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11話 好ぅぅぅぅぅ! きぃぃぃぃぃ! でぇぇぇぇぇ! すぅぅぅぅぅ!

 昼。

 人の気配の無い美術準備室。そこで僕は、ノートに人相を描いている。


「メール見た。尾行は無いよ」


 そこへ、苺谷さんが。さっき僕が送ったメールの通りに来てくれた。


「ありがとう。これ……どうかな」


 描いている途中の人相書きを、苺谷さんの頭の上のお団子ヘアが覗き込む。


「石上くん。絵、下手だね」

「うっ」


 そう。下手だ。輪郭や髪の毛がくしゃくしゃ。鼻の形なんて、『し』しか書けていない。


「でも。目の形は特徴を捉えてるね」

「うん。頑張った」


 唯一の救いは、目の形。最初の夢でも見ていたから、思い出しやすかった。


「写真撮って、お(にぃ)に見せるね。あと欲しい情報は、身長。どれくらい?」

「ん〜、僕より10センチくらい大きい」

「分かった。だいぶ絞れるよ」

「そう、なんだね。凄いや。お兄さんには何度お礼を言っても足りないよ」

「何度も言うようだけど、君が大人になったら子ども達を支えてあげなさい、だよ」

「うん。やっぱり超カッコいい」


 携帯電話を操作しながら、苺谷さんはお兄さんの言葉をサラリと言ってのける。僕は、まだ一度も会えていないお兄さんに、感謝したい言葉が心の中に募っていく。


「あ、返事来た。探偵さんに協力してもらうって」

「た、探偵?」

「うん。凄い人なんだよ。おじいちゃんが名探偵だし、甘い物を食べて頭をフル回転させて、いろんな事件の黒幕を暴いてきた名探偵なの」

「そ、そんな凄い人と、知り合いだったんだ」

「お(にぃ)の相棒というか、ライバルというか、そんな感じ。その探偵さんもね、石上くんを高く評価してるよ」

「そう……なんだね」


 僕を評価されてもなぁ。天羽さんを守る力で、知らない間に世のため人のためになってるから、褒められても実感が湧かない。


「とにかく」


 強めな語気で、空気が戻る。


「こんな危ない奴は探す。それは私もお(にぃ)も探偵さんも同じ考え。でも、個人的に、ちょっと気になってさ」

「何? 改まって」

「この夢、今朝初めて見たよね?」

「うん」

「……2回目の夢を、今日の昼に。その2回目で、顔を知るために帽子とマスクを……ねえ、やっぱり花火大会行きたいの?」

「……え?」

「私なら、家で大人しくするべきって思う。でも、石上くんが望むのは、通り魔を見つけ出して、捕まえて、花恵ちゃんと花火大会に行きたい方向。だから夢の中とはいえ刃物を持った人に立ち向かった。そこまでして行きたいのは、何か理由があるの?」

「……」


 そんなの、決まっている。

 なぜ自分は、好きな女の子と一緒に居たい気持ちを我慢しなければならないのか。天羽さんも、僕と一緒に居る事を望んでいて、めいっぱいお洒落するのに。目元の化粧をして。口紅を塗って。髪はお団子にして。透き通ったガラス細工の玉が付いた簪を刺して。花柄の浴衣を着て。

 僕は、その姿を、白黒ではなく、色彩のある姿を見たい。

 お洒落な姿を見せてくれる、かつて守れなかった約束を守るために。

 だから僕は、運命に抗う。

 なぜなら───


「25日後には、僕と天羽さんが、付き合っているんだ。デートを邪魔されたくない。それだけだ」


 苺谷さんが、真面目に聞いている表情のまま、まばたきを何度も繰り返す。


「ふぅぅぅ」


 深い溜め息をして。


「ちょっと待って何それ超大事じゃん詳しく聞かせていつ付き合うのどっちから告白するのちょっと何でそれを早く言わないの報連相が基本でしょ今すぐ答えてよほらほらほらほら」


