12話 どんな事があっても幸せにする
今日は週末の出勤日。天羽さんの家に来た。そして、1ヶ月半と通い慣れた玄関を開ける。
「おはよう」
「おはよ! 今日も宜しくね」
しかし、いつもと違い、心臓バクバク。
デートにどこに誘えばいいのか……それで頭がいっぱい。僕が遊びに行く事なんて、中学の頃までは同級生とサッカーしたり、ゲーセンに行って格ゲーしたり、片桐の家でモンスターをハントするゲームをしたり……。どれも男子だけが集まるような遊びだった。それを天羽さんにもやらせるのは違う。天羽さんの楽しめる遊び、何があるのか。そもそも今は季節的に外を歩き続けるのは、まだ暑くて難しい。屋内で楽しめる所……。
「石上くん、何か悩み事?」
「うん……ちょっとね、この暑い時に遊びに行くとしたら、どこが良いのかなって」
「ん〜そうだなぁ……私なら映画館かな」
「あー、映画館ね。どんなのを見るの?」
「んとね、初めて見ても分かるような映画なら、アニメでも実写でも好きかな。月一で行ってるよ。だけど、ホラーは苦手かな」
「あっ、そうなんだ。すごい奇遇だね、好きな所も苦手な所も、僕と同じ」
「そうなんだ! じゃあさ、『天空のラピュタピュ』は知ってる?」
天空のラピュタピュ。前人未到の空飛ぶ城を目指して少年少女が冒険するアニメ映画。シンプルな話で、初見でも楽しめると話題になって公開中だ。
「知ってるよ。まだ予告しか見れてないけど、面白そうだなって気になってるよ」
「だよね! 私もまだ見に行けてないから、明日とか、どう?」
「明日? 良いよ」
「やったー! じゃあ明日の10時に井上駅で待ち合わせね!」
「うん!」
あれ? 何か、スゴい速さで決まってしまった。じわじわと遅れて一つ疑問が浮かんだ。
「あ、天羽さん。あのさ、もしかしてだけどさ……他に誰か来る?」
「来て欲しいの?」
「っ」
質問に質問で返された。でも、その意味合いは、間違いなく。
「ううん、2人で行きたい」
そう返事してから、僕らは互いに目を合わせる時間より、下を向く方が多くなった。
◆◆◆◆◆
そうして何とかバイトを終えて、明くる日。
僕は珍しく、目覚まし時計よりも早く目を覚まし、今持っている中で一番かっこいい服を着る。アイスグレー色のポロシャツに、下に向かって細くなるブラック色のテーパードパンツ、磨きたてのホワイト色の通学用スニーカー。僕にとってはカッコ良くても、天羽さんからしたらどうだろうか。髪型はいつも通り。服の色はシンプルだし、ガッカリされないだろうか。
なんて不安ばかり考えているうちに、約束の井上駅に着く。予定より30分も早く到着してしまった。天羽さんは、まだ居ない。でも、逆に良かった。不安になって沈んだ気分を戻すために、ちょっと時間が欲しかった。
ふぅ、と顔を上げて、気晴らしに見渡す。駅のホームの掲示板に、夏祭りの広告があった。23日後。通り魔の対策は出来ている。僕は、あの夢のように幸せいっぱいな天羽さんを、この目で見たい。今日、僕はその為に……告白を……
「石上くん!」
声の方を見る。
「天羽さ───」
呼吸が、止まった。
声が、出なくなった。
それは、夏の天使。
白色バケットハットの奥で、恥ずかしげに笑顔でこちらを見つめる。その目尻はアイラインの化粧で、より一層立体感のある笑顔になっている。
さらさら栗色ロングヘアが白色リボンを付けたツインテールでまとまっていて、耳の小さな真珠のイヤリングがよく見える。
服は、肩を出している純白色カットソーで、つやつや肌を顕にしている。そして、以前見せてくれた桃色の花柄マーメイドスカートも相まって、暑い夏でも爽やかさを感じさせる。
鞄は、肩掛けでふっくらと膨らんでいる四角いトートバッグ。大きめの水筒も入りそうな程に大きい。
足元は、足の甲にX字型で巻かれている黒色クロスベルトサンダルに、よく見ると足の爪に桃色のネイルが塗ってある。見れば見るほど華やかさがあり、夏を全身で楽しんでいる。サマー・エンジェル。
「どう、かな」
