四十夜「集合」
「レイ? どうしたの?」
ソノが不思議そうに尋ねる。
「新しいヒグレのクニだ」
レイはスマホの画面を見つめたまま答えた。
届いた連絡には、短くそう書かれている。
スイカちゃんが消えてしまった。
最後に目撃されたのは毒島さんの店。
つまり僕達が最後の目撃者だ。
それ以降、帰宅した形跡はないらしい。
ソノが小さく息を呑む。
「誰かまた消えたの?」
「……うん」
ラブの消失によって、一つのヒグレのクニは消滅した。
ならば、新たなヒグレのクニが発生したということになる。
そしてそれは、ラブの痕跡へ繋がる手がかりが見つかるかもしれないということでもあった。
ソノも同じことを考えたのだろう。
「わ、私も行く!」
食い気味にソノが声を上げた。
「駄目だ」
レイは間髪入れずに首を横へ振る。
「っ……!」
通話先で、ソノの声が漏れる。
当然だった。
ソノはラブのクニから戻ってきたばかりだ。
心身ともに回復しきっているとは言えない。
箱根さんが両親への説明をしてくれているとはいえ、数日前まで行方不明だった娘の外出を許す親がいるはずもない。
「いやっ……それでも!」
「無理だ。君の身体のことも考えてる」
「……っ」
唇を噛み締めるソノ。
悔しさも焦りも、その表情から痛いほど伝わってきた。
もし立場が逆なら、自分も同じように食い下がっていただろう。
「不動さんに聞くから、待ってて」
「……うん」
ソノはそれ以上、発することはなかった。
レイはスマホを取り出し、不動へチャットを送る。
『不動さん、少しいいですか?』
数秒もしないうちに既読がついた。
すぐに返信が届く。
『なんだ? 急げよ』
『日比野が捜索に加わりたいと言ってるんです』
既読は付いたものの、返信はしばらく来なかった。
そして返ってきた答えは短い。
『駄目だ。絶対に』
『……理由を聞いても?』
『身体と精神面の問題。それに親御さんはどうする。そこまで面倒は見きれん』
正論だった。
レイ自身も、不動の判断が正しいと思っている。
『メンバーは?』
『もう天谷と氷月には連絡を送ってある』
『不動さんは参加できるんですか?』
『いや。俺はもう引退だと言っただろ』
久遠はその返答に愕然とする。
ラブの戦いでは、不動が最も頼れた。
彼がいるという安心感で、あの場所に立てたのだ。
『ですよね……』
『その代わり、毒島が参加すると言っている。あいつ自身、率先して探したいそうだ』
「え……?」
思わず声が漏れた。
予想外の名前だった。
だが、スイカちゃんと親しく接していた様子を思い返せば、不思議な話ではないのかもしれない。
『それは……ありがたいですね』
『まぁ、もともと人手不足だったからな。向こうにも探す理由がある。結果的には悪くない』
『じゃあ、今から向かいます』
『ああ、頼む』
「……レイ」
ソノの声が聞こえる。
先ほどよりも低い声だった。
「駄目だよ、ソノ」
レイは先回りするように言った。
「流石に体調だって、まだ万全じゃないでしょう?」
「……っ」
図星だった。
あれほどの精神状態と肉体の消耗から、数日で完全に回復しているほうが、よほどおかしい。
「でも……」
ソノが小さく呟く。
レイは少しだけ黙ってから、口を開いた。
「じゃあ、約束する」
「……え?」
「ラブに関することが分かったら、僕が絶対に伝える」
レイは、画面の向こうにいるソノへ言い聞かせるように続けた。
「箱根さんから伝えるなって言われても、僕が伝える」
「……ほんと……?」
ソノの声が、明らかに上ずった。
疑いたい。
けれど、それ以上に期待している。
そんな声だった。
「うん。もちろん」
レイは、少しだけ笑った。
「ソノは僕らの仲間だ」
「……仲間、ね……」
ソノが、その言葉を確かめるように呟く。
ほんの少しの沈黙。
「……うん。わかった」
それきり、通話は静かになった。
レイは家を出た。
特別な装備を用意する必要はない。
今回の目的は、あくまで捜索だ。
それでも、最低限の準備だけは整えておく。
スマホを確認し、必要なものをポケットへ詰め込む。
忘れ物がないことを確かめると、レイは小さく息を吐いた。
「ふぅ……」
「緊張しているの?」
背後から、聞き慣れた声がした。
「そんなことないよ」
レイは振り返らない。
そこに白さんがいることなど、もう当たり前になっていた。
「ふふっ。随分、肝が据わってきたわね」
そのとき、スマホが震えた。
天谷からのチャットだった。
ほとんど同時に、氷月からもメッセージが届く。
『早く来いよ! レイ!』
『貴方がいないと始まらないの。早く来なさい』
二人の文章を見て、レイは思わず口元を緩めた。
こんな状況だというのに。
これから向かうのは、普通の場所ではない。
一度足を踏み入れれば、何が起こるか分からない。
スイカちゃんが消えた場所。
そして、もしかすればラブへと繋がる何かが残されているかもしれない場所。
本来なら、不安や恐怖が先に来るはずだった。
それなのに。
「……なんだよ」
レイは小さく笑う。
胸の奥から、じわりと何かが湧き上がってくる。
高揚感。
戦いの前に感じる、あの独特の感覚だった。
思い返せば、あれほど恐ろしいと思っていたヒグレのクニに、自分は今、もう一度足を運ぼうとしている。
あの異様な世界。
常識の通じない空間。
何が潜んでいるのか分からず、一歩先にすら命の保証がない場所。
本当なら、二度と行きたくないと思っていた。
(また行ける)
そう思った瞬間、胸が高鳴った。
怖くないわけじゃない。
むしろ、怖い。
けれど、それ以上に。
天谷がいる。
氷月がいる。
そして、自分もそこへ行く。
以前なら恐怖にしか見えなかったものが、今は違って見える。
仲間とともに立つ場所として、あの世界を受け入れ始めている自分がいた。
レイはスマホを握り直す。
「……待ってろ」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
そして、二人の待つ場所へ向かって歩き出した。




