↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒグレのクニ  作者: L
三章 コグマ―のあつまれ!つぎはぎの森
53/58

四十一夜「入園」

集合場所として呼び出されたのは、人の気配もない公園だった。

遊具も、街灯も、どこか寂しげに佇んでいる。

その一角に、すでに二人の姿があった。


「よう、レイ」


天谷はパーカーにジーパンというラフな格好だった。

体格のいい身体によく似合っている。


「来たのね」


氷月は動きやすそうなスポーティーな服装で、背中には竹刀袋を担いでいた。

天谷が、ふと自分の拳を見た。


「あ、これやってみたかったんだ」


そう言って、拳を前に突き出す。

氷月はそれを見て、くすりと笑った。


「ほんとガキね。貴方」

「いいじゃんか」


天谷がむっとした顔をする。


「……ははっ」


思わず、レイの口から笑いが漏れた。

その瞬間だった。

なんだか、不思議なくらい心地よかった。

三人で笑っていると、本当に仲間だ。

氷月と天谷が、笑っているレイを見た。


「……おい、笑うなよ」

「誰だって笑うでしょ。こんな陳腐なことされたら」

「それはきつくねぇか!?」


天谷が声を上げる。


氷月は小さく笑った。


「いいよ。やろう」


三人の拳が重なった。


「なにしてんだよ、お前ら」


不動さんが公園の外から近寄ってくる。

どうやら煙草を吸っていたようだ。


「不動さん、お疲れ様です」


レイが、軽く頭を下げる。


「いいよ、きにすんな。くすぐってぇ」


不動はそういって笑った。


「お前らか……」


その声に、三人が振り返る。

毒島だった。

だが、その声は昨日、店で聞いたものとはまるで違っていた。

酷く沈んでいる。


「毒島さん……」


レイが声をかける。

毒島は三人の前まで来ると、しばらく俯いていた。


「スイカが消えた」


その一言に、空気が変わった。


「……お前ら、頼む」


毒島が深く頭を下げる。


「俺一人じゃ、あの場所は探索できない」

「ちょ、やめてくださいよ!?」


慌ててレイが毒島を起こそうとする。


「頭を上げてください。そんなことされたら、俺たち……」


そこまで言って、レイは言葉を止めた。

毒島の顔は、それほどまでに切羽詰まっていた。

昨日、店で見たときは、もっと余裕があった。

冗談を言って、笑って、スイカのことを話していた。

それなのに今は、その面影すらない。


「……何があったんですか?」


レイが尋ねる。

毒島はしばらく黙っていた。


「昨日の夜から、連絡がつかない。一度もだ。いままでそんなことはなかった」


低い声だった。


「電話も駄目だ。メッセージを送っても返ってこない」

「それで、スマホの位置情報を?」


天谷が尋ねる。


「ああ」


毒島が頷く。


「最後に確認できたのが、この公園だ。そこから先は、完全に途切れている」


氷月が眉を寄せる。


「警察には?」

「……まだだ」


その一言で、場が停止する。


「まだ?」

「確証がない」


毒島は拳を握った。


「ただ帰ってこないだけかもしれない。そう思いたかった」


その言葉に、誰も口を挟まなかった。

毒島は顔を上げる。


「だが、スイカは何も言わずにいなくなるような子じゃない」


その声には、強い確信があった。


「そして、思った。ヒグレの国だと」

「……」


そうだ。

毒島は、ヒグレの国の恐ろしさを知っている人物。

だからこそ可能性として、真っ先にそれを考えた。


「だから頼む。俺一人じゃ、あの場所を探しきれない」


レイは天谷と氷月を見る。

二人も、すでに答えは決まっているようだった。


「……分かりました」


レイが頷く。


「探しましょう。スイカちゃんを」

「よし」


天谷が拳を握る。

氷月も竹刀袋を背負い直した。


「案内して。毒島さん」

「……ありがとう」