目でチラリとこちらを見つめ、すぐ下を向く天羽さん。似合っているかを聞いている事はすぐに分かった。そんなの、似合っているに決まっている。でも、この気持ちをどう表現すればいいか、言葉が出てこない。
『言葉がバラバラでもいいから、誠意を伝えていこ』
苺谷さんの言葉を、思い出す。
そうだ。言葉はバラバラでもいい。もっと大事な、伝えたい気持ちを心の中いっぱいにして、伝えるんだ。僕は変われた。言えるはずだ。
「か……か、可愛い。凄く、可愛い。可愛すぎて、何て表現したらいいか分かんない。ごめん、あんまり見てると頭がボーっとしちゃうから」
僕は、思ってる事を何とか口にして、視線を外す。頬が、おでこが、熱い。心臓がバックンバックンする度に、頭が揺れるようで。何とか倒れずに済んでいるけど、直視は控えた方がいい。
「そんなに……?」
天羽さんが、震える声で聞いてくる。
僕は、声を出す余裕が無く、視線を外したまま頷く事で返事をした。
「えへへ。へへへへ。えへ〜」
すると、天羽さんが、頬に両手を当ててふにゃふにゃと笑った。
「ごめんね、そんなに褒めてくれるなんて思ってなくてね。頑張った甲斐があったなって。ありがとうね」
「うん。天羽さんはお洒落さんだね」
「へへ〜。またそんな事言って。えへへ。でも、石上くんもね、カッコ良いよ。爽やかだね」
恥ずかしげな笑顔で褒められた。瞬間、さっきまでの雑音が消えた。胸の奥がくすぐったい。カッコ良いと言われたのに、カッコ悪く飛び跳ねたくなった。
「はは。ありがとう。恥ずかしいや」
何とかカッコ良いままでいられるように気持ちを律する。そして、これ以上褒められたら本当に飛び跳ねそうだ。だから、僕は天羽さんの手を取り、前もって買っておいた切符を見せた。
「行こっか」
「うん!」
◆◆◆◆◆
そして電車に乗った僕らは、まだそれほど暑くなかった頃に行ったトヨカドの、すぐ近くの映画館に到着。予定時刻ぴったりに着いたものの、別のアニメ映画の宣伝が流れるのを、2人でぼんやりと見る。監督やメインキャストが一瞬映ると、天羽さんが「はっ!」と息を飲んだ。
「カピバラざえもんの人と同じ声優!」
「え、本当に? どれが?」
「さっきの青い髪の女の子! ピストルでゾンビ倒してた子!」
「へぇ、そうなんだ! よく気付いたね!」
「へへへ〜! 名前が出て、それでね! 声聞いただけじゃ分からなかった!」
「声優さんって凄いね」
同じ人が演技していると想像すると、一瞬、変な想像をしてしまった。ゾンビのあふれる世界で、カピバラざえもんが、ぽてぽて遅く走るのを。そして、すぐゾンビに噛まれるけど、体が柔らかすぎてゾンビが目を点にしてポカンとするのを。
おかしい、逆に見てみたくなった。
◆◆◆◆◆
そうして、天空のラピュタピュが始まった。観てる時、会話は出来ない。でも、僕らはジェスチャーや表情だけで会話を楽しんだ。
ヒロインの少女が空から落ちた時に光る石の力でゆっくり落ちたシーンでは、2人して同じタイミングでホッと一息ついたり。
主人公の兄貴分の大男が力を込めるだけで上着を爆発させて敵を驚かせるシーンでは、2人して見合って笑ったり。
主人公とヒロインが洞窟の中でトーストと目玉焼きを大事に食べるシーンでは、パン職人としての真剣な眼差しで目を輝かせていて、微笑ましくてクスっと笑えたり。
ついに2人が天空城にたどり着いて抱き合って喜ぶシーンでは、感極まって天羽さんが僕の手を握って晴れやかな笑顔を見せてくれた事に驚いていたら、ハッと気付いて手を離したり。
そんな反応を見る度に、心臓がドクンと跳ねる。
これが、デート。2人だけの時間。
僕だけが知る笑顔。その一つ一つが尊くて、一瞬だけれどずっと見ていたくて。何だか流れ星を見ているように、綺麗で、儚くて。
好きだと伝えたい思いが、溢れていく。
◆◆◆◆◆
「もう何回も落ちそうになってハラハラしたよ!」
「だね! 見てるこっちも!」
気付けば、あっという間に映画は終わっていて、感想を言い合いながら隣の建物のトヨカドのエスカレーターに乗っている。映画は確かに面白かった。でも、それ以上に、天羽さんの色んな表情を見られた事に僕は満足している。