 苺谷さんは、今までにないほど目を輝かせて詰め寄ってきた。


───キーンコーン


 運良くチャイムが鳴ってくれた。

 さすがに急いで教室へ向かうのを分かっている苺谷さんが早足で出ていく。


「また今度聞くから」


 蛇に睨まれた餌のような気分だ。




◆◆◆◆◆




 その後、時間にして3時間くらい。放課後。

 火災の日に一度来たカラオケ店に、僕は入っていく。

 苺谷さんからメールが来た。

 もう、通り魔を特定できたらしい。

 展開が早すぎる。僕の下手な絵でよく探せたと思う。


───カチャ


「ごめん、お待たせ」

「ううん、待ってない」


 カラオケ部屋に入ると、苺谷さんが既にいた。待ってないと言いながらドリンクバーのいちごオレを飲んでいるのは、スルーすべきかツッコミを入れるべきか悩ましい。


「さてと。例の人物の写真が、これ」


 苺谷さんが鞄から写真を3枚ほど出してテーブルに並べる。

 顔のドアップ写真、横顔の写真、身長の分かる全体写真。


「この人だ。間違いない。だけど、よくあの下手な絵で分かったね」

「お(にぃ)と探偵さんがガチめにスゴいのと、身長が分かったからね」


 苺谷さんが誇らしげに口角を片方だけ上げて笑う。本当に、誇っていいと思う。


「で。今のところ分かっているのは、顔と名前と住所と職場。事務員として誠実に働いていてる。余罪は無く、今捕まえる事は出来ない」

「……そっか」

「だから、お(にぃ)たちはね、この人の交友関係とか、黒幕がいるかを調べてる。この人の家に、盗聴器やらサーモグラフィーやら金属探知機やらを付け───」

「えっ!? な、何て!?」


 あまりに現実離れしたキーワードに耳を疑い、僕は苺谷さんの説明を遮ってしまった。


「だから。盗聴器、サーモグラフィー、金属探知機を、家に付けてる」

「付けて……る?」

「る」

「る!?」

「うん」

「え、待って……逆に捕まったりしないの?」

「バレたら捕まる。3年くらいブタ箱行き」

「そ、それはダメだよ! いくら何でも!」

「石上くん」


 苺谷さんが、険しい目力で、僕を射抜く。


「私も同じ事を心配した。でも、お(にぃ)が言ってた。人様の命を守れるなら捕まっても構わない、って。今回は特に、常識を覆して行動しないといけないから」


 と。言葉では理解できるけど、それで良いのかと。本当に、お兄さんにそこまでさせて良いのかと、僕自身の不甲斐なさが浮き彫りに感じる。


「石上くん。今後、その人物が花恵ちゃんや石上くんに1キロメートル以内に接近したり、刃物を持って外出したら、石上くんに連絡する。だから……何も気にせず、花恵ちゃんの傍にいて。私も、お(にぃ)も、探偵さんも、花恵ちゃんの幸せを守るために動いているけれど、同じくらい石上くんが幸せになってほしいと思っているから」

「……」


 言われて、気付かされる。

 僕の、幸せのため。

 天羽さんを守る事に集中していて、また、いつの間にか後回しにしていた。


「良いのかな。皆の努力の上で成り立つ幸せで」

「ふぅん……優しいね。でも、今は、良いんだよ。何度も言うけど、大人になったら子ども達を支えて、だよ」


 ふっ、と。何度も聞いたその言葉が、今、全身に満たされた感じがした。

 天羽さんと過ごすために、何かを我慢しなくても良いんだと。不甲斐ないままで良いんだと。自分の幸せを望んでも良いんだと。

 心が軽くなった。


「ありがとう。お言葉に甘えさせて頂きます」

「ん。伝えとく」


 そう頷いて、苺谷さんは「おかわり」と言って離席。

 一人、静かになった部屋で、この現実を噛みしめる。

 来たる25日後。天羽さんと、夏祭りに行けれる。

 夢の中での可愛い姿が見られる。

 鼓動が高鳴る。

 僕と天羽さんが肩を寄せ合って……寄せ合って?


「あ」


 じわりと気付く。夢での天羽さんは、人前で、僕の腕に抱きついていた。僕も慣れた足並みで歩いている所から夢が始まった。つまり、夏祭りの日に告白ではなく、その何日か前に告白。これからどうなるかの終着点は分かっているが、その経路が謎に包まれているまま。いつ、どこで、どんな話題で?

