四十四話「クマさんは一人②」
五体のぬいぐるみが、突然起き上がった。
「うわぁ!?」
天谷が目を見開く。
「……ん。動いたか」
毒島は即座に拳を構えた。
「いつでも攻撃できるように構えとけ」
「はい!」
「了解です!」
氷月は能力を発動し、手の中に刀を生成する。
レイも同様に【黒腕】を展開した。
「俺は!?」
「お前、どうせ搦め手とか弱いだろ。スタンプラリーのルールがわからん以上、後ろを警戒しとけ」
「うっす!」
素直に引き下がる天谷を見て、氷月が小さくため息を吐く。
「私の時は、もっと素直になってくれないかしら……」
そのときだった。
森の奥から、奇妙なファンファーレが響いた。
明るいのに、どこか不気味な音色だった。
まるで遊園地のアトラクションが始まる直前のような、場違いな音。
木々が左右へと開いていく。
ぬいぐるみたちは、その場でぐるぐると回り始めた。
やがて、それぞれが決められていた場所へと移動する。
熊のぬいぐるみだけが、四体から大きく離れた場所に残された。
「あれが……コグマーか」
残る四体は、互いに寄り添うように固まっている。
「ねぇねぇ!」
キツネのぬいぐるみが声を上げた。
すると、四体は一斉に遊び始めた。
追いかけっこ。
鬼ごっこ。
木の枝を使ったままごと。
どれも子供がやりそうな、ごく普通の遊びだった。
ただ一つ。
そこに熊だけがいない。
「……まぁ、ガキならよくあることだろ」
熊はしばらく四体を眺めていた。
そして、意を決したように、一歩踏み出す。
また一歩。
「……ぼくも、いっしょに遊んでいい?」
返事はなかった。
四体が互いに顔を見合わせる。
そして、何事もなかったかのように遊びを続けた。
「うーん、古典的ぃ」
天谷がぼそりと呟いた。
「胸糞悪いわね。こういうの」
氷月は眉をひそめている。
「みんな冷めすぎじゃない?」
レイが三人を見回した。
「ぬいぐるみだろ? 『コグマーの過去じゃね?』とか憶測するのも馬鹿らしいし」
天谷が言った。
その言葉とは裏腹に、誰も目を逸らさなかった。
熊のぬいぐるみが、もう一歩近づく。
すると、キツネが熊の前に立ちはだかった。
そして、ゆっくりと首を横に振る。
「……どうして?」
「だって、お前、男なのに女みたいじゃん」
「……えっ」
熊の声が震えた。
その場から動こうとしても、膝が小刻みに震えている。
それでも熊は、キツネを見上げた。
「ぼく、何かした?」
答えはない。
代わりに、四体が笑い始めた。
「ははははっ!」
「女男がないたぞ」
その一言をきっかけに、笑い声がさらに大きくなる。
熊は俯いた。
小さな手が、自分の服をぎゅっと握りしめる。
「……ぼく、何かした?」
今度は、さっきより小さな声だった。
誰も答えない。
ただ笑い声だけが森に響く。
「きちぃなぁ……」
天谷が顔をしかめた。
「ラブとは、また別の意味でね……」
氷月も苦い顔を浮かべ、視線を逸らそうとする。
さっきまで目の前で繰り広げられていたものが、ただの作り物だとは思えなかった。
けれど、それ以上に直視することを躊躇わせる何かがあった。
二人が目を逸らす中、レイだけは動かなかった。
やがて四体は、熊を置き去りにして森の奥へ走り始めた。
「ま、待って……!」
熊も慌てて追いかける。
転びそうになりながら、必死に走る。
けれど、四体は一度も振り返らない。
熊の姿が森の奥へ消えた。
熊が消えていった森の奥を、じっと見つめる。
「……」
何かがおかしい。
ただの過去の再現なら、ここまで胸に引っかかるはずがない。
レイは、森の奥へ消えていった熊から目を離せなかった。
笑われた。
拒絶された。
それなのに、あの熊は四体を追いかけた。
まるで、自分が悪かったとでも思っているみたいに。
「……あれ」
毒島が、ぽつりと呟く。
「自分が悪いって、思ってんじゃねぇかな」
その言葉に、レイは何も答えなかった。
ただ、胸の奥に残った嫌な感覚だけが、消えずに残っていた。
その瞬間。
『ピンポーン!』
あまりにも明るい電子音が鳴り響いた。
空中に、巨大な文字が浮かび上がる。
『第一ステージ、クリア!』
「……は?」
天谷が間の抜けた声を漏らす。
その足元から、小さな台座がせり上がってきた。
台座の上には、赤いスタンプ台。
そして、その隣には一枚のカードが置かれていた。
「スタンプ……?」
天谷が拾い上げる。
カードには五つの空欄が並んでいる。
そのうち、一つだけが淡く光っていた。
「……なるほど」
氷月がカードを覗き込む。
「つまり、あの劇そのものがスタンプを獲得するための条件だったわけね」
「趣味悪くない?」
レイが呟く。
返事はなかった。
誰も、さっきの光景について口にしようとはしない。
すると、森そのものが軋み始めた。
木々が崩れ、地面が波打つ。
先ほどまでそこにあった舞台が、まるで最初から存在していなかったかのように消えていく。
ぬいぐるみたちも動きを止めた。
そして、最後に残った熊が、こちらを振り返る。
その顔には、表情がなかった。
ただ、何かを訴えるように、じっとこちらを見つめている。
次の瞬間。
赤いスタンプが、カードに押された。
一つ目の空欄が埋まる。
「あれっ」
同時に、森の奥で木々が左右へと開いていった。
新たな道が現れる。
『次のステージへ進みましょう!』
またしても、楽しげなアナウンス。
あまりにも明るい声だった。
最初から存在しなかったかのように。
まるで、さっきまで何が起きていたのかなど、関係ないように。
「……何見せられたん。俺ら」
天谷が、苦々しい顔で呟いた。
誰も答えなかった。
ただ、手元のカードに押された一つ目のスタンプだけが、妙に鮮やかに見えた。




