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15話 僕は花恵さんの事が    だから

 今日は約束の日。花火大会。

 時刻は15時。天気はやや曇りで、夏の外出には丁度良い日差しだ。

 僕は、シンプルな無地のグレー色の浴衣を着て、駅のホームに立っている……と言うか、人が溢れていて椅子に座れない。なぜなら、その掲示板にある夏祭りのポスターにあるように、今日のお祭りは大規模な花火大会だから。およそ2時間、間髪入れずに連続で打ちあがる花火が有名で、近隣住民だけでなく遠くからも人が集まる。車で近くに行っても駐車場が満車になるから、ほとんどの人は電車を使っている訳だ。

 花恵さん……僕がここにいる事が分かるだろうか。


「駆馬くん!」


 そんな不安を晴らす声が聞こえ、その方を見る。すると、美しい青色の女性が目の前にいて……人混みの中、そこだけ晴天に祝福されて照らされているように見えた。

 夏らしい清涼感あふれる爽やかなパステルブルーの生地に、満開のマーガレットの花柄が全体に散りばめられた、可憐で清楚な浴衣。帯には浴衣より濃い青色で、まとまりのあるデザイン。帯と同じ色の小さな小包を持っている。

 そしてその顔を見る。目元にアイラインの化粧をして。口紅が塗られ、艶やかな唇をさらに魅力的に仕上げて。髪はお団子にして透き通ったガラス細工の玉が付いた簪を刺して。

 夢で何度も見た姿。きっと色彩鮮やかに美しくなっているという予想は、間違いなかった。


「ふふ、びっくりした?」

「うん。カラフルでキラキラしてて、綺麗だよ」

「ふふふ。ありがと! 駆馬くんに見て欲しくて、頑張ってみたよ」


 僕に見て欲しくて。

 今日のため。僕のためのお洒落。

 こんなに姿が可愛くて、理由も可愛い。

 それほど行動したのに、恥じらいがあって長く目を合わせられない。この青い天使は、勇気を振り絞って降臨してくれた。

 何とも、身に余る幸せ。このままじゃ幸せを僕だけ貰ってばかり。それじゃ申し訳ない。今日は、2人で一緒に楽しむ日なのだから。


「何か、僕ばかり幸せを貰ってばかりだね」

「そ、そんなに?」

「うん。こんなに可愛い女の子と付き合えて、幸せ者だなって」

「もう! 急に、人前で何言ってるの! もう! もう!」


 ああ。久しぶりに、ぷんぷん怒る花恵さん、良き。

 と、まぁ。花恵さんいじりは、さておき。そろそろ行かないと。


「ごめんごめん。さ、行こっか」

「……」


 花恵さんの手を引く。でも、花恵さんは動かない。どうしたのか顔を見ると、耳打ちするように手を添えてきて……。


「わ……私も、幸せだよ?」

「っ!!!?」


 花恵さんは、いたずらを成功させた子どものように無邪気に笑い、呼吸を忘れて固まった僕の手を引いていく。


「行こ!」

「うん!」




◆◆◆◆◆




 それから僕らは満員電車に入る。分かっていたけど、座席には座れない。ドアに張り付くように立って乗車している。

 僕はつり革を持ち、花恵さんはドア付近の鉄の棒を持っている。それでも、電車に揺らされるたびに、僕らは浴衣同士がふんわり当たるくらいにバランスが取りづらい。


「すごい人だね」

「うん……」


───プシュウウウウ


 と、話していると。電車は目的地の一駅前で停車。やはりと言うべきか、降りる人は居なく、むしろ乗る人ばかり。ただでさえ満員なのに、すみませんすみませんと言いながら少しの隙間に入るように乗っていく。

