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14話 あんな経験は、僕一人でいい


───ガチャ


「あっ、もうこんな時間! 夕飯作らないと!」


 物音が下から聞こえたと同時に、花恵さんは飛び起きる。お父さんが帰ってきた……のか。タイミングが良いやら悪いやら……うん、良いと考えよう。これ以上は僕の心臓が溶けてしまう。


「ごめんね、急で」

「ううん大丈夫。また今度ね」

「うん!」


 と。僕らは微笑み合う。


「あ。お父さんに、付き合ってる事……何なら僕から言おうか?」


 と聞くが、花恵さんは首を横に振る。


「ありがとう。でも、私から言うよ。今日の夕飯の時に。大切な話だから」

「そっか。分かったよ」


 そう話して、僕らは部屋を出る。すると、スーツ姿のお父さんとすれ違う。


「お邪魔しています」

「いらっしゃい。上にいたのか」

「はい。ちょっと、遊んでました」


 嘘は言ってない。けど、何故か全て正直に言ってはいけない気分で、今すぐ退散したくなった。

 そんな僕や花恵さんの様子をジロリと見て、お父さんが。


「そんなお洒落して。2人で遊んでいたのか」

「は、はい、ちょっと映画館とかに行ってて、色んな感想を、ね?」

「う、うん、そうだね」

「ふふ。そうかそうか。すまないね、そう畏まらないでくれ」


 と。お父さんが優しく察してくれたようだ。

 花恵さんを悲しませる事はしないと、既に思っていた事を改めて思った。


「駆馬くん。これからも、花恵と仲良くしてくれ」


 お父さんの要望に。僕は。その気持ちはもう心の準備出来ているから。堂々と胸を張って言った。


「もちろんです!」




◆◆◆◆◆




 それから翌日。朝。天気は快晴。

 僕は、花恵さんといつも帰り道で分かれる交差点で、携帯電話のメール画面を見る。

 花恵さんから、ここで待ってて欲しいと連絡が昨日来ていた。一緒に学校に行こうというお誘いなのは分かるが、花恵さんは超方向音痴で、お父さんに車で送ってもらっていたが、最近になって歩いて行けるようになったみたいだけど。まさか僕を車に乗せて、お父さんとお話が? まさかまさか、娘に手を出すなとか、高校を卒業するまで部屋に入るなとか? 心当たりがありすぎて反論出来ない。


「駆馬くん!」


 制服姿の花恵さんが、駆け足で来た。栗色の長い横髪が揺れる。朝日に照らされて美しい。眼福である。


「ごめんね。待った?」

「ううん、全然」


 と。僕らは学校へと歩く。


「昨日、パパに話したよ。お付き合いするって」

「そ、そっか…………何か、言われた?」

「うん。応援するよって」

「そ、そっかぁ」

「え? どうしたの?」

「いやぁ、心配だったんだ。部屋に入るのは許さないだとか、言われるのかなって」

「そ、それは……もし言われても、バレないように頑張るから。気にしないでいいよ」


 そう言って花恵さんは、僕の手をギュッと繋ぐ。

 花恵さん。その発言は、何を想像して宜しいのでしょうか。気になるけど今はそれを気にする場合じゃない。

 学校に向かう道で、他の生徒も多く集まってくる。僕らが手を繋いで歩く事に、クラスメイトや、知らない人にも見られている。冷やかされないかと思ってしまった。


「メールでも言ったけど、急にごめんね。びっくりしたよね」

「あ……うん。ちょっと、恥ずかしいね」

「私もだよ。恥ずかしいけど、でも……」


 花恵さんが、手を固く繋いだまま、下を向きながら、僕に言った。


「こ、こうして手を繋いだり一緒にいるの、教室の中だともっと恥ずかしいし、帰りは帰りでそれぞれの友達と遊んだり、勉強会したり、買い物とかあるから……ゆっくり2人で居られるのって朝だけだから、大切にしたいな……って」


 花恵さんに言われて、確かに思った。昼間や夕方は2人きりになれるタイミングが付きづらい。交友関係を突き放してでも2人きりになるような事は、僕も花恵さんも望んでいない。