「そういえば、お昼ご飯どうする?」
エスカレーターを昇っていると、ランチの色んな香りが。昇りきると、フードコートが目に入る。
「あっ、……その、お昼なんだけど」
天羽さんが、トートバッグに手を入れる。そこから出したのは……1つの包み。
「サンドイッチ、作ったの。どうかな?」
「召し上がらせていただきます」
もちろん即答。
「ふふ、そんなに? この前のオムライスもだけど、石上くんって食べる前から嬉しそうだよね」
「うん。天羽さんの作るものは美味しいし、相手を気遣って食べやすい大きさとか固さにしてるじゃん」
「えっ……そ、そう言われると、そうなんだけど、そんなにも?」
「そんなにも。すごい優しさの詰まった物を作れる、すごい人だよ」
「……えへへ。そっかぁ。自信になるよ。ありがとう」
と、照れてはにかむ天羽さんに心を射抜かれて、何故かお腹は減ってるけど心が満タンになったタイミングで、フードコートの端の席を見つける。
「ここにする?」
「うん。いいと思う」
席に着く。
そして、天羽さんが包みを開け、お弁当箱を開ける。中には、薄くスライスされた食パンに挟まれた、4種類のサンドイッチが。ハムとレタスのサンド、ベーコンと卵のサンド、ピーナッツ色のサンド、苺とホイップクリームのサンドなど。どれも食欲のそそる見た目をしている。
「やばい。絶対美味しいやつだ」
「ふふ、どうでしょうね? 食べてみて」
「うん! いただきます!」
まずは、ハムレタスのサンドを一口。シャキシャキと心地良い音が響き、隠れていたマスタードの刺激が舌を踊らせる。お味はもちろん最高。そして、忘れた訳ではない。天羽さんの自作のふわふわ食パンも、パンだけで充分食べれるほど香ばしい。薄く、具材を主役にさせる絶妙なバランスで、噛むのが止められない。止まらない。ものの一瞬で食べ終えてしまった。
「はぁ〜…………さいっこう」
「ふふ、ふふふふ」
その僕の様子に、天羽さんはクスクス笑う。僕も、恥ずかしいけれど、天羽さんのその無垢な笑顔に、つられて笑う。
これが、デート。2人だけの時間。
◆◆◆◆◆
そうして、僕は一瞬で食べ終え、目を閉じて余韻に浸る。
「お腹は膨れたかな?」
「うん。丁度良いよ」
「そっか。良かった」
「ねぇ、天羽さん」
「何?」
「……また、ピーナッツの、また今度作って」
「えっ!? そ、そんなに美味しかった?」
「うん。全部美味しかったけど、その中でも特にね。ピーナッツとバターと、隠し味の塩キャラメルにもびっくりだし、何ていうか、お腹が喜んで……逆にお腹が空いちゃった」
目を閉じたまま、思い返す。あまりの美味しい神バランスに、口に詰め込むようにみっともなく食べてしまい、味わう時間が一番少なかった。だから、わがままだと分かっていながら、口からスルスル出てしまうのを止められなかった。
「ふふふ。また遊びに行った時に、ね」
「ありがとう。楽しみだ……」
「うん!」
「……ん?」
言ってから、気付いてしまった。
たった今、2回目のデートをしよう、と約束した。
何の心の準備も、行き先も決めていない。ただ僕のわがままを言っただけ。天羽さんを振り回しているだけ。迷惑をかけてないか不安になってきた。ただでさえお昼ご飯を天羽さんの善意で作ってくれたのに、また作ってほしいと言ってしまったし、天羽さんを楽しませる行き先を何か1つでも決まっていない。ああ、最高にかっこ悪いだろ。
「石上くん?」
「ああごめん、困らせてないかなって」
「え、どうして?」
「だって、行きたい所を決めてないのに、無責任に約束したじゃん」
「……ふふ。そこを心配してたのね。大丈夫だよ。石上くんとなら、どこに行っても楽しいから」
「っ……そ、そっか。それなら良かった。うん」
目を逸らしてしまった。真正面に、僕に優しく笑いかけてくれているのに。笑った顔をずっと見ていたいと思っていたのに。
まぁ、考えるのは後にしよう。
これは、デートだから。
今この瞬間が、温かく、心地良いから。
◆◆◆◆◆
そして。一休みした後、僕らはまた出発。1階を巡ると、あのオレンジジュース屋の前を通る。何だか懐かしい。
