三十八夜「過去の認知」
「一つ前置きとして話しておこう」
箱根は、神妙な面持ちで口を開いた。
「僕は僕の為にいきている。僕の利益のために、依頼を受けたし、ヒグレのクニに関わっている」
「……」
「でも君らは違う。僕らにはその責任はあるけど、君らにはない。だから落ち着けよ少年共」
へらっといつもの軽薄そうな笑みを浮かべる。
「十分だよ、君らは充分やりとげた」
その一言で、何か救われたような。
胸の中にあった重苦しさが、晴れるような感覚があった。
「大人ぶるなよ、箱根」
「はぁ……!恥ずかしい!こっぱずかしいわ!これ!!」
不動はそう鼻で笑った。
意地悪な響きがありつつ、親愛の情や親しさがそこにはあった。
「今回は、お前にも迷惑かけたな」
「好きでやったことだ。気にすんな。相棒」
「おう」
突き出された不動の手に応え、箱根は自らの拳を軽くぶつける。
コツン、と心地よい衝撃が響いた。
どちらからともなく破顔した。
久遠は照れくさい気持ちになった。
天谷ともいつもあんな顔をしているのだろうか。
「まぁ、ラブのクニで起きたことは不動から聞くとして……」
「おう」
「寿司をくおうか」
「真顔でいうんじゃねぇ」
「ゆうま!!!」
百合が、休憩室の部屋を開け急いで駆け込んでくる。
不動と箱根を驚いたように目を見開いた。
「どうした?」
「珍しいな?百合。お前がそんな反応するなんて」
「例のサイト!動きがあった」
「!!!」
それは、【穴掘りモグラ】が最初に書き込みを行った掲示板。
ヒグレのクニのことが書き込まれて以降。
特に氷月の件があってからは、動きが一切なかったはずだ。
百合が動揺する気持ちもわかるような気がした。
「箱根っ。パソコン開けるか」
箱根は、ノートパソコンの画面を広げる。
ブックマークしておいた掲示板のサイトを開いた。
「……っ」
「どうだ?」
「そうだな……【穴掘りモグラ】に動きがあった」
「!!!」
なんだ。
一体何が書き込まれていたんだ。
胸のざわめきが抑えられない。
ラブを撃破した直後なのは……ただの偶然ではないはずだ。
「リンクだな……地方新聞の名前だ……」
マウスを動かし、リンクに合わせる。
箱根の声は震えていた。
いままで起きなかった変化に、呼吸が乱されていた。
「開くぞ……」
カシャと……右クリックの音が、静まり返ったメインルームに響く。
箱根は、左から右へと目を動かしその新聞の内容を読み込んだ。
段々その視線は遅くなっていく。
そして……ため込んでいた息を一気に吐いた。
「十五年前の地方新聞。そこに、何が書かれていたと思う?」
「もったいぶらずにいえよ」
「地下アイドルの自殺事件」
瞬間、部屋の空気が凍った。
……ラブだ。
胸の奥で、何かが音を立てて落ちた気がした
「……っ!!!」
察した。
これは、恐らくラブの現実の姿だ。
「詳細には……」
日比野が気になる。
聴いていたら、彼女はどんな反応をするのだろう。
恐らく箱根も同じことを考えていた。
首を小さく横に振る。
「話せない。黒い話……ゴシップや与太話の類だろうけどたくさん書かれているね」
「みせろ」
「ああ、もちろんだ」
一体どんなことが書かれているのだろう。
だが、ここで聞くわけにはいかない。
日比野の両親が迎えにくるまで待つべきだろうか。
「ラブか……?」
不動が確認する。
箱根は、静かに頷いた。
「恐らく」
その瞬間、氷月の切迫した大声が聞こえる。
声には明らかな焦燥が混じっていた。
同時に、激しい音を立ててドアが開く。
「日比野さん!!!!」
「……はぁっ……はぁ」
日比野の眼は、動揺と混乱で血走っていた。
「ラブちゃんの事が書かれているって本当ですか?」
ラブのことが知れる。
それだけで、さきほどまではじけ飛んでいた正気は元の形に戻っていた。
「……君には衝撃がでかいとおもうよ?」
「いいんです。みせて」
「百合」
「……ん……」
百合が震える手で差し出してきたスマホの画面には、ある掲示板のスレッドが映し出されていた。
そのままリンクをタップして、日比野に渡す。
日比野は炭から隅までその新聞の内容を見渡した。
「ラブちゃんはやっぱり現実にいたんだ……」
「……」
涙が。
目元から溢れた雫が。
顎のラインを伝って床へぽたぽたと音もなく落ちていく。
何も言えなかった。
日比野は、静かにラブの現実の姿を受け入れていた。
ラブの思想や考え。
そして現実の末路がどんなものであっても、胸に深く刻む。
日比野は、既にその覚悟を終えていたのだ。
自分たちが理解していなかっただけ。
「ごめんね、らぶちゃん……」
俯いたまま、服の袖でそっと目元を抑えた。
「もっと早く……貴方のこと知りたかった……」
ぽたぽたと落ちる雫を。
震える手で、服の裾へと押し付ける。
「……日比野さん……」
「いいの、久遠君。ラブちゃんが選んだことは、どうあがいたって間違ってる。私はそれを口にして彼女を否定した。……だから、いいんだよ」
日比野は、百合にスマホを返した。
「ありがとうございます」
「……いいんだよ」
百合は、日比野の感謝を静かに受け入れた。
日比野はそのまま箱根の方を真正面から見つめる。
「……日比野そのっていいます。この度は助けてくれてありがとうございます」」
丁寧に深々と頭を下げた。
ただ純粋に自身を助けることを指示した存在に感謝を示す。
「……別に僕じゃない。君を助けたのは、不動や久遠君たちだ。それに調査をお願いした親御さんね」
「それでもありがとうございます」
「……まぁ、それは所長として受け取っておくよ」
「久遠君たちは……ここで働いてヒグレのクニにいたんですよね。その掲示板なら私もみたことがあります。あの場所がヒグレのクニなんですね」
日比野は、久遠たちがヒグレのクニに赴いていたことに興味を示していた。
箱根はその言葉を聞いて、少し気まずそうにしていた。
「……まぁ……事情を説明すると長いけど。そんな感じかな。深夜労働になりかけているのは目を瞑ってほしい。……ここで雇ってヒグレのクニの調査を頼んでいる」
「なら、私も雇ってください」
その言葉は、唐突だった。
少なくとも誰一人想定していないものであった。




