四十三夜「クマさんは一人①」
看板が立っていた。
『寂しさ』。
先ほどと同じような看板だ。
レイたちには、その言葉が何を意味しているのか、いまひとつ汲み取れなかった。
「なぁ。わざわざスタンプラリーにするのは、なんでだ?」
天谷が尋ねる。
「ふぅん。お前ら、さっきも言ったけど律儀だよなぁ」
毒島は頭を掻いた。
面倒そうに溜息をつきながらも、結局は話に付き合うつもりらしい。
「いいぜ、乗ってやる。どうせスイカも、こういうのを楽しみながらやるタイプだろ。先にいってんだろうしな」
そう言って、毒島は周囲を見渡した。
「ヒグレのクニは、クニの主の心象風景だ。だから、そこにある物事には全部意味がある」
「……全部?」
「そう。お前らも経験あるんだろ?」
毒島がレイたちを見る。
「前の主は、どんなクニだった?」
「……ビル群でしたね」
氷月が答える。
レイも、あのクニを思い出した。
ひたすらテレビが並んでいたビル群。
無機質な街並み。
その先にあったステージ。
そして最後に現れた、ラブの怪物。
無貌のドレスの女性。
あの姿を思い出すといまでも寒気がする。
「テレビとか、泥の怪物だったかな」
「随分と歪なクニに行ったもんだな」
毒島は苦笑する。
「まぁ、簡単に説明するなら……クニには大きく分けて、『拒絶型』と『受容型』がある」
聞き慣れない言葉だった。
「拒絶と……受容ですか」
「あぁ。ざっくりだけどな」
毒島は指を二本立てる。
「八割が拒絶で二割が受容、ってこともあれば、その逆もある。まぁ要するにクニの主が、外から来たものを受け入れるか、拒むかって違いだ」
氷月が確認する。
「では、毒島さんの感覚でいうなら……ここは『受容型』?」
「そう。ビンゴ」
毒島が指を鳴らす。
「こいつは、ルールを使ってクニに訪れた奴を案内するタイプなのさ」
そう言って、毒島はスタンプラリーの一つ目の看板を指差した。
『寂しさ』。
「逆に『拒絶型』なら、クニに入った瞬間、真っ先に敵と相対することもある」
「……」
「お前らは、前のクニに入った時はどうだった?」
レイは、ラブのクニに入った時のことを思い出した。
ビル群を少し歩いただけだった。
それなのに、すぐに泥の怪物と出会った。
「確かに……クニの『住民』と会いました」
「なら、そいつは『拒絶型』だったって話だ」
毒島はそう言って、再び歩き始めた。
レイはもう一度、看板を見る。
『寂しさ』。
このクニでは、これすらも何かの意味を持っている。
そう考えるとさっきまで意味不明だったスタンプラリーが、少しだけ違って見えた。
「それにしても森ねぇ……あんまり森っていうのは想像がつかねぇな」
天谷が周囲を見渡す。
確かに、ラブのクニがビル群だったことを考えれば、この森にも必然的な意味があるはずだ。
「……鹿……熊……とか?」
「随分とワイルドなクニの主ね」
天谷の連想に、氷月が呆れたように額を押さえた。
だが、レイは今の天谷の言葉に、何かが引っかかった。
「あ、あのさ!」
レイが声を上げる。
「ラブのクニで会った……あの男の子! コグマー!」
「……あっ」
氷月が目を見開く。
「あーーーー」
天谷も、ようやく思い出したらしい。
「え? なに? お前ら、もしかして知ってんの?」
毒島が怪訝そうに三人を見る。
「ええ。僕ら、前のクニの主と戦ったときに……強い敵と会ったんです」
レイの脳裏に、あの姿が蘇る。
中性的な顔立ち。
どこか幼さを残した身体。
そして、大切そうに抱えていた熊のぬいぐるみ。
一見すれば、ただの少女にしか見えなかった。
けれど、その正体は、決して普通の人ではなかった。
「コグマー……」
レイが、その名前を呟く。
あのときは敵だった。
ラブのクニを守るように立ちはだかった、強大な存在。
『パッチワークモンスター』。
大量のぬいぐるみを生み出し、それらを自らの兵士として操る能力。
あのとき、いったい何体のぬいぐるみを相手にしたのか。
思い出すだけでも、ぞっとする。
「……森」
レイは、もう一度周囲を見渡した。
どこまでも続く木々。
重なり合う枝葉。
その向こうには、薄暗い森の奥が続いている。
もし、この森にもクニの主の心象が反映されているのなら。
「もしかして……コグマーと、何か関係があるんじゃ……」
「おいおい」
毒島が口を挟む。
「まだ決まったわけじゃねぇだろ?」
「……そうですけど」
「そいつは、どんな能力なんだ?」
「ぬいぐるみです」
レイは少し考えてから答える。
「熊のぬいぐるみを生み出して、それを操って戦うような能力で……」
「ふーん。なるほどなぁ」
毒島は顎に手を当てる。
何かを考えているようにも見えたが、それ以上は何も言わなかった。
ただ、ゆっくりと森の奥へ視線を向ける。
「だったらさ」
毒島が、口元をわずかに吊り上げた。
「答え合わせに行ってみるか?」
そして、先ほどの看板を指差す。
「まずは一つ目のスタンプラリーだ」
森を進んでいくと、開けた場所に出た。
そこには、五体のぬいぐるみが並んでいた。
どれも大きさはほとんど変わらない。
けれど、種類だけが違う。
うさぎ。
ねこ。
いぬ。
きつね。
そして――クマ。
それぞれの胸元には、小さな名札がついている。
『うさぎさん』
『ねこさん』
『いぬさん』
『きつねさん』
『クマさん』
「……ぬいぐるみ?」
天谷が目を細め、じっと睨みつける。
だが、近づこうとはしなかった。
罠かもしれない。
あるいは、あのぬいぐるみ自体が攻撃手段なのかもしれない。
「賢明な判断ね。貴方にしては賢いわ」
「はぁ!? なんで俺、煽られたの!?」
「二人とも、今はちょっと……」
レイが二人を制しながら、改めて周囲を見渡す。
ぬいぐるみの他には、古びた黒板と机が置かれていた。
どこかの小学校を、そのまま森の中に持ってきたような光景だった。
「……うーん。読めんな」
「何が起こるんですかね?」
「今は待ちだ」
毒島が、ぬいぐるみたちを見つめながら答える。
「スタンプラリーのルールに違反した場合、何が起こるのか分からねぇ。迂闊に触るのはやめとけ」
レイは五体のぬいぐるみを見た。
なぜだろう。
その五体が並んでいるだけなのに、ひどく嫌な感じがした。
まるで、誰かの記憶を切り取って、ここに並べているような。
「……何か、始まるのかな」
その瞬間。
カタン。
誰も触れていないはずの黒板から、小さな音が響いた。
五体のぬいぐるみが、ゆっくりと動き始めた。




