 ……。

 出来ない。もう分かっている筈なのに、聞こえた瞬間、何かがひび割れる感覚に陥った。


「我々医療人は、皆、大事な血管や臓器に異変が無いかを常に調べながら出産と向き合っている。それでも、1年あたり10万人いるうちの4人の母親が亡くなっている。たとえ未来が予測出来て出血の対応がすぐ出来たとしても、我々が手を加えられる領域には限界がある。どんなに医学が進歩しても、だ。理解してくれ。……聞こえたかね?」

「……はい」

「うむ。では、切るぞ」

「ありがとうございました! ……あー、文実」

「……」

「聞こえてるよな」

「……」

「とりあえず、今すぐ帰ってこい。駆馬が困るだけだ」

「……分かった」

「駆馬! もっと他の意見とか、外国のドクターにも聞いてみるからよ! 待っててくれ! しっかり寝ろよ! またな!」


 と。創さんは豪快に明るく言って、通話は終了した。


「……」


 静かになった室内で、ぽつんと、苺谷さんが携帯電話を一点に見たまま、動かない。


「苺谷さん。ごめんね」

「……何が?」

「どうする事も出来ないのに聞かせちゃってさ」

「……ううん。いいの。いつかは話していた筈だから」

「……」

「……」


 沈黙。空気が重い。


「ねぇ。これからどうするか、もう決めてるの?」

「っ」


 花恵さんとの出会いが間違い、という言葉が頭に浮かぶ。


「どうするって……はは、何で気になるの?」

「何となく、そんな目をしてるから」

「目?」

「今までの石上くんなら、どんな壁も工夫して越えようと、諦めないでずっと考え続けていた。でも、今は……それが無い。雰囲気で分かるよ」

「……そう見える?」


 無言で、苺谷さんが、僕の目を見る。

 確かに苺谷さんの言う通り、今までの僕はずっと考える事を諦めなかった。過去の自分を否定する点は雲一つ見つからない。どんな時でも花恵さんの笑顔を守れてきた思い出が、僕の誇り。精一杯やってきたと思える事ばかりだ。

 過去は間違っていない。

 やれる事をやりきった。

 だからこそ、落ち着いて、こんな事を言いきれてしまうんだ。


「僕の役目は、ここまでなんだ。このままだと僕のせいで花恵さんが死ぬ。だから、僕と花恵さんが結婚する事は───」

「そんな事ない!」


 かつてないほどの、大きな声。

 苺谷さんが、声を張り上げてきた。


「石上くんは! 花恵ちゃんの為に頑張ってきた! 石上くんは、何一つ間違えてない! 花恵ちゃんだって、石上くんとこれからも仲良くしていきたいって思ってる! 結婚しちゃダメなんて、誰も思ってない!」


 震える苺谷さんの目から、ぽろぽろと涙を落ちる。


「でも、本当に、これからどうしたらいいのか分かんない……何も出来ない……ごめん……ごめんね……」

「そんな事無いよ」


 僕は、痛みを堪えて、ベッドから起き、苺谷さんの元へ。

 右手を、苺谷さんの肩に添える。


「苺谷さんが支えてくれたから、僕は変われた。僕と花恵さんを一番支えてくれたのは、苺谷さんだよ。だから、泣かないで」

「でも……でも!」

「……もう、いいんだ」

「っ!?」


 もう、動くしか道は無い。

 終止符を打つために。


「ありがとう」

「え……待って、石上くん!」


 苺谷さんの呼び止めを聞かず、僕は家を出ていった。




◆◆◆◆◆




「……」


 顔や両手が痛む中、僕は、花恵さんの家に着いた。

 分かっている。もう、言うしかない。

 今まで隠してきた、寿命の事を全て。今までは言わない事で花恵さんを守ってきた。けど、もう状況が違う。これからの笑顔を守る為、長生きする為に必要ならば……言うしかない。

