四十二夜「スタンプラリー」
「……っ」
穴の先。
踏み入れた場所にあったのは、森だった。
鬱蒼と木々が生い茂る森。
ラブの国とは正反対だ。
むしろ、空気が澄み切っているようにすら感じる。
「……森?」
天谷が、困惑したように声を漏らす。
「そうね……」
氷月が能力を発動させ、腰に刀を構えた。
三人で目を合わせる。
ラブのときは、テレビがひたすら並ぶビル群。
そして、そこにあったのは「自己愛の欠如」。
ならば今回も、クニの主とこのステージには、何かしらの関連性があるはずだ。
「お前ら、何止まってんの?」
毒島は、早く先へ進みたそうだった。
昨日会ったときには、焦燥感など微塵も感じさせなかった。
だが、今はどこか落ち着きがない。
無理もない。
スイカちゃんの命が懸かっているのだ。
そして彼にとって、クニの主を倒すことは目的ではない。
「そうですね……いきましょう」
四人で固まりながら、森の中を進んでいく。
やはり、ただの森だ。
何か一つでも、推測の手がかりになるようなものがあればいいのだが。
「ヒグレのクニについて、お前らはどこまで知っている?」
「知っている……ですか」
毒島が唐突に話題を振ってきた。
現在、薄暮探偵社がどこまでヒグレのクニについて理解を深めているのか。
それを知りたいのだろうか。
それとも単純に、僕らがどこまで使える人間なのかを確かめたいのか。
その判断が、レイにはつかなかった。
「どこまで知ってるっつっても……」
天谷が困惑した声をあげる。
自分たちも、知っているのはラブのクニくらいだ。
正直なところ、ヒグレのクニについて深く理解しているとは到底言えない。
天谷とレイは、ちらりと氷月を見る。
「はぁ……しょうがないわね」
呆れ半分、諦め半分といった様子で、氷月が口を開いた。
レイと天谷に、しっかりとした説明を求めた自分が間違っていた。
そんなことを言いたげに、額へ手を当てている。
「そうですね。黄昏の時間に現れること。クニの主がいること。そして、『適応者』は能力を使えること」
「……まぁ、そんなもんだよな。結局、以前と変わらんってことか」
「そうですね」
はぁ……と、毒島はため息をついた。
「お前らに言っても仕方ないか。悪いな。苛ついている」
毒島が、軽く謝罪する。
「いいっすよ。気にしないでください」
「そうです。焦ってしまうのも無理はありません」
レイはそう言いながら、毒島の横顔を見た。
焦っている。
それだけは、間違いなかった。
「お互いに、能力を開示したい」
毒島がそう提案した。
やはり、彼のほうがこういうことには慣れているらしい。
「俺の能力は……【虎化】」
言葉と同時に、毒島の拳に猫科の爪が伸びる。
腕には毛が生え、鋭い眼光が増した。
「身体能力の強化。五感の強化。まぁ、虎になるって言えばわかりやすい」
かっこよ……。
思わず、そう思った。
もちろん、口には出さない。
「かっけっすねー!!」
出した。
お前かよ。
単純すぎるだろ、こいつ。
……やっぱり、感性とこいつは似ているのだろうか。
「お前らは、お互いに能力を共有してるんだろう?」
毒島が続ける。
「今さら見せる必要はない。俺の能力は単純だ。お前らに合わせる」
その言葉を聞いた瞬間。
不動さんの姿が、脳裏に浮かんだ。
やっぱり、彼は不動さんの後輩なんだ。
不動さんを敬い、憧れている。
その姿が、どこか重なって見えた。
胸の奥に、ふっと安心感が生まれる。
――大丈夫だ。
そう思えた。
「わかりました」
氷月が頷く。
毒島の姿を見て、不動が彼に託した理由も、なんとなく察したようだった。
「お前がリーダーか?」
毒島が氷月をじっと見る。
僕らの関係を見て、そう感じ取ったらしい。
……なぜわかった?