「ここ覚えてる?」
「うん。ここで偶然会ったね」
「そー。私びっくりしちゃったよ。あの時ね、石上くんと会う準備が出来てなくて、隠れようか迷っちゃったもん」
「えっ? そうなんだ。全然可愛かったよ?」
「………ん。ありがと。そう言われると思ってなかった」
と。天羽さんは栗色の髪を指でくるくると巻いていく。
事実、感じたままを言えるようになってきたけど、真っ直ぐに褒めるのはやっぱり恥ずかしくなるね。
話を逸らさないと。そう思って見渡すと、丁度話題になりそうな場所が。
「あれ? ここ、前に来たよね」
「来たよね! カピバラざえもんやってた! でも今日は違うみたい」
そう。前はカピバラざえもんフェアをやっていた場所。今は、冷たい物フェアをやっているようだ。ソフトクリームや、かき氷、冷凍みかんなど、専門店がぎっしりと集まっていて、どれも魅力的だ。人の賑わいもある。
「わぁ、美味しそう! 見てみよ!」
「うん」
中に進んでいく。
しかし、中は狭く、人混みが多くて進みづらい。
不意に、距離が離れてしまった。
「あっ、天羽さん」
咄嗟に、僕は、左手で天羽さんの左手を握る。そして、引き寄せ、天羽さんの右肩に右手を添える形で、くっついた。
「ひ、人混み、すごいから」
「……うん」
と。天羽さんは、くっついてから終始、目尻を緩ませて優しい笑顔で、嬉しそうに頷いた。
人混みを通るためとは言え、密着しているから当たり前だけど、今までで一番近い距離で歩いている。
そう、これは人混みを通るために必要な事だ。人混みを通るために止むを得ない事。そう分かっているのに、どうしてもお店ではなく天羽さんとの近さに意識が集中してしまう。
「石上くん、あれ美味しそう!」
「えっ!? ど、どれ?」
呼ばれて意識を戻し、天羽さんの指さす方を見る。
そこは、牧場採れたての牛乳を使用したソフトクリーム屋。ミルクかチョコを選べる。
「どっちも美味しそう!」
「だね。迷っちゃうよ」
見ながら思う。僕は、迷わず選ぶ好きな味というのが無い。だからこういう2択を選ぶのに時間が掛かってしまう。ならば2つとも注文すればいいんだろうけど、まだ高校生だからそこまで財布に余裕は無い。だから選ぶ必要があるのだが、むしろ、この悩む時間が長くなって天羽さんに迷惑をかけてしまわないかと考えてしまう。優柔不断は中々治らない。
「2つとも食べれたらいいのにな」
そんな都合の良い事を呟いてしまった。
「……よし、決めたよ! 私はチョコ!」
「もう決めたんだね」
「うん。だから石上くんはミルクにしようよ」
「えっ? どうして……」
「どうしてって……私の分、ちょこっと食べれば、2つとも食べれるよ?」
「おお、良いね。ありがとう!」
「えへへへ」
天羽さんが素敵な提案をしてくれた。これでチョコも楽しめる。
「すみません、チョコとミルクください!」
そうして、僕らは店員のお兄さんに注文した。すると、ソフトクリームはすぐに巻かれた。
「へいお待ち! まずはチョコね!」
そこで、店員さんが天羽さんにソフトを渡す。スプーンは1つ。
受け取った天羽さんは、そのスプーンを掬って、僕に向ける。……これは、つまり。
「あの、天羽さん。これは、あーんという奴ですか?」
「う、うん。その通りだよ」
僕に分ける方法は他にもあるけれど、天羽さんは、これをやる意味を分かってて、敢えて選んでいる。
これでは、まるで、付き合っているカップルみたいだ。別に嫌ではない。むしろ嬉しい。ただ、驚いて固まっただけだ。
「溶けちゃうよ」
「わ、分かった。溶けるなら、仕方ないね」
心の準備をしている時間は無い。何とか、よく分からない焦燥感を持って、意を決し、口を開け───
「へいお待ち! サービスで、チョコもちょこっと乗せといたよ!」
「……あ。はい」
店員さん。感謝と迷惑が相殺して虚無になりましたよ。
◆◆◆◆◆
フェアを離れ、人混みの少ない壁際で、僕と天羽さんはソフトクリームを堪能した。ソフトが冷たいお陰なのか、頭の熱が冷めた感じになってきた。やれやれ、天羽さんが予想外にドキドキさせてきて、嬉しいやら嬉しいやら分からないや。