 でないと分かってもらえない。もし結婚しても子どもを諦めるしかないなんて、そんな究極の選択を結婚した後に伝えるくらいなら、今伝える方がいい。

 花恵さんの幸せを思うなら、今だ。


───ガチャ


 鍵が掛かっている。今日はバイトではないから当然か。


───ピンポーン


「はーい今行きまーす」


 花恵さんの声と、足音が聞こえる。


───カチャ


「あれっ!? 駆馬くん! どうしたの?」

「ちょっと、ね。話したい事が」

「うんうん! 聞くよ! とりあえず中に入って!」


 驚きつつも心配している花恵さんに招かれる。

 いつものキッチンの席に座った。


「急にどうしたの? 電話じゃ話せない事?」

「……」


 言わなきゃ。その為に来たのに。

 今言うべきと、理解しているのに。

 なぜこの口は動かない。

 やはり僕は優柔不断なままだ。


「はい、どうぞ」

「え?」


 ふと、花恵さんが、袋に入ったあんぱんを置いた。


「これ、今日持っていくつもりだったの。ご飯まだ? お腹空いてるでしょ?」

「……うん。ありがとう」


 受け取る。すると、花恵さんがそのあんぱんを指差した。


「あんぱんで思い出したけど、先月くらいにトヨカドで迷子だった男の子、覚えてる?」

「……うん、覚えてる」

「そう。その子と、そのママさんがね、ちょっと前にうちに来てくれたんだ〜」

「えっ? すごい。よく分かったね」

「うん。迷子の男の子がね、もう1回私のあんぱんが食べたいって言って、それであちこち探してたみたいでね。ようやく見つけたらしいの」


 特に看板も無い花恵さんのパン屋を見つけるなんて、相当回ったのだろう。


「それでね。また買いに来ますってそのママさんが言ってね。何ていうか、母親ってすごいなって思ったの」

「すごい?」

「子どもの笑顔のために大変な事でも頑張れるんだなぁ、って。あの子の笑顔、すごい可愛かったし」


 ふふ、と花恵さんは笑う。

 僕は、視線を落とす。もう、この笑顔を見てはいけない。見ていられない。


「花恵さんも、そんなお母さんに、なりたいの?」

「ふぇ!?」


 ぽつりと、目ではなくあんぱんを見ながら、僕は聞いてしまった。

 ああ、話を切り出してしまった。

 でも、花恵さんにとっては、違う解釈だろう。良い意味で返事に困っているのが分かる。


「あの時もそうだったね。花恵さんは、子どもが好き?」

「……うん。好き。ギューしたりお世話したり、成長を間近で見届けたり、そういうの憧れるよ」

「そっか。子ども……保育園の先生って感じじゃなくて、やっぱり自分の子ども……だよね」

「…………ん。そうだよ」


 そんな、恥じらいながら、子どもを授かる事を憧れている事を改めて聞いて。

 僕は。

 心のひび割れが行き渡って真っ二つに離れてしまったような感覚になった。

 花恵さんが、子どもを欲しくない訳がない。花恵さんの人柄や今までの様子から、もう分かっていた事なのに。直接聞いて、ようやく理解した。

 このひび割れは、僕が理想とする、花恵さんとの未来の写真。僕がいて、花恵さんがいて、2人の間に授かった子どもがいて、皆で一緒に手を繋いで……10年後も、その先も、一緒に笑い合う。

