ゲームタイム③
少しの沈黙が続いた。
みやこは、珍しく深く考え込んでいるようだった。
「んー……【穴掘りモグラ】ねぇ……」
明らかに言葉を選んでいる。
「なんか、あいつおかしいんだよね。【ヒグレの国】が本当にあるみたいに話すんだよ」
「……」
やはり。
みやこは、穴掘りモグラとかなり深い接触をしている。
「どんなことを話しました?」
「いや、なんというかさ……縋ってる感じが凄いんだよね」
「縋る?」
言葉の意味がうまく浸透しなかった。
みやこは少し間を置いた。
「それがなきゃ、生きていけないみたいな」
「……」
ソノとレイは、返す言葉を失った。
それがなければ生きていけない。
あまりにも重すぎる言葉だ。
「えっと……それはどういう意味ですか?」
ソノが、思わず聞き返す。
「うーん……狂信っていうのかな」
みやこの声は、いつもの軽さとは少し違っていた。
「【ヒグレの国】が本当に存在するんじゃないかって、私ですら思ってしまうくらいの熱があるんだよ」
「……なるほど」
ソノは短く返した。
だが、頭の中ではみやこの言葉が何度も繰り返されていた。
縋る。
狂信する。
それがなければ生きていけない。
単なる趣味や思想ではない。
穴掘りモグラにとって。
【ヒグレの国】は、自分自身を支えるための柱なのかもしれない。
だからこそ穴を掘る。
ヒグレのクニを広げる。
だとすれば、その正体を知るには、もっと深く掘り下げる必要がある。
ソノは静かに息を吐いた。
「あとさ、多分あの子。女」
その発言は唐突だった。
意識外から投げられたその言葉に、意表を突かれた。
「えっ?」
間の抜けた声が思わずでてしまう。
「うん。あれは女だと思う」
迷いのない言葉だった。
「なんというか、文字に出るんだよね。文章の癖とか、間の取り方とか。本人が隠してるつもりでも、そういうところに滲むんだよ」
「……」
これに関しては、みやこの洞察力そのものだろう。
人と関わり合うなかで自然と磨かれたもの。
長い理屈よりもよっぽど理解することができた。
「その割に男っぽく振る舞ってるけど。まあ、誤差の範囲かな」
二人は息を呑んだ。
正解だった。
みやこに、【穴掘りモグラ】のことを聞いたことは。
性別すら分からなかったこの存在に、初めて輪郭が生まれた。
「ほ、他には何かありますか?」
「うーん?」
みやこが少し首を傾げる気配がした。
「別にいいけど……なんでそこまで【穴掘りモグラ】について聞くの?」
当然の疑問だった。
二人にとっては調査の一環。
しかし、みやこからすれば違う。
一緒にゲームをしている相手から、突然過去の因縁について聞かれているのだ。
それは、疑問に思って当然だろう。
「うっ」
「えっと……」
まずい。
これ以上踏み込めば、みやこの警戒心が上がる。
ここから先の情報を引き出すのは難しい。
「すみません。不愉快でしたか?」
「いやいや、別にいいんだよ」
みやこは軽く笑った。
「私と【穴掘りモグラ】がバチバチだったのは、掲示板見れば分かることだしね」
「……はい」
思わず息を吐いた。
もしここで怒らせていたら、全てが無駄になるところだった。
「でも、マナーとしては良くないよ」
みやこの声が少しだけ低くなる。
「少なくともネットに関わる人間なら、人と人との話を野次馬みたいに聞き回るのは感心しないかな」
「……」
「分かった?」
その言葉には、不思議な説得力があった。
ボイスチェンジャー越しでも分かる。
長い時間、人と向き合ってきた人間の言葉だった。
「なんか、みやこさんって……先生みたいですね」
ソノが、何気なく呟いた。
「あー、分かるー。僕もそう思ってた」
レイも軽く同意する。
ただの感想だった。
けれど、その一言は――
みやこの何かに触れた。
「……げほげほっ!」
画面越しに、激しく咳き込む音が聞こえた。
「…………」
しばらく沈黙が続く。
いつもの軽い空気が、消えていた。
「……なんで、そう思った?」
みやこの声には、明らかな動揺が混じっていた。
ソノが答える。
「いつもおちゃらけているのに、一本だけ絶対に曲げないものがある気がして」
「…………」
「だから、先生みたいだなって」
「…………あー、分かった。分かったから」
画面越しにもぞもぞと動いているのが分かる。
明らかに照れていた。
「それを君らの先生に伝えてあげなよ」
少しだけ、みやこの声が柔らかくなる。
「きっと……君らのことを見ているから」
「……えっ、それはどういう……」
「今回はこれでおしまい」
みやこが遮る。
「これ以上君らと一緒にゲームしてると、調子狂うわ」
「あっ」
その直後。
ボイスチャットが切断された。
暫く沈黙が続いた。
先に口を開いたのは、レイだった。
「……僕、何か間違えたかな?」
「ううん!?そんなことないない!」
ソノの否定が、少し慌てた声で返ってくる。
「いや、先走ったのは私だよ。本当はリードするのも、止めるのも私の役目だったのに」
ソノは、自分でも分かっていた。
【穴掘りモグラ】の情報を得られたことに、興奮していた。
そしてそれは、レイも同じだった。
「お互いのミス、ってことで」
「うん。そうしよっか」
レイが笑う。
「ふふっ。危なかったね」
「楽しんでんじゃん」
「君とだからだよ」
空気が少しだけ軽くなった。
「んっ?」
不動からの着信だった。
なんだろうか、彼からの連絡は珍しい。
いつも氷月経由なのだが。
「どうしました?不動さん」
「久遠。お前に頼みがある」
「なんですか。唐突に」
「……毒島と一緒にいたスイカちゃんわかるか。あいつが帰ってこないんだと」
「……っ」
脳裏に嫌な予感が走った。
ただの家出ならそれでいい。
だが僕らにとってのそれは違う。
「ヒグレのクニに入ったかもしれない。救出にいくぞ」
新たな戦いは、もうすでに幕をあげていた。