「うええええん」
食べていると、僕らの前を、泣いて歩いている子どもが、転んで、また泣いた。しかし近くに親らしき人はいない。
「大丈夫?」
ソフトを先に食べきった僕は、その子どもに近付く。目線の高さまでしゃがんで話しかける。
「ええええええん。ふえええ」
しかし、泣き止まない。僕の目も見てくれない。大泣きだ。
でも、間違いなく言えるのは、迷子である事。こういう場合、お店の人に任せれば、店内放送で親に知らせてくれる。しかし、その場所に行くためには、ある程度は泣き止ます必要がある。僕のような赤の他人に出来る事があるとすれば、それぐらい。しかし、それすら難しい。どうする……。
と、考えていると、天羽さんが僕と同じく子どもの目線の高さまでしゃがんで、僕の目を見て、そして、笑顔で頷く。
「任せて」
何か策があるようだ。
「こんにちは〜。どうしたのかな〜?」
天羽さんが、子どもに優しく話しかける。しかし、子どもは目を少し開けたものの、泣くのは治まっていない。
「大丈夫〜? お姉ちゃんに言ってみて〜」
頭を撫でて言う。しかし、涙は溢れるばかり。
しかし、天羽さんは諦めない。トートバッグからラップに包まれたパンを取り出す。形を見ただけで分かる。それは、天羽さんお手製のあんぱん。
「石上くんには、また今度あげるから」
「え? あ、うん」
曖昧な返事で固まっている間に、天羽さんは帽子を被り直し、子どもの方を向く。
「じゃじゃーん! ほら見て!」
子どもに帽子を取って見せる。すると、その頭の上に、先程のパンが乗っていた。
子どもは、少し泣き止んで、不思議そうにパンを見ている。
「あげる! 食べると元気になるよ!」
「ほ、ほんとう?」
「うん!」
天羽さんの笑顔に、子どもも笑顔で返し、あんぱんを1口。それは、ぎっしり詰まったあんこが口の中に広がる食べ心地。それを堪能した子どもは、やはりと言うべきか、目をカッと見開く。
「んんんんおいしー! あんぱん!」
飛んで喜ぶほどに、気に入ったようで。また1口、また1口と、バクバク食べて、あっという間に完食してしまった。
「ありがとう! ごちそーさまでした!」
「はい、お粗末さまでした! 元気になったかな?」
「ん!」
「よし! じゃあ、ママを探すよ!」
「ほんと? やったー!」
「このお兄ちゃんも探すよ!」
「うん、僕も手伝うよ」
「やったやったー!」
と。元気になった子どもと、天羽さんは手を繋いで歩く。そんな2人を先導するように、僕はトヨカドの総合案内所を探して、案内していく。天羽さんは超方向音痴だからね。
「あっ! いた!」
「ママ! ママ〜!」
ふと。案内所が見えた所で、その子の母親らしき人が駆け寄ってくる。
見つかって良かった。その安堵した一息を、僕と天羽さんは2人一緒にして、2人して笑った。
◆◆◆◆◆
そうして、デート再開。
何となく立ち寄った陶器コーナーを見ながら、話が続く。
「天羽さん、泣き止ませるのが上手だったね」
「ありがと! 上手くいくかドキドキしてたけどね」
「そうなんだ。でも、何度か経験があるように見えたよ?」
「ううん。初めて。あれはね、ママの真似」
……お産の時に亡くなっている、お母さんの。
僕がそう心の中で付け足して察しているのを、天羽さんは目から察してくれた。
「パパから聞いた話でね、ママは昔から、目の前で何か困ってる人にはパンをあげて笑顔にさせていたの。パパがお仕事で悩んでる時も、パンで励ましてたんだって。かっこいい人だな〜、私もそんな感じになりたいな〜、って思って、パン屋さんに憧れるようになったの」
初めて明かされる、天羽さんの夢の原点。天羽さんの原動力が、お母さんの人柄だった。親がそうだったと聞いただけで実際に会えていない。でも、お母さんの生き様に憧れて本当に行動している。
天羽さんもまた、人の幸せを願える人。
「きれいだね。心が、とっても」
「でしょ! そう思うよね!」
「うん。ママさんも……天羽さんも」
「えっ、そう?」