 僕は、そんな最高に幸せな未来を、今ここで終わらせる。

 せめて、花恵さんを死なせないため。

 僕は、僕自身を引き裂くとしても構わない。

 花恵さんの笑顔を消し去ろうとも構わない。

 何があっても幸せにするという誓いを破るとしても。

 花恵さんの命だけは、絶対に守る。


「花恵さん。聞いてくれる?」

「うん」

「僕は、花恵さんに告白する時、これから先どんな事があっても幸せにすると言った」

「……そうだね」

「でも、ごめん。できない。ダメなんだ。僕は花恵さんと、子どもを作っちゃいけない。花恵さんを最高に幸せには出来ない」

「え? え? どういう……何でそんな……」

「急でごめん。出来ればずっと隠していたかった。でも、もう言わなきゃいけない。実はね、僕は───」


 僕は、震えて息が吸えない体で、無理やり息を吸って、花恵さんの目を見て。


「花恵さんの寿命が見える」


 告げると、時が凍ったように、花恵さんは口を開けて固まった。


「な、何それ……どういう事?」

「ごめん。いきなりで分からないよね。もう一度言うよ。花恵さんの寿命が見えるんだ」

「寿命が……見える?」

「そう。花恵さんは、あと10年後の26歳で、僕と結婚して、僕との間に出来た子どもを出産する時、弛緩出血で亡くなる……」


───ジュウ


 口にした直後、なぜか左手薬指が一瞬だけ熱くなった。だが、すぐ治まった。なら良し。今はそんな事を気にしてる場合じゃない。


「ちょっと待って。変な冗談やめてよ」

「ごめんね、信じられないよね。でも、本当なんだ」

「本当に……私、本当に、26歳で?」

「うん」

「駆馬くんと結婚して、お産の時に……」

「うん」

「……はは、何それ。何で? 何でそんな酷い事言えるの!? 信じられる訳ないよ!」


 花恵さんが、僕に怒りをぶつけてくる。

 僕だってこんな酷い事は嫌だ。言いたくない。胸が焼けるように苦しい。でも───


『ご……め……んね』


 あんなのを、もう二度と言わせないから。


「今までにもあったんだよ。花恵さんが死ぬかもしれなかった場面が」

「……え」

「最初は、信号機が折れてきた時。僕が助けなかったら、花恵さんはそこで死んでいた」

「……」

「不自然だよね。普通、あんな状況で飛びかかって助けに行くなんて、未来が見えないと出来ないよ」

「……」

「その後も。雨の日に車に轢かれる未来を、相合傘でズラして───」

「止めて!」


 花恵さんが、真下を向く。表情が見えない。


「私を守るために……今まで?」

「うん」

「パン屋の手伝いも?」

「うん」

「その……ケガも?」


 花恵さんが、ゆっくり僕の方へと近付き、僕の肩にそっと手を置いた。


「私のせいで……駆馬くんが不幸になってるの?」

「えっ……」

「だってそうじゃん! 私が危ない目に遭うのを、駆馬くんが代わりになってくれてたんでしょ? そのケガ……本当は私のだったんでしょ?」

「そう、だね」

「っ……分かった。そうだよね、そんなに痛い思いをしてるんだもん。信じるよ。ごめんね、怒鳴っちゃって」


 少しずつ信じてくれている。


「いいんだよ。僕の方こそごめん。訳分かんないよね」

「ううん……もう大丈夫。駆馬くんが辛そうにしてるの、前から何度もあったから、そういう事なんだなって……今なら分かる。信じなきゃって分かってるの。でも……」

「でも?」

「結婚しちゃいけないの? 赤ちゃん欲しいって思ったらいけないの? そんなの……あんまりだよ……」


 信じたら信じたで、残酷な運命を受け入れる事になる。


「駆馬くんと、ずっと一緒に……おじいちゃんおばあちゃんになるまで一緒に……でもその為には赤ちゃんを望んだらダメで……ダメじゃないけど、産んだら私が死んじゃうから駆馬くんとずっと一緒にはいられないなんて……選びたくない。私、まだ何となく、ぼんやりとだけどね、駆馬くんが隣にいて、子どもがいて、そのまた子どももいて……誰一人欠けずに一緒にいたいなって……っ……っ……」


 ぽろぽろと零れる涙を、止める方法が浮かばない。僕自身、悔しくてどうしようもなくて、花恵さんに何て言葉をかければいいのか分からない。僕だって頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 でも、10年後に子どもを産むと死ぬ、というのは伝えられた。それだけは絶対に間違いではない。よくやったと言いきっていい。


「うっ……」


 まずい。左手の包帯が赤く滲んできた。

 知らない内に拳を握っていたようだ。


「ごめん。ちょっと包帯が。帰るね」

「あっ……うん。分かった」

「また、話そう」

「うん」




◆◆◆◆◆




 その後、帰宅して、包帯を替えた僕は、ベッドに横になる。

 苺谷さんは、自宅に帰っているようだった。携帯のメールで、ぽつりと一言、ごめんねとだけ残して。いきなり置いて出た事を、また今度謝らないと。

 ……。

 そういえば、さっき左手薬指が熱くなったっけ。別に、包帯を替えた時にも異変は無かった。

 でも、一つ。白黒の夢に何か起こったのかが考えられる。僕が花恵さんに、10年後の詳細を教えた事が関係するのか……?


