毒島大河
「昨日は、本当に大変だったな……レイ」
「正直、学校来たくなかったよ」
「俺も」
翌日、学校のホームルーム。
「けど……あの顔みたらなぁ」
「顔?」
天谷が、前方の席を顎で指さす。
そこには、いつものように背筋を伸ばして座る氷月がいた。
「なに?あいつ。昨日あんな目に遭ったくせに、もう『わたし、委員長ですから』的な顔しやがって……?」
「別にそこまで言ってはないと思うよ」
「あいつに『なんで休んだの?』ってグダグダ言われそうだから、意地でも来たわ」
ガラガラと扉が開き、担任の都先生が教壇に立つ。
都先生の口から、日比野が『体調不良による一時的な長期療養』に入ることが淡々と告げられた。
少し疲れた顔でクリップの留まった書類に目を落とした。
「えー、連絡が取れなくなっていた日比野さんですが……昨晩、無事に発見、保護されました。……ただ、精神的な疲弊が激しいということで、しばらくの間は実家の方で長期の療養に入るそうです。以上です」
事件性はなし。
体調不良による療養。
箱根さんたちが泥をかぶって処理した、表向きの『現実』がそこにあった。
行方不明になっていた女子高生が見つかったというのに、学校側の対応はどこか腫れ物に触るようだ。
それ以上の詳細は一切伏せられた。
「そのちゃんみつかったんだってぇ」
「よかったぁ」
「返信かえってこないんだけどぉ」
教室の中に、ざわめきが広がる。
その事実と発見は、教室に動揺を生んでいた。
日比野が最終的には意識をはっきりと取り戻していたのも、この穏便な処理に漕ぎ着けた大きな要因なのだろう。
「一応言っておきますよ?余計な詮索はしないように、日比野さんのメンタルのことを考えてあげてくださいね」
だがその裏にあったラブとの死闘は箱根さんたちの尽力によって綺麗に隠蔽されたらしい。
命に別状はない。
あの夜の激闘は、僕らにとって無駄ではなかったようだ。
僕は誰もいない日比野の席を盗み見ることしかできなかった。
「では……ここはこうして」
授業もいつもと変わらない平穏無事なもの。
ただ真っ当に日々を過ごす。
長い長い六時間目の授業を終え、その終了の鐘がなった。
氷月がこちらの席に近づいた。
「お疲れ様。久遠くん、天谷くん」
「よ、氷月」
しゅぱっと雑そうに、天谷は手を振る。
「昨日は寝れた?」
「全然。いまも興奮して目が覚めてる」
どうやら氷月も似たような状態らしい。
まぁ、ラブとの死闘を乗り越えたら誰だってそうなるか。
「今日はどうする?」
「毒島さんに会いに行くって話を昨日したじゃない」
「あー」
昨日の会話。
百合さんが発した言葉が頭に残る。
百合の兄……守永渡の死亡時に脱退した仲間。
そう聞くと心象はかなりよくない。
そもそも守永渡の死亡の原因はなんだろう。
その話は昨日聞くことができなかった。
「不動さんが、授業終わったら連絡くれってきたんだけど……」
「ん?じゃあ、いくか?」
「ごめんね……日比野さんの件で話を聞きたいって……」
「氷月だけ?」
自分たち二人は言われていない。
三人が怪しまれているというか、普段関わりのある氷月だから話を聞かれているぐらいの感じかな。
「うん、不動さんには伝えてあるから二人でいってほしいの……」
申し訳なさそうに、氷月は落ち込んでいた。
別に気にすることないのに。
「いいよ、な?レイ」
「うん、そうだね。不動さんも一緒にいてくれるならだれが行ったって変わりはないだろうし」
教室を出て校門に向かう。
そこには、不動が立っていた。
「毒島は……中華料理屋の息子でな……俺らはいつもそこで飯をくってた。ま、昔の話だ」
駅から少し離れて、料理店や昔ながらの布団屋が並ぶ路地。
壁には、数十年間で蓄積したであろう様々な汚れが纏わりついていた。
野良猫が徘徊し、少し獣臭さも感じる。
壁には、グラフィティアートや、破損した跡があり少し治安の悪さも目立った。
「俺らでよかったんですか?」
壊れたガードレールや落書きだらけの壁を盗み見ながら、久遠は前を歩く不動の背中に問いかけた。
百合の兄の死。
そして、探偵社を去ったという毒島という男の存在。
そんな薄暮探偵社の「過去の因縁」の場に、まだ入ったばかりの自分や天谷が同行していいものだろうかという不安があった。
不動は振り返りもせず、ただポケットに手を突っ込んだままだ。
「お前らだから連れてきたんだよ」
そう、静かに返した。
「というか、氷月も日比野も抜け出せる状態ではねぇからな?お前らしかいねぇんだよ」
暫く歩くと、油の香ばしい匂いが鼻孔をくすぐった。
いい匂いだ。
おなかが減ってきた。
「まぁ、飯だ飯。飯屋に入って飯を食わないのは失礼だろ」
入口には、「毒島中華料理店」とカラフルな色合いでデコレーションされた看板があった。
となりにはくるくると回る瞳孔がん開きの龍のおもちゃが置いてある。
「え?」
「ここ、ほんとに中華料理屋ですよね?」
「だったが……」
不動がガラガラと入り口を開ける。
店主だと思われる人物が、此方に気づき声をあげた。
「いらっしゃ……」
その人物は、入ってきた者が不動であることに気が付いたようだ。
頭に、タオルを巻いてエプロンをつけた人物が驚いたように視線を向ける。
「先輩……」
でけぇ。
自分があった中でも、かなり高身長に達する人だ。
「先輩。こいつらが例の?」
「そうだ。挨拶してくれ」
「うっす」
毒島は、深々とこちらに頭を下げた。
高校生の自分たちにそうするぐらいなのだから不動のことを余程信頼していることが理解できた。
「毒島大河だ……ま、箱根の部下なら仲良く出来ねぇと思うがよろしく」
「どういう挨拶だよ……」
天谷が毒島の言葉に、違和を持つ。
箱根のことが嫌いなのだろう。
顔と態度からありありとわかる。
箱根のことを嫌悪している。
そのことが即座に理解できた。
「こいつは大の箱根嫌いなんだよ」
不動が苦笑しながら、天谷の頭を軽く小突いた。
「俺のことそんなふうにはなしてたんすか?先輩」
「別にお前はきにしねぇだろ。トラ」
「ま。それはそうですけど、先輩にそう直接言われんのは別っすよ」