 だから、必然的に……


「あっ……」


 僕は、花恵さんを片手で抱き寄せた。初めて、公衆の面前で、いかにもラブラブであると見せつけている。背徳感と責任感が両天秤にかかって拮抗している。1駅だけだ。


「か……駆馬くん」


 すると、花恵さんはそう呟いて、僕に両手で抱き着いてきた。つまり、ハグ。つまり、花恵さんの柔らかい部分が勿論当たる。でも、今日は帯で下部分を上げているから、その柔らかさは普段以上に際立ち、僕を必要以上に癒してくれた。1駅までの至福。


───プシュウウウウ


 堪能していると、あっという間に到着してしまった。もう少し乗っていたい気持ちのまま、僕らはハグを解いて、電車を降りる。

 階段を降りる間、僕らは指を絡めて手を繋ぐ。はぐれないように。ハグしたい代わりに。

 そうして繋いだまま、駅の改札口を抜ける。すると、花恵さんが、僕の右腕に抱き着いてきた。


「花恵さんっ……」

「はぐれちゃうから。今日はこうしていたい」

「そ……そうだね」


 はぐれない為に。必要だから。そう思うと背徳感は無くなり、僕は堂々と人混みを潜っていった。




◆◆◆◆◆




 駅前の夏祭り会場。僕は毎年来ているから知っているが、やはり人で溢れている。屋台の順番待ちの人なのか通行人なのか見分けがつかない。通行人の流れがゆっくりと続き、止まる事や急ぐ事が困難だ。

 しかし、こんな状況でも、花恵さんはと言うと。


「あれ見て! 美味しそう!」


 ずらりと人が並ぶ、ふわふわかき氷の屋台に、目を輝かせて僕に満面の笑みを見せてくれていた。


「本当だ! 美味しそう! 食べてみよう!」

「うん!」


 僕も、この人混みでも話し声が届くように、全力で大きく喋っている。夏の暑さもあって、水分補給しても喉がカラカラになる。


「美味しい! ふふっ!」

「ははっ! 美味しいね!」


 なのに、楽しい。嬉しい。

 花恵さんと一緒に新しい出会いに笑ったり、驚いたり。

 そんな一瞬のきらめきや、言葉にしきれない表情を共有できるこの時間が、本当に尊くて。


「駆馬くん! 輪投げだよ!」


 感傷に浸る暇は無さそうだ。


「あー! 見て見て! あそこ!」


 指差す方を見る。景品の列のそこにあったのは、カピバラざえもんのぬいぐるみだった。ボウリングの玉くらいの大きさ。1等賞にふさわしい存在感。


「欲しい!」

「いいよ! 僕もやってみる!」

「やろうやろう!」


 という訳で早速、輪投げを2人でやってみる。ぬいぐるみの手前にある木のブロックに輪を入れれば貰えるようだ。

 しかし、一番の商品なので当然だが、輪が入るギリギリの大きさのブロックで、そう簡単に入らない。

 残念ながら、僕の輪は全て入らなかった。


「てや!」


 花恵さんの最後の一投。高く弧を描いて、木のブロックに向かう。しかし、輪は無慈悲にも弾かれ、転がり、転がり……今まで見向きもしなかった遠くにある景品の上で止まった。