「確かめよう」


 左手薬指を額に当て、目を閉じた。




◆◆◆◆◆




「……え? 何だこれ?」


 ふと気付くと。

 初めて見る景色だった。

 どこが上か下か分からない、まるで宇宙空間のように浮いている。

 辺り一面には、沢山の白い扉が浮いてて、その奥は真っ黒の空間だけ。


「っ!?」


 よく見ると、白い扉に、デジタル時計が。


 74y 209d 11h 57m 38s

 74y 209d 11h 57m 37s

 74y 209d 11h 57m 36s


 という事は、これは死の未来の夢に関連している。

 この扉を開けた先に、74年後に花恵さんが死ぬ未来が見れる、という事なのか。

 今は16歳だから……90歳まで長生き出来る。

 花恵さんが、長く生きられる。

 生きられる。長く。

 ふっ、と笑みがこぼれ、僕は初めて見る事の連続であるけれど、迷いなく白い扉を開けた。


「っ!?」


 白い光が僕を包み、徐々に治まる。

 すると、僕の前に、病室のベッドで眠る、シワの多い痩せた高齢女性がいた。心臓の音を示す機械を見ると、そのリズムが不規則だ。

 その周りには、僕の知らない高齢の男性や、50代の男性、若いカップル、中学生の女子や、幼稚園児など、大勢が囲んでいる。

 おそらく、天寿を全うする寸前、なのだろう。

 花恵さんは、こんなにも大家族に見守られて、愛されて、90歳で旅立つのか。

 ……しかし、妙だ。この高齢の男性、80から90歳くらいだけど分かる。僕とは特徴が違いすぎる。輪郭も目付きもだけど、身長が16歳の今の僕よりも大きい。普通、縮む事はあるけど、伸びる事なんて無いから。

 ……。

 嫌な予感がした。

 僕は、病室の外に出る。そこには花恵さんの名札が付いていた。そこには……



 檜並花恵



 ……。

 ……。

 ……。


「……ああ、そうか。そういう事か」


 花恵さんは、この檜並って人と結婚したら、長生きするのか。

 じゃあ、僕は今、結婚していない部外者なのに、家族の輪の中に混じっているのか?

 再び、病室を見る。でも不思議と、チラ見もされていない。まるで透明人間のようだ。


「あの……すみません」


 声を掛けてみる。しかし、その人はおろか、誰も反応しない。

 肩を叩いてみる───しかし、すり抜けてしまった。何だろう、幽霊にでもなっている気分だ。……確かめてみよう。病室の鏡を見てみる。そこに僕は写っていなかった。

 鏡にも写らない。体をすり抜ける。


「まさか、もう死んじゃってるとか…………っ!?」


 眉間をつねる。

 すると、また先程の宇宙空間に戻った。


「待てよ……もしかして」


 先程開けた扉の、すぐ隣の白い扉を見る。71年後と書いてあるそれを、開けてみる。

 白い光が治まると、そこは、どこかの自宅。和室に敷かれた布団に、高齢女性が眠っている。その女性は、さっきも見た未来の花恵さん。

 その周りには、さっきとは違う高齢男性や、40代の女性が3人、正座している。

 外を確かめる。家の表札には──笠野と書いてあった。


「そうか……白い扉それぞれが、違う人と結婚する未来なんだ。だから寿命も違っている……と」


 再び、左手薬指を額に当てる。すると、また先程と同じ宇宙空間へと戻った。


「そして、こうすれば夢が見られるのは相変わらずだな」


 今は現実世界で眠っているから、夢を見る条件は揃っている、という事なのだろう。


「よし……色々理解した。なら、今がチャンスだ。見れるうちに、白い扉を全部見てやる!」




◆◆◆◆◆




 あれから、僕は、合計すると20に増えた未来を19枚確認した。宇宙空間の奥にある扉であればあるほど、寿命の短い未来だった。

 けれど、寿命が短いから不幸であるとは結び付かない未来もあった。特にすごかったのが、65歳で亡くなる未来。肺炎で早くに亡くなってしまうけど、旦那さんが世界進出しているホタテ漁師の社長をやっていて、花恵さんはパン屋のブランドを立ち上げていた。そのパンが船で働く漁師の社員のお弁当として親しまれていたり、家がお城のようだったりと、裕福な暮らしぶりだった。多分だけど、数ある未来の中で一番多くの人の人生を豊かにしたり、名前を覚えられる未来なんだと思った。

