四十一夜「入園」
集合場所として呼び出されたのは、人の気配もない公園だった。
遊具も、街灯も、どこか寂しげに佇んでいる。
その一角に、すでに二人の姿があった。
「よう、レイ」
天谷はパーカーにジーパンというラフな格好だった。
体格のいい身体によく似合っている。
「来たのね」
氷月は動きやすそうなスポーティーな服装で、背中には竹刀袋を担いでいた。
天谷が、ふと自分の拳を見た。
「あ、これやってみたかったんだ」
そう言って、拳を前に突き出す。
氷月はそれを見て、くすりと笑った。
「ほんとガキね。貴方」
「いいじゃんか」
天谷がむっとした顔をする。
「……ははっ」
思わず、レイの口から笑いが漏れた。
その瞬間だった。
なんだか、不思議なくらい心地よかった。
三人で笑っていると、本当に仲間だ。
氷月と天谷が、笑っているレイを見た。
「……おい、笑うなよ」
「誰だって笑うでしょ。こんな陳腐なことされたら」
「それはきつくねぇか!?」
天谷が声を上げる。
氷月は小さく笑った。
「いいよ。やろう」
三人の拳が重なった。
「なにしてんだよ、お前ら」
不動さんが公園の外から近寄ってくる。
どうやら煙草を吸っていたようだ。
「不動さん、お疲れ様です」
レイが、軽く頭を下げる。
「いいよ、きにすんな。くすぐってぇ」
不動はそういって笑った。
「お前らか……」
その声に、三人が振り返る。
毒島だった。
だが、その声は昨日、店で聞いたものとはまるで違っていた。
酷く沈んでいる。
「毒島さん……」
レイが声をかける。
毒島は三人の前まで来ると、しばらく俯いていた。
「スイカが消えた」
その一言に、空気が変わった。
「……お前ら、頼む」
毒島が深く頭を下げる。
「俺一人じゃ、あの場所は探索できない」
「ちょ、やめてくださいよ!?」
慌ててレイが毒島を起こそうとする。
「頭を上げてください。そんなことされたら、俺たち……」
そこまで言って、レイは言葉を止めた。
毒島の顔は、それほどまでに切羽詰まっていた。
昨日、店で見たときは、もっと余裕があった。
冗談を言って、笑って、スイカのことを話していた。
それなのに今は、その面影すらない。
「……何があったんですか?」
レイが尋ねる。
毒島はしばらく黙っていた。
「昨日の夜から、連絡がつかない。一度もだ。いままでそんなことはなかった」
低い声だった。
「電話も駄目だ。メッセージを送っても返ってこない」
「それで、スマホの位置情報を?」
天谷が尋ねる。
「ああ」
毒島が頷く。
「最後に確認できたのが、この公園だ。そこから先は、完全に途切れている」
氷月が眉を寄せる。
「警察には?」
「……まだだ」
その一言で、場が停止する。
「まだ?」
「確証がない」
毒島は拳を握った。
「ただ帰ってこないだけかもしれない。そう思いたかった」
その言葉に、誰も口を挟まなかった。
毒島は顔を上げる。
「だが、スイカは何も言わずにいなくなるような子じゃない」
その声には、強い確信があった。
「そして、思った。ヒグレの国だと」
「……」
そうだ。
毒島は、ヒグレの国の恐ろしさを知っている人物。
だからこそ可能性として、真っ先にそれを考えた。
「だから頼む。俺一人じゃ、あの場所を探しきれない」
レイは天谷と氷月を見る。
二人も、すでに答えは決まっているようだった。
「……分かりました」
レイが頷く。
「探しましょう。スイカちゃんを」
「よし」
天谷が拳を握る。
氷月も竹刀袋を背負い直した。
「案内して。毒島さん」
「……ありがとう」
毒島が小さく頭を下げる。
今度は、レイも止めなかった。