毒島が小さく頭を下げる。

今度は、レイも止めなかった。

スイカが最後にいた場所へ向かって、足を進めた。


「で、毒島。ここなんだな?スイカちゃんのスマホが最後にあった場所は」


不動が周囲を見渡す。


「ええ、そうです。この辺りから位置情報が消えた」


天谷が小声で、レイに話しかける。


「……彼女の位置情報常に管理してんのかな?」

「やめろよ、そういうの……人それぞれだろ……」


いや自分も思ったけどさ。

レイも思わず、小声で返す。

その直後だった。


「スイカは、留学生で俺の家に居候している」


毒島が淡々と口を開いた。


「身分の証明はできても、安定してアパート暮らしする余裕がなかったんだ」

「……」


天谷が黙り込む。

……おい。

気まずいだろ。

さっきまで余計なことを言っていたくせに、こういうときだけ黙るなよ。


「だから、問題や変な奴に絡まれて対処できなかったとき、すぐ行けるように位置情報を共有していたんだが……」


毒島が、焦りのせいか頭をガリっと掻く。


「……最後にしていた行動は?」


氷月が尋ねる。


「友達に会うと言っていた」


毒島が答えた。


「ネットの友達で、仲良くなった子だと」

「ネット……」


レイは、その言葉に引っかかった。

先ほどのみやこの話が正しければ、「穴掘りモグラ」はネットにある程度親しみのある人物のはずだ。

まさか。

スイカちゃんが、「穴掘りモグラ」と接触していた?

いや。

それはまだ早計だ。

ただの偶然かもしれない。

けれど。

レイの中で、一度浮かんだ疑念は消えてくれなかった。

これを口にだすのは、なんとなくまずい。

なにより、天谷と氷月に疑念を持たれるかもしれない。

もう少ししっかり頭の中で切り替えたい。


「……今は、スイカちゃんを探すことだけ考えよう」


小さく呟いて、自分に言い聞かせる。

考えるのは後だ。

スイカが無事に戻ってきてから。

それでも決して遅くはない。


「そろそろだな……」


不動が腕時計を確認した。

その声に、レイは顔を上げる。


「もうそんな時間ですか?」

「ああ」


不動が公園の先へ視線を向けた。

空は、すでに夕暮れの色に染まり始めている。


「黄昏時まで、あと少しだ」

「……」


誰も口を開かなかった。

ヒグレのクニ。

その名を聞くだけで、空気が重くなる。

それは、ただの場所ではない。

黄昏時にだけ現れる、異常な世界。

そして、僕らの戦場。


「行くぞ」


穴が開いた。

真っ暗で空洞で。

でもどこか冷たい風が吹くような、異次元の穴。


不動が歩き出す。


だが、その足は穴へ向かわない。


「俺は、今回はお前らを待っている」

「そうっすよね」


毒島が残念そうにつぶやく。

不動は毒島を見る。


「お前がいるだろ」


そして、軽く笑った。


「頼りにしてるぞ」

「はいっ」


不動が毒島の肩をポンと叩く。

その一瞬だけ、毒島の表情が引き締まった。

二人の間には、言葉にしなくても分かるものがある。

ヒグレのクニで、何度も背中を預けてきた。

そんな関係なのだろう。


「よし、お前ら」


不動が、レイたちに向き直る。


「俺の部下を死なせたなんてことになれば、俺は一生後悔する」


少しだけ、声が低くなる。


「改めて、巻き込んですまない」


レイは首を横に振った。


「謝らないでください」


そして、穴を見る。


「僕らにも、ヒグレのクニを探索する理由があります」


「……ふっ」


不動が笑う。


「そうか」


そして、いつもの調子に戻った。


「なら、ガンガン使ってやるよ」

「はい」


レイは一度だけ、夕暮れの空を見上げた。

頭の片隅には、まだ「穴掘りモグラ」の名前が残っている。

だが今は、それを考えている暇はない。

スイカを見つける。

それだけだ。

レイたちは、黄昏へと歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。