「いえ? なぜ?」
氷月が首を傾げる。
「……なんとなく」
毒島は気まずそうに呟いた。
「……察してくれますか?」
氷月が、諦めたような顔をした。
理解者が現れたことへの安堵。
そして――この二人の手綱を握るのは、結局自分なのだろうという絶望。
そんな顔だった。
「なぁ? レイ。俺らのこと」
天谷がこちらを見る。
「そうに決まってるだろ」
「だよな……」
おい。
なんか言ってるぞ。
言葉にしなくても、そういうのって傷つくからな。
「やめろよ!! 泣いちゃうだろ!!!」
天谷ぁ!
だからお前かよ!!
同じ反応すんな!!
「しょうがないでしょ! バカ二人!!」
氷月が怒鳴る。
「不動さんが消えたんだから、もう少ししっかりしなさい!」
「はーい」
「うーす」
スッと、氷月の眼が細くなる。
「……斬るわよ?」
氷月の殺気と同時に、冷気が走る。
あ、これはまずい。
「「すみませんでした」」
二人同時に頭を下げた。
「……見事に尻に敷かれてんなぁ……」
毒島が感心したように、僕らを眺める。
「……百合ちゃんが昔、ああだったなぁ」
懐かしそうに、毒島がぼそりと呟いた。
「百合さんが……?」
「……あっ」
しまった。
そんな顔をして、毒島が口を押さえる。
……今の氷月と、百合さんが?
子供っぽくて、箱根さんや不動さんに甘えていた、あの百合さんが。
氷月と同じだった?
僕の中で、二人の姿がどうしても結びつかなかった。
「……悪い。これに関しては言えん。百合ちゃんに直接聞いてくれ」
「……」
三人で顔を見合わせる。
百合さんといえば、薄暮探偵社ではのほほんとしていて、どこか甘えん坊な印象だ。
どうしても、目の前の氷月と同じ姿は想像できない。
「……それって、百合さんのお兄さんに関することですよね」
レイが尋ねる。
「そうだ」
毒島は短く答えた。
「だから言えん。不動さんにも筋を通せねぇ。……あの人に嫌われたくねぇんだ」
「……それなら、仕方ないですね」
これ以上は聞かないほうがいい。
深入りは、やめておこう。
しばらく沈黙が続いた。
気まずい。
……天谷、なんか話せよ。
空気読めないのがお前のメリットだろうが。
「……」
あっ。
駄目だ。
こいつ、今めちゃくちゃ反省してる。
地雷踏んだかなって顔している。
……いや、そこは空気読まなくていいんだよ!?
そんなことを考えていると、目の前にスタンプと紙が置いてあった。
「スタンプラリー?」
天谷が首を傾げる。
「……なんでこんなところに?」
氷月も紙を覗き込む。
そこには、森の簡単な地図と、いくつかのチェックポイントが記されていた。
『第一ポイント――寂しさ』
『第二ポイント――後悔』
『第三ポイント――家族』
『第四ポイント――別れ』
『第五ポイント――大切な人』
「…………」
誰も口を開かなかった。
「……なんだ、これ」
毒島が眉をひそめる。
スタンプラリー。
そう書いてあるだけなら、ただの遊びだ。
けれど、この森に置かれていること。
そして、この名前。
どう考えても普通じゃない。
「……行くしかないんじゃないかしら?」
氷月が紙を見ながら呟く。
「スタンプを集めろってことか?」
「たぶん」
天谷がスタンプを手に取る。
「ラブのクニは、ステージだった。このクニの主にも理解されたいことがあるんじゃないのか?」
「……なるほどな。お前らがどうやってクニの主を倒したのか理解できてきた」
「……どういうことですか?」
「お前ら優しすぎるんだよ。俺らは武力で圧倒してクニの主を攻略した。だがお前ら。クニの主を理解しようとしているな?仲間の影響か?」
「っ……」
反論できなかった。
図星だからだ。
「別に怒ってるわけじゃねぇんだ。ただ優しいなと」
「……そうですか」
氷月が苦い顔をしていた。
ソノのことを考えているのだろう。
「とりあえず一個目行ってみようぜ!」
元気だな。
さっきまでの顔はどうした。
「お前、さっきまで反省してただろ」
「もう大丈夫!」
「何がだよ」
呆れながらも、僕らは歩き出す。
第一ポイント。
『寂しさ』。
「……大切な人」
毒島は、三人に気が付かないようにつぶやいた。
僕らは森の中で、何が待ち受けているのか。
それすら考えていなかった。