スイカが最後にいた場所へ向かって、足を進めた。
「で、毒島。ここなんだな?スイカちゃんのスマホが最後にあった場所は」
不動が周囲を見渡す。
「ええ、そうです。この辺りから位置情報が消えた」
天谷が小声で、レイに話しかける。
「……彼女の位置情報常に管理してんのかな?」
「やめろよ、そういうの……人それぞれだろ……」
いや自分も思ったけどさ。
レイも思わず、小声で返す。
その直後だった。
「スイカは、留学生で俺の家に居候している」
毒島が淡々と口を開いた。
「身分の証明はできても、安定してアパート暮らしする余裕がなかったんだ」
「……」
天谷が黙り込む。
……おい。
気まずいだろ。
さっきまで余計なことを言っていたくせに、こういうときだけ黙るなよ。
「だから、問題や変な奴に絡まれて対処できなかったとき、すぐ行けるように位置情報を共有していたんだが……」
毒島が、焦りのせいか頭をガリっと掻く。
「……最後にしていた行動は?」
氷月が尋ねる。
「友達に会うと言っていた」
毒島が答えた。
「ネットの友達で、仲良くなった子だと」
「ネット……」
レイは、その言葉に引っかかった。
先ほどのみやこの話が正しければ、「穴掘りモグラ」はネットにある程度親しみのある人物のはずだ。
まさか。
スイカちゃんが、「穴掘りモグラ」と接触していた?
いや。
それはまだ早計だ。
ただの偶然かもしれない。
けれど。
レイの中で、一度浮かんだ疑念は消えてくれなかった。
これを口にだすのは、なんとなくまずい。
なにより、天谷と氷月に疑念を持たれるかもしれない。
もう少ししっかり頭の中で切り替えたい。
「……今は、スイカちゃんを探すことだけ考えよう」
小さく呟いて、自分に言い聞かせる。
考えるのは後だ。
スイカが無事に戻ってきてから。
それでも決して遅くはない。
「そろそろだな……」
不動が腕時計を確認した。
その声に、レイは顔を上げる。
「もうそんな時間ですか?」
「ああ」
不動が公園の先へ視線を向けた。
空は、すでに夕暮れの色に染まり始めている。
「黄昏時まで、あと少しだ」
「……」
誰も口を開かなかった。
ヒグレのクニ。
その名を聞くだけで、空気が重くなる。
それは、ただの場所ではない。
黄昏時にだけ現れる、異常な世界。
そして、僕らの戦場。
「行くぞ」
穴が開いた。
真っ暗で空洞で。
でもどこか冷たい風が吹くような、異次元の穴。
不動が歩き出す。
だが、その足は穴へ向かわない。
「俺は、今回はお前らを待っている」
「そうっすよね」
毒島が残念そうにつぶやく。
不動は毒島を見る。
「お前がいるだろ」
そして、軽く笑った。
「頼りにしてるぞ」
「はいっ」
不動が毒島の肩をポンと叩く。
その一瞬だけ、毒島の表情が引き締まった。
二人の間には、言葉にしなくても分かるものがある。
ヒグレのクニで、何度も背中を預けてきた。
そんな関係なのだろう。
「よし、お前ら」
不動が、レイたちに向き直る。
「俺の部下を死なせたなんてことになれば、俺は一生後悔する」
少しだけ、声が低くなる。
「改めて、巻き込んですまない」
レイは首を横に振った。
「謝らないでください」
そして、穴を見る。
「僕らにも、ヒグレのクニを探索する理由があります」
「……ふっ」
不動が笑う。
「そうか」
そして、いつもの調子に戻った。
「なら、ガンガン使ってやるよ」
「はい」
レイは一度だけ、夕暮れの空を見上げた。
頭の片隅には、まだ「穴掘りモグラ」の名前が残っている。
だが今は、それを考えている暇はない。
スイカを見つける。
それだけだ。
レイたちは、黄昏へと歩き出した。