「そこまで考えてくれたんだね。分かったよ。毎朝、手を繋ごう」

「うん!」


 そう言って、僕らは手を繋ぎ、肩をそっと寄せて歩いた。




◆◆◆◆◆




「お前、まじか! やったな!」


 教室に、片桐の声が響く。

 僕の肩をバシバシ叩いて、まるで自分の事のように喜んでくれた。その喜びようと言ったら、もう……バシバシバシバシバシバシバシバシと同じ所を。だんだん痛くなってきた。


「ありがとう。痛いよ?」

「おお、すまん! いやぁ、俺としては、社会人になってからだと思ってたわ!」

「おいおい。お前の中ではそんな意気地無しだったのか」

「そうだけど? うじうじしていたじゃねーか。昔は、な」

「うん。昔は、ね」


 そう。片桐が勇気をくれなければ、僕は初めて花恵さんを助けた日に、変われなかったかもしれない。


「なんかカッコ良くなりやがって。ちょっと前まで、こーんな猫背だったぞ?」

「おい冗談やめろよ。これくらいだったぞ」

「自覚あるんかい! ははははっ!」


 と。片桐と笑っていると。苺谷さんが来た。


「石上くん。花恵ちゃんから聞いたよ。おめでとう」

「うん……こちらこそ、ありがとう」

「ん。これからも花恵ちゃんと仲良くね。陰ながら応援するから」


 本当に、陰ながら応援してくれている。現在進行形で。


「何だ何だ? お前ら、俺の知らない間に仲良くなりやがってよ! 俺も誘ってくれよ!」

「はいはいまた今度ね」

「お、言ったな? じゃあ夏休みになったら、天羽と涼風も誘って皆で遊ぼうぜ!」

「いいね。皆で行こうか」

「おう!」

「プールは禁止」

「ええええっ!? 何でバレたんだ!?」

「片桐くん、悪い顔がすぐに出るから」

「マジかよ……俺も石上みてぇに顔は紳士のムッツリにならねぇと」

「おい、不名誉極まりないぞ」

「そうだよ。片桐くんとは違う。石上くんはね、花恵ちゃんと2人きりでプールに行った時にようやく顔に出るんだから」

「そうそう……え? 苺谷さん?」

「あー確かに。恋人の水着姿なら見蕩れるもんな」

「おい、片桐も、何言って」

「なるほど。2人のその反応を見る為にプールに……有り寄りの有り」

「苺谷さん!?」

「おっけー! そんじゃ、スケジュール合わせようぜ!」

「片桐!?」

「うるせぇなぁ石上! こっそり覗き見されないだけマシだろ!」

「マシな訳あるかああああ! そっとしておいてくれええええ!」




◆◆◆◆◆





 それから、クラスメイトからの温かくてくすぐったい声援を受けて。

 すっかり夜。お母さんと一緒に晩ご飯を食べている。

 話すなら、今だ。


「お母さん」

「んー?」

「僕さ、同じクラスの天羽さんと付き合う事になった」

「おー、良かったね。母さんはそうなると思ってたよ」


 何とも、驚きが無い口調だ。

 まぁ、信号機から助けたりバイトしたりしてたから、予想するのは簡単だったとは思うけど。


「いつから、そう思ってたの?」

「んー、そうだなぁ。高校生になったばかりの頃、寝癖とか髪型を気にするようになってから、ね」

「そ、そんな昔から!?」

「ん。誰ってのは知らないけど、気になる女の子がいるんだなってのは分かったよ」

「そ……そっか」


 恥ずかしい。そんなに長い間、お母さんは陰ながら応援してくれていた。

 そう。僕は、高一になってすぐ、天羽さんに一目惚れした。クラスが違うから廊下ですれ違うくらいだけど、そのすれ違うたびに笑顔で挨拶してくれていたから、髪型くらいはかっこよくしたいと思っていた。


「まぁ、あんたが色々と頑張ったから、実ったんだよ。見違えるくらいに、よく頑張ったね」

「……ん。ありがとう」


 僕をずっと見てくれているお母さんから褒められた。その言葉は、全くくすぐったくない。


「そうだ。父さんには連絡したかい?」

「え? あー、まだしてない。メールの方がいいよね」

「だね。きっと今頃は山奥だから電話は出来ないよ」

「だよね」


 と、話しながら、僕は携帯電話のメールを入力していく。

 僕のお父さんは、化石調査隊として、世界中で登山したり潜水艦で深海を旅している。電波の届かない場所にいるから、基本やり取りはメールだ。僕から週一で近況をメールで送っていたり、家に帰ってくるのがお正月くらいだから、お父さんが居ない生活が染み付いているのが我が家の常識だ。