「うん。人の幸せのために行動できて、その人と一緒に笑顔になれる……天羽さんは関わる人皆を幸せにする素敵な人だよ」
「っ……もう……照れるよ」
天羽さんが頬に両手を当てて、うーうーと唸る。
「なんだか、今日の石上くん、すごいドキドキする事言ってくれるね。びっくりしちゃった」
「そうかな。いつも思っている事を口にしてるから、かな」
「……いつも、なんだね」
「うん」
そう。いつも、天羽さんは、関わる人の笑顔のために頑張れて、その人が笑顔だと一緒に笑う。その時、最高に可愛い笑顔になる。
前から、思っていた。
僕が初めて1口アップルパイを食べて笑顔になった時も。
学校帰りの人がおやつに欲しくなるパンを僕や片桐や苺谷さんが試食して、その美味しさに驚いた時も。
梅次さんに、パンのお陰でお腹の赤ちゃんが生きていられる事を感謝された時も。
おはようの挨拶をするたび。
目と目を合わせるたび。
いつも、一緒に笑ってくれる。
そんな君だから。
好きだ。
……なんて言葉を、ふらふら歩いてるお店の中で、告白するタイミングなのか、ちょっと考えて。
「……」
チクリと不安が浮かぶ。
果たして。
人を幸せにする天羽さんを、僕は幸せに出来るのか。
僕は、未来に自信が持てていない。頭は悪いし、顔も良くないし、優柔不断だし。かっこ悪い男が、僕だ。
何か、そういう自信のつく何かが、あと一つ欲しい。そうすれば、僕はこの女の子に、好きだと告白する事が出来るのだろう。
「……石上くん。ありがとう」
「……うん」
再び、僕らは静かに、一歩一歩と歩く。
◆◆◆◆◆
帰り道。地元の駅のホーム。掲示板に、夏祭りの広告が。
「行ってみたいな。石上くんと」
天羽さんが、視線を下に、少し合わせて、また下に。よく見ると肩が震えている。恥ずかしくても、天羽は勇気を出して言ったのだ。
忘れもしない鮮明な夢を思い返す。浴衣に、髪はお団子にして簪を刺してあった。目元にアイラインの化粧をして。夢は白黒世界なので色は不明だが、きっと色彩鮮やかに美しくなっているのは間違いない。僕のために。その姿を僕のために準備してくれる事を。学校帰りに遊ぶ事とは違う、今日のようにわざわざ日程を合わせて、お洒落して、僕のためだけに見てもらう事を、天羽さんの方から言った。
天羽さんは、僕のために頑張って、浴衣姿を僕に見せようとしている。
苺谷さんも、僕のために頑張って、平和な時間を確保してくれている。
……じゃあ、僕は? 天羽さんや苺谷さんに任せきりで……甘えているのでは? 何でもかんでも他の人の力で幸せが巡る訳ではない。
他人から貰う幸せより、自分の手で幸せを掴まないと。でなきゃ、僕の見たい天羽さんの極上の笑顔は見られない。
己の理想の未来の為。
好きな女の子の笑顔の為。
たとえ、かっこ悪いと思っていても。
今から掴め。
自分の手で。
「僕も。行きたい」
僕は立ち止まって、天羽さんと面を向かって、言う。
「僕も。行きたい。一緒に行って、天羽さんの笑顔をいっぱい見たい」
至近距離だから聞こえていると分かっているから意味が無いと分かっているけれど、もう一度、もっとはきはきと聞き取りやすく言った。
「ふふふふ。嬉しい。楽しみだよ」
すると、天羽さんはぽつりと言い、そして、くしゃりと笑った。
「うん。僕もだよ」
天羽さんは、きっと今、浴衣や化粧をめいっぱい頑張って僕を驚かせてみせる、というようなワクワクする事を考えている笑顔だ。
僕も楽しみだ。何色なのか。どんな会話が弾むのか。ワクワクが止まらない。
でも。本当に言いたいのは、次。
───コッ コッ
天羽さんが帰路に戻ろうと数歩進むが、しかし、僕が立ち止まっている事に気付くと、再び目を合わせた。
「石上くん? どうしたの?」
「……」
今思っている事を、ありのまま伝えよう。
自分の手で幸せを掴め。
「天羽さん。聞いてくれる?」
「……うん」
「あのね……僕、人の幸せのために頑張れる天羽さんの、笑顔が見たい。そんな君だから、幸せにしたい。今出来ることは少ないけれど、これから先、どんな事があっても幸せにする。だから……」
深く息を吸う。
「僕と付き合ってください」