 告白って、何て伝えればいいのだろうかあああああああああああ。


「ねぇ。髪をくしゃくしゃにして何してんの?」


 無い頭をフル回転させている変な姿を、おかわりから戻ってきた苺谷さんに見られてしまった。




◆◆◆◆◆




「なるほど。それで悩んでたのね」


 苺谷さんに、一通りを説明。僕も落ち着かせようと、ドリンクバーで汲んできた烏龍茶を一口すする。


「付き合えるのは、とりあえず、おめでとう」

「あ、ありがとう。まだだけどね」

「近いうちにそうなるから。努力が実って良かったね」

「うん……そうだね」

「で。告白する場所は?」


 そう言って、苺谷さんがいちごオレを飲んで、声のトーンを低くして言ってきた。


「まさかノープラン? 候補の一つも無いの?」

「あ、あの、苺谷さん?」


 ジト目が刺さって心が痛い。

 何て言うか、どこで言うか、色々考えてる最中だけど、候補の一つも出ていない。


「……まだ」

「はぁぁ〜」


 大きく溜め息を吐き、額に手を当て下を向く。


「まぁ。百歩譲って、そのまま何も準備せずその場の勢いで告白してもね、両想いだからどうせ成功すると思う。でも。でもね? 女の子は誰だって、告白のシチュエーションとか、頑張ってくれた背景をずっと覚えてるもんなの。ずっと」


 普段口数の少ない苺谷さんが、ここまで熱弁している。僕の想像を超えるレベルに大事な事だ。


「告白の言葉もシチュエーションも、花恵ちゃんに何度も思い出してもらって、幸せを噛み締めてほしい……そう思うでしょ?」

「思う!」

「ん。じゃあ、告白の特訓をするよ」

「………え?」




◆◆◆◆◆




 苺谷さん監修。

 告白の特訓が、このカラオケルームで始まった。


「いい? まずは、今ここで。『好きです。付き合って下さい』って、言ってね」

「あ、それは、その」

「分かってるよ。私は、ただの花恵ちゃん役。私を花恵ちゃんだと思って言ってね」

「……」

「返事は?」

「は、はい」


 真向かいに座る苺谷さんの真剣さに気後れしてしまったが、僕のためを思っての事だ。このご厚意に応えてみせないと。


「す………………………………すきです。つきあって……くださぃ」

「聞こえない。もう一回」


 冷めた視線で冷めた評価を頂いた。

 もっと頑張れ僕!


「す、すきです。つきあってください」

「まだ小さい。もう一回」

「すきです! つきあってください!」

「聞こえるけど感情込めて。もう一回」

「好きです! 付き合ってください!」

「ん。ちゃんと届いた。良いね」


 ようやく、合格をもらえたようだ。

 もう既に口がカラカラに乾いている。


「じゃあ、今度は」


 そう言って、苺谷さんは僕の隣の席に座った。肩が触れ合うかのギリギリの近さで。


「花恵ちゃんが隣にいるパターンで」

「……え?」

「こんなに近いから、声が大きけりゃ良いって訳じゃない。ささやくように言ってみて」


 2回目にして、真逆の伝え方。果たして出来るだろうか。


「……す、好き…です。付き合っ…て下さい」

「視線が泳いでる。最初はこのコップあたりを見て、最後の『下さい』で私を見て。もう一回」


 確かに視線も大事だ。緊張してる事を天羽さんなら敏感に気付くだろうし。


「好きです。付き合って……下さい」

「ん。良いね。視線から本気なのは伝わると思うよ」

「……うん。ありがとう」


 ほっと一息。


「じゃ、次」


 まだ不充分らしい。よし、ドンと来いや!