 ……。

 だからこそ、いくつも疑問が残る。

 一つ。この最後の20枚目に来るまで、僕と結婚した未来を見れていない。

 二つ。他の19の未来では、他の人と結婚していて、子宝に恵まれている。僕との結婚だけ弛緩出血を起こすのは何故なのか。

 三つ。何故、僕らは幸せになれないのか。


「頼む」


 その答えが、この最後の扉にあると信じたい。


 10y 11d 02h 09m 33s

 10y 11d 02h 09m 32s

 10y 11d 02h 09m 31s


「っ!?」


 待て。ここだけ寿命が伸びていない。僕と結婚する弛緩出血の未来では10年と25日後だったのが、14日ほど短くなっている。

 26歳の花恵さんの身に何が……。

 本当に……本当に本当に嫌な予感しかしない。見てはいけない気がして仕方ない。

 でも、確かめるしかない。


 何があっても、花恵さんを守る為に。


「っ……」


 扉を開け、白い光が治まり、景色が変わる。

 どうやら、僕は運転中。幸い赤信号で、ブレーキを踏んでいる。隣には、26の花恵さん。めっっっちゃ美人。目尻に幼さが残ってるけど、大人な女性になっている。

 そして、お腹が大きい。


「どうしたの? 何かあった?」

「えっ!? あ、その、一つ聞いていいかな」

「いいよ」

「僕ら……結婚してるよね?」

「え? そうだよ? どうしたの急に」

「いや、その」

「あ、蹴った。パパが変な事言ってるね〜」


 花恵さんが、大きくなったお腹を愛おしそうに擦る。


「あ、分かった。今、あれでしょ。不思議な力で未来を見てるってやつ、でしょ?」


 花恵さんが、閃いて笑う。

 その反応や言葉から、やっと理解した。花恵さんには、現実世界で既に寿命の事を話している。知っている上で、結婚した未来なんだ。


「駆馬くん。今、何歳?」

「……16」

「ふふっ、若いなぁ〜! そっかそっか……分かった。時間が無い(・・・・・)し、簡単に伝えるね。あのね、高校生の時に寿命の事を話してくれたでしょ? 私と結婚しちゃいけないって。誰とは言わなかったけど他の人と結婚してって、私のために言ってくれた。それでも私、駆馬くんと結婚したよ。貯金もなるべくしといた。私は死んじゃうけど……でも、私の分までこの子が生きて、ずっと一緒に居てくれる。だから産む。……駆馬くん。私、幸せだよ」

「花恵……さん」

 
















───ガシァアアアアアア











 激しい揺れが収まる。

 見ると、前が潰れたトラックが目の前にある。そして、僕の車もくしゃくしゃ。夢だから痛みは無いけど身動きが取れない。花恵さんの方を向く事も出来ない。

 でも、もう充分に分かった。

 未来の内容を話したから、花恵さんの人生が変わった。貯金してきたと言っていたし、長生き出来ない事を考えて行動していくんだ。

 そして、誰と結婚するかで寿命が変わる。

 僕と結婚したら、花恵さんはお産で死ぬ。その事を話したとしても、お産の前に事故して死ぬ。

 でも、他の人と結婚したら、お産で死なず、長生きできる。90歳まで生きられる未来もある。

 

 もう、よく分かった。


 もう、これ以上、寿命の事を話してはいけない。話せば、せっかく90歳まで長生きできるものが、変わってしまう。裕福な暮らしが出来なくなるかもしれない。

 薄々分かっていた。僕は花恵さんを最高に幸せに出来ない。出来る事は、この気持ちに蓋をする事が、花恵さんの幸せの為に出来る唯一の事。

 大丈夫。僕なら出来る。唯一見えた希望をつかんでみせる。

 大好きな花恵さんに長く幸せに生きてほしいから。


 僕は、大好きの気持ちを殺す。




◆◆◆◆◆

◆◆◆◆

◆◆◆

◆◆

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