「おめでとう~。はい、どうぞ」


 花恵さんは、店員のおじさんからそれを受け取る。それは、黒色の厚めの長財布。いかにも大人な男性向けの物だ。


「取れて良かったね!」

「うん! 色々入りそう!」

「だね! 使うの?」

「んー、どうだろ。カピバラざえもんのお財布があるからなぁ」


 刺繍入りのお気に入りの財布だ。


「駆馬くんは、これ欲しい?」

「え? そうだなぁ……色々入りそうだし。本当にいいの?」

「いいよ! はい、どうぞ!」

「ありがとう。大事にするよ」

「うん!」


 思わぬ所で、長持ちする物を頂いた。大人になっても使えそうな、高級感もあり大きい財布。


「ありがとうね! 丁度欲しかった!」

「そうなんだ! 駆馬くん、財布変えるの?」

「まぁ、ね。今まで使ってたのは……これから……ボロく……なるから……さ」


 人混みの喧騒で、敢えて言葉を届けさせず、呟く。

 僕は、立ち止まり、腕を組む天羽さんを優しく離れさせる。


 時間だ。


「駆馬くん?」

「ちょっと、待っててね」


 何も知らない花恵さんに、心の中で謝る。

 本当なら、花恵さんには見せないように、遠くに避難させたかった。

 けれど、僕はもう決めたんだ。

 こんな運命なんかに負けない。


───ドッ


 後ろを振り向きながら、僕は長年使ってきた藍色の長財布で、ナイフを受け止める。

 そのナイフの持ち主は、夢で何度も見た帽子の人物が、すぐ後ろ、目の前にいて。

 その目は困惑で染まっていた。

 悪いね。僕は花恵さんを何があっても幸せにすると誓った男。

 夢でお前に何十回と殺されながら予習済みなんだ。


「ひゃあ!?」


 花恵さんの悲鳴が聞こえた。

 そして僕の方も。財布を少し貫通して、左手の平に激しく痛みが走ってきた。

 帽子の男が驚き、振り払おうとしてきた。もう左手は使えない。しかしこれだけは何としても放す訳にいかない。僕は右手で、帽子の男がナイフを持つ右手ごと、全力で押さえつけた。


「ひゃああああ!?」


 すると、その攻防に驚いた誰か知らない女性の叫び声が聞こえた。次第に周りから人が逃げていく。

 帽子の男の目には、計画が失敗した事や、警察が来る事への恐怖や、僕への怒りが滲んでいる。正直怖い。見たくない。けど、引く訳にはいかない。


「頼む……止めてくれ」


 僕の訴えを……その男は拒絶。眼光鋭く、何かの憎しみをぶつけるように暴れてきた。反対の手で僕の右手、そして顔面を何度も引っ掻く。目が開かなくなり、更に不利に。ここで僕がナイフを放したら、花恵さんは死ぬ───いいや、死なせない。その一心で抑える! 絶対に守る!


「止めろ!」


 そこへ、大人の男性の声が聞こえた。帽子の男を取り押さえたのか、僕に押し寄せていた力がフッと無くなった。


───カチャ


「確保! 無駄な抵抗はするな!」


 手錠の掛かるような金属音がした。そこから、帽子の男は観念したようで、じたばた暴れる音も無くなった。

 その一連を聞いて、僕は気付けば息が上がっている事にようやく気付いた。どっと力が抜け、いつの間にか持っていたナイフと長財布が手から落ちる。


「石上くん! 遅れてすまなかった!」

「あ、あなたは?」

「文実ちゃんから聞いたよね? その探偵と、その助手だ!」


 僕は、左目だけ薄く開ける事が出来た。見ると、そこには細身のスーツ姿の男性の、探偵さんが立っていた。その奥には、腕っぷしの太い大柄のスーツ姿の男性の助手さんが、帽子の男を地面に伏せさせて押さえていて、歯を見せて笑顔を僕に向けていた。この人達が、今日まで長い間ずっと僕らの幸せを守ってくれていたのか。


「ありがとうございます」

「礼はよしてくれ。話は聞いてるよ。全く、無茶をするね君は」


 そう。僕は急遽、帽子の男には自由にさせて僕が確保する、という連絡を苺谷さんにしていた。猛反発されたけど、他の無関係な人が死ぬのを食い止めるために取れる最善策だし、夢を何度も見て男の動き方を死にながら覚えた事を伝えて、何とか渋々了承してくれた。最初に頼んだのは僕なんだけど。


「ひとまず救助を呼ぶ。君は、近くの物陰で待っていなさい」

「分かりました。お願いします」


 そうして、探偵さんが屋台の裏の街路樹を指差し、騒いでいる人たちに落ち着くよう声を掛けながら、人混みを掻き分けるように歩いていった。それに続くように、腕っぷしの太い人が帽子の男を連行していった。