「丁度カラオケ来てるし、ありったけ大きい声で」


 と。苺谷さんは耳に手を当て、部屋の隅に。


「あの……、そんなシチュエーションあるのかな?」

「ある。海に向かって告白する時」


 なるほど。確かに、海にデートに行って告白するかもしれない。さざなみで掻き消えないように、声を張れるようにしないと。

 息を、いっぱい吸って吸って……


「好きでぇぇぇぇぇぇぇぇぇす!!」


 脳の酸素も使い切り、目が眩んでしまった。

 苺谷さんの評価は……


「まだ足りない。もう一回」

「ええっ!?」

「波の音に負けちゃうよ?」


 息を整える。もっともっと大きく。

 僕の天羽さんへの想いは、波の音なんかに負けない。負けてたまるもんか。


「好ぅぅぅぅぅ! きぃぃぃぃぃ! でぇぇぇぇぇ! すぅぅぅぅぅ!」


 何度も息継ぎをして。最後には裏返って。全身で力を込めて声を絞り出した。立てなくなり、どかっと席に体を預ける。


「よく頑張った」

「……ありがと」


 身長の小さい苺谷さんが立って、微笑んで僕の頭を撫でる。

 そんな苺谷さんの目を見ると、何故だか逸らされ、強めに撫でられた。謎だ。




◆◆◆◆◆




 その後、カラオケを出てからも、特訓は続いた。

 カップルの集まるカフェでホットケーキを食べさせ合いっこをして、告白。

 プリクラで撮影する直前に耳元にささやいて、告白。

 人のいない路地裏で壁ドンして、告白。

 ……。

 苺谷さんが、本当に凄い。これほど様々な場面で、僕に足りない所や褒めるポイントを的確に教えてくれた。

 少しずつ、声を大きくしたりはっきり言ったりと、苺谷さんからの助言で改善していって。そして、その言葉に心を込めていく事が出来た。最初は、相手を天羽さんと思って言っていたけど、こんな自分のために協力してくれる苺谷さんへの感謝も込めていくと、すんなりと言葉が出るようになった。

 そう。言葉は大事だけど、もっと大事な、感謝したい気持ちとか、信頼を信頼で返したい気持ちを、心の中いっぱいにして伝えると、僕は言葉が出る。その事実に、ようやく気付けた頃には、リテイクが減っていた。


「じゃあ、最後の特訓」


 時間はあっという間で、夕暮れ時。帰り道を歩いた僕たちは、苺谷さんの家が見える所まで来ている。塀や門で敷地が囲まれ、瓦屋根や漆塗りの木の壁が重厚感を思わせる、古き良き和風建築。

 ここで、最後の特訓をするようだ。どんな内容なのかと思っていると……、苺谷さんが僕の両手を取って……


「駆馬くん」


 聞き慣れない呼び方に、僕は耳を疑った。


「い、苺谷さん?」


 目を見ると。苺谷さんは、合った視線を逸らし、目を閉じ、何か覚悟を決めたのか呼吸を整えて目を開けた。


「駆馬くんは、花恵ちゃんのために、つらい顔を見せない。笑顔でいられる、優しくて強い人。普段はマイペースで眠そうだけど、でもね、花恵ちゃんの為となると真剣な眼差しになって……そんな横顔を、私は目で追いかけてたの。そんな駆馬くんだから、私、少しでも役に立ちたくて。頑張ってみた。駆馬くんの笑顔が増えて……嬉しいよ」

「な……え?」


 突然の絶賛で何から返事すればいいのか分からない。そんな僕のうろたえを、苺谷さんは手の握りで遮る。


「駆馬くんの笑ってる所、もっと見たい。ううん、私にだけ見せて。だから私と……付き合って下さい」

「!!!」

「なんて言われた時、石上くんならどうする?」

「へっ!? え? えええええぇ!?」


 急にコロッと普段通りのポーカーフェイスに戻った。握られた両手が放される。


「逆に告白されたら落ち着いていられるかの特訓。ガチだと思った?」

「う、うん」

「ふふん。なんか優越感。ふふふん」

「本当かと思ったし、凄かったよ」

「えっ? ……ふ〜ん。私の事、意識しちゃった?」

「えっ……その……」

「ふふ、嘘嘘。ちょっと意地悪な特訓だったね。忘れて」

「わ、分かったよ」


 パン、と苺谷さんが手を叩く。


「冗談は置いといて。さて、お疲れ様。特訓は終了だよ。言葉がバラバラでもいいから、誠意を伝えていこ。告白、頑張って」

「うん。ありがとう。本当にありがとう。苺谷さんのお陰で変われたよ。絶対成功させる」

「……ん。それじゃ、またね」


 手を振り、苺谷さんは1歩、また1歩。

 ……5歩目で、くるりと振り返る。


「ばいばい、駆馬くん」

「!?」

「ふふっ。ばいばい、石上くん」

「うん。ばいばい」


 苺谷さん……僕で遊ぶのが何でこんなに上手いんだろう。

 口が固いから、余計に分からない。謎だ。

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