 まぁ、連絡が無くても元気でやっていると思えてしまう豪快な変人が、お父さんだ。屈強な環境に敢えて飛び込むから、死ぬ事以外はかすり傷って言葉はお父さんから教わった。……今更だけど、花恵さんが心配するくらいに身を盾にして守るのは、僕がそんなお父さんの息子だからかもしれない。


「ん?」


 入力の途中で、通知が。

 花恵さんからだ。


 今日、寝る前におやすみの電話がしたい


「……………」


 ああもう。可愛いな。

 お互いに好きだと自覚して、伝え合って、恋人になった今、何も恥ずかしがる必要が無くなって、どストレートに甘えてくるようになった。今朝だって僕に会う為に頑張って歩いて来てくれたし。ああもう可愛いなぁ。

 今までの花恵さんも好きだけど、これから新しい一面を好きになっていくのも楽しみだ。


「えー? 父さん何か言ってた?」

「違うよ! 花恵さんからだよ!」

「へぇ。花恵さん、ね。もう下の名前でね」

「……まぁ、うん」

「ふふん。仲良しさんで何よりだよ」

「……もう」


 今、花恵さんがお父さんに「もう、もう」と怒る気持ちが理解出来た。




◆◆◆◆◆




 それから僕は、風呂に入り、パジャマに着替えて、寝る前に自室の机で宿題を眺めている。

 もう既に今日の分は終わっている。今眺めているのは、次に宿題になりそうなページ。ただ眺めているだけ。何も書いていない。勉強したい訳ではない。

 花恵さんからの電話を待っている今、今何してるのかを聞かれた時の言い訳にしたいから、というのが本音だ。


───ブブブ


「もしもし」

「もしもし。こんな遅くにごめんね」

「ううん、全然いいよ。僕も、電話したかってから」

「ふふ、なら良かった」

「……」

「……」


 と。お互いに言ったものの、なぜか無音の時間が出来てしまう。


「何か、変な感じだね」

「ん?」

「いつも、目を見てたら何となく気持ちが分かったし、何も言わない時間も好きだったけど、電話だと全然違う。何か話をしないといけないのかなって思っちゃう」

「うん。本当に、そんな感じ。でも、今までみたいな目を合わせたり2人きりで居たりが出来てたのが、何ていうか……」

「すごく幸せな事だったんだね」

「ね」


 言われて改めて思う。本当に、この不思議な力のお陰で僕は花恵さんと急接近できた。信号機から助ける為とはいえいきなり抱き締めたり、相合傘をしたり……普通の恋愛なら順番が逆だろう。何で今更、電話越しの会話でドキドキするのだろうか。もっとドキドキする事をしてきたのに。

 でも、こうして色んな思い出を振り返って口角が上がっても、電話だから見られない。ニヤニヤし放題である。これもまた良い。


「駆馬くんは、もう寝る?」

「うん。花恵さんも?」

「んー……ちょっとしたら寝るかな」

「え? どうしたの?」

「んとね……花火大会に着ていく浴衣はもうあるんだけど、他の飾りをどうしようか調べてるの」

「……」


 確かにそうだ。今までは友達と遊ぶ為の浴衣だから、元々可愛い花恵さんはそれ以上の飾りは必要無い。

 でも、今年は、恋人の僕がいる。僕に見てもらう為の浴衣になる。だから、白黒の夢で見た、あの透き通ったガラス細工の玉が付いた簪や、アイラインや口紅などで魅力的に仕上げるんだ。