 僕は、見ず知らずの人から「大丈夫?」「救急車を呼ぶからね」などと声を掛けられながら、人通りの無いその街路樹に歩き、背中を預けて座り込む。

 改めて痛みを確かめる。右の耳から顔にかけて引っ掻き傷。右目のまぶたが特にジンジン痛い。それと、左手の平はナイフが財布を貫通してヂクヂク痛い。右手の甲にも、引っ掻かれている。

 それでも。僕は、悔いは無い。

 花恵さんに傷一つ付けず、守れたから。


「あ……ああ……」


 ふと気付くと……花恵さんが、すぐ目の前で泣いていた。


「ごめんね、今、これしか無くて。屋台の人に貰った物だけど」


 小さな絆創膏を、痛む所のあちこちに、何枚も貼る。傷が大きくとも、重ねて何度も。剥がれ落ちても、何度も。


「心配した。すごく……心配したよぉ」

「ごめん」

「ううん…ごめんだなんて…謝らないで…ごめんね…つらいのは駆馬くんなのに……」


 花恵さんが、涙を拭う事なく、処置を続けながら、顔をくしゃくしゃにして泣く。

 これ以上見てられない。


「花恵さん」


 僕は、まだ痛くない方の右手で、花恵さんを包むように抱き寄せる。隙間をゼロにして密着させる。


「僕は大丈夫。花恵さんを守る為なら、どんなに怖い運命も、つらくない。乗り越えられる」


 花恵さんが静まり、すんすんとすすり泣く。言葉を出せそうにないが、何か言いたげなのは何となく分かった。花恵さんが落ち着くまで、包んで、背中を撫でて、待ってていよう。


「なん…で?」


 どうにか声を出せたようだ。


「なんで……まもるの?」


 その問い掛けは、前にも似たような時があったっけ。相合傘をした日。僕が代わりにずぶ濡れになって、それでも笑っていた時に聞かれた時だ。あの時は、僕自身が上手く気持ちを言葉にしきれなかったから、話がそこで終わったと思う。

 でも、今なら言える。……いや、本当は、最初から。花恵さんを一目見た時からずっと、心の奥底に答えはあった。


「あのね。花恵さんが笑うとね、胸の奥が温かくなって、つられて笑えるんだ。どれだけ見ても足りないくらい見ていられる。その、一瞬一瞬をずっと見ていたい。だから、何があっても守りたい。初めて会った時から、今でも。僕は花恵さんの事が    だから」


───ヒュー ドンドン!


 そこまで言ったタイミングで、花火がどんどん連続で打ち上がり、頑張って出せた心の声を掻き消された。花恵さんにも、言った僕自身の耳にも、聞こえないくらいに、うるさく鳴り響く。いつもなら心に響いて心地良いのに、今だけは心に響いて来ないで頂きたいと自分勝手に思いながら、空を見上げる。

 すると、花恵さんが、僕の背中にそっと触れて抱きついてきて、僕の肩に顔を埋める。この距離でもう一度聞き取ろうと? そう思ったけど、横顔を見て分かった。嬉しくて笑っていて、恥ずかしくて顔を隠している。


「   ん。 も   だよ」


 この距離でも聞き取れない一言。

 でも、口の形で、何となく伝わった。


───ヒュー ドドン! ドドドン!


 花火が鳴り響く中、僕らに言葉のやり取りは無い。花火に邪魔されるくらいなら、もう最初から言わない。言わずに、笑顔で、伝え合う。お互いに一緒にいたいという想いを。これほど幸せで欲張りな事をしていいのかと遠慮が頭をよぎるが、その気持ちを少しだけ残しつつ、僕はこの女の子を優しく独り占めしたいと思って。もう少し、もう少し近く。そんな思いに忠実に、僕は抱き締めた。

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