 花恵さんは、きっと今、あの簪を探しているのだろう。

 ……ならば、この不思議な力のある僕が役に立てる事は、ある。


「あ、あのさ」

「何?」

「今日は早めに寝てよ」

「え? あ、うん。心配だよね。ごめん」

「ああ、その、そうなんだけどね。明日、一緒に考えていこ」

「えっ、いいの?」

「うん。今でも充分可愛い花恵さんがもっと可愛くなるのを、僕も手伝いたいから」

「……もう。もうもう! 何でそんなセリフがスラスラ言えるのかな! 電話だから? ん〜もう!」


 あれ? 困らせてしまった。

 言われてみれば、さっきから噛まないし言葉が思った通りにスラスラ出ている。

 きっと、目を合わせていないから緊張が少ないのだろう。


「ごめん。電話だとこんな感じになるみたい」

「う〜……びっくりだよ。でも、そう言われて嬉しいよ。ぎゅーってしたくなった」

「……うん。僕もだよ」

「……」

「……」


 また、沈黙。

 今はお互いに帰る場所が違うから、抱き合う事が出来ないのは分かっている。


「い……いつか、電話じゃなくて、直接おやすみって言えるといいね」

「そうだね」

「ふふ。それじゃ、おやすみ」

「うん。おやすみ」


 と。そこで電話が切れた。


「……はぁ。花恵さんも……すごい事を言ってくれるね」


 直接おやすみと言える状況って、それは同棲というやつだよね。もしくは、結婚……。

 大人になってから考える事と思っていたけど、2年後には僕は高校を卒業して大人になるし、もう今のうちに結婚というのがどんな生活環境になるのかを想像しておくのも良いと思う。

 前にも想像した、花恵さんがエプロン姿でオムライスを作ってくれる想像とか、書斎で僕が仕事をしている想像とかが、結婚生活になるんだろう。

 最高だ。どんな仕事の苦労でも乗り越えられる気がする。不思議と活力が湧いてくる。


「……よし。その為の第一歩だ」


 ニヤニヤしながら、部屋を暗くしてベッドへ。目を閉じて左手薬指を額へ。




◆◆◆◆◆




 ニヤけた僕だけど、やっと眠れて、白黒の夢の中へ入れた。

 そして、やっぱり隣には恋人の花恵さん。何度見ても可愛い。


「花恵さん。ちょっと急いで離れるよ」

「え? うん」


 最初にこの夢を見た時が懐かしく感じる。当時の僕は抱き締められて驚いていた。

 でも今なら、晴れて恋人になれたし、さっきの電話でも抱き締めたいと僕も思っていたから、今こうして抱き締められている状況でも即行動できる。だからこそ、夢に入ってすぐ、人混みをかき分ける事ができる。

 あの帽子の男が来る前に、この人混みを利用して離れれば問題ない。

 むしろ、今までのような大きい物が速いスピードで迫る状況ではないから、簡単だ。


「ちょっと聞きたいんだけど、その簪は───」

「うわあああああっ!」


 何だ? 急に、叫び声が。


「いゃあああああ!」


 続けざまに、他の人の叫びが。


「な、何!? 何!?」


 花恵さんが怯える。

 この騒ぎは、間違いない。

 僕は、花恵さんを置いて、その場所へ。

 すると、穴のように人が居なくなったその場所には、あの帽子の人物が。真っ黒に染まったナイフを持ち、その足元には着物の若い女性が3人倒れていた。

 鋭い眼光で僕を捉え、瞬く間に僕の腹を刺す。

 僕は、勘違いをしていた自分自身に絶望して、力が抜けて倒れた。




◆◆◆◆◆




「……」


 瞬く間に、静かに、夢から覚める。

 静かに、頭を整理する。

 苺谷さんや探偵さんが監視をして、僕と花恵さんに近付けないようにしても、あの男は違う場所で、違う人に犯行をする。おそらく現地で刃物を手に入れて。

 仮に、探偵さんが祭り会場に行くのを阻止したとしても、また別日にどこかで見境なくナイフを振るうだろう。そうしたら、限定的な未来しか見れない僕には防ぎようがない。


「何でだ……お前は、何でこんな事を……」


 分からないのか。花火大会を楽しみにして、浴衣を頑張って仕立てて、思い出の1日にしようとしている大勢の人たちの幸せを壊す事を。

 もう何度も夢で見た、花恵さんが薄れる表情で小さく微笑んでゆっくり瞳を閉じる、あんな別れ方を誰にもさせてたまるか。

 あんな経験は、僕一人でいい。

 僕一人で……。


「っ! そうか」


 たった今、閃いた。

 これなら何とかなる。

 この未来を何度も見れる、僕だけが出来るやり方で。

 確実に、あいつを止められる。


「あと……22日」


 時間は限られている。迷っている時間は無い。

 たとえ、今こうして想像しているだけでも震えるような事だとしても。

 覚悟を決めろ。

 石上駆馬。

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