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ヒグレのクニ  作者: L
三章 コグマ―のあつまれ!つぎはぎの森
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三十七夜「苦悩の味」

事務所のメインルームに戻った。

前で届いた特上寿司の桶が、ローテーブルの上で場違いなほど鮮やかに並んでいた。

しかし、それに手を伸ばす者は誰もいない。

天谷と久遠は、眼を見つめあった。

お前が先になんかいえよ。

いやお前だろ。


「……」

「気まずくて食えねぇ!!!!」


天谷が大声をだして、身をよじらせる。

頭を抱え込んで悩んでいた。


「ハハッ……流石にそうだよね」


箱根も苦笑いしていた。

不動が腕を組み、壁に背を預けた。


「箱根。日比野の精神状態は、おそらく一時的なショック状態じゃない。ラブ……あの領域の主と、魂の深いところで繋がりすぎていたんだ」

「そうだね」


箱根は自分のデスクに腰掛け、眼鏡を外して眉間を揉んだ。


「不動、お前からの意見が欲しい。もちろん久遠くんにも」


長年連れ添った親友と、現場をみた久遠にそう尋ねる。

不動は、率直に自身が感じ取ったものをつたえる。


「ラブのクニ……あそこは執着と依存の精神世界だ。ラブにとって、日比野の存在は彼女の心の欠落を埋める『何か』だったんだろう」

「ふぅん……」

「僕も同じです。ラブと日比野は……なんというか深くつながりすぎた。喪失感が、日比野にとってでかくなりすぎたんです」

「天谷くんは?」


イーっと、天谷は不機嫌になりながら答えた。

そして、それは到底答えといえるものではない。


「あいつ、俺、キライ。ラブ、キライ」

「悲しきモンスターみたいになっとるけど大丈夫?」


天谷の現実逃避っぷりに、箱根は思わずツッコミを入れる。

箱根は、外した眼鏡をかけ直した。

張り詰めていた事務所の空気が、天谷のボケでほんの少しだけ弛緩する。


「……まぁ、天谷くんの知能が退化するくらいには、色々抱え込みたくなる状況ってことだよね」

「抱え込んでねぇ!」


天谷が苛立ったように声を荒げた。


「でも、文句だって言わせてくださいよ?ようはクソみてぇな依存で魂まで食い合ってただけだろ。日比野はラブの寂しさを埋めるオモチャだったってことじゃねぇか。今更、愛する人を手に入れたみてぇな。気持ち悪ぃんだよ、そんなの」

「天谷……」

「俺は見てらんねぇ。偽物の温もりでニヤニヤしながら、どんどん人間やめていく姿とか……最悪だ」


天谷は、拳を強く震わせていた。


「俺らは、日比野ちゃんを助けたんだよ!何がワリィんだ!」


怒りを押し殺し、自身の意見で収めていた。

箱根は小さくため息をつき、再び全員を見回す。


「三人の意見、よく分かったよ……つまり日比野は、単に『事件に巻き込まれてショックを受けている』わけじゃないということだね」

「そうです」


久遠は、即座に肯定した。

少なくとも、自身が日比野と合流したとき。

彼女の精神的な問題は、限りなく少なかったはずだ。


「ラブという領域の主を失ったことで、自分自身の魂の一部をもぎ取られたような状態……一種の精神的な『欠損』を起こしている、と」

「『欠損』ってもよ……」


天谷は、めんどくさそうに頭を掻いた。


「実際どうなんすか?あの意味わかんねぇクニにいすぎたから頭がおかしくなったってこととはまた違うんすか?」

「あー……」


箱根は、返答に困っていた。


「その前に聞きたいんだけど。日比野さんの直前の様子はどうだった?」

「かなり普通でしたよ?能力も普通に扱ってました」

「ふぅむ……能力を扱うのは薄々察してた……だが、精神に異常はなかったとなるとなぁ。ラブちゃんというのを直接みてみたかったが」

「箱根。今回のクニの主は、連携を取っていた。ラブはそいつらに殺されたんだ」

「なにっ!!?」


箱根が、大きな声で驚愕する。

その事実は、やはり何よりも大きいようだ。


「俺らは、ラブ以外の二人のクニの主と出会った。そしてあと一人。クニの主ではないが……俺ら以外の適応者だ」

「情報が一気に増えんね……特徴は?」

「一人は、コグマーと呼ばれていた。外見は、男だか女だかわかんねぇ中性。ぬいぐるみを操る。二人は、ドクターと名乗る男。明らかにリーダー格だ。あいつは、自分たちのことを〈ノクテム〉とも名乗っていたな。能力は、視認できなかったが恐らく『切断』に近しいと思う」

「ノクテムなぁ……夜、か……」


箱根は眼鏡を押し上げ、呟くようにその言葉を漏らした。

ラテン語で「夜」を意味するその名。

それが彼らの一派、あるいは組織の名称なのだろうか。


「クニの主たちが徒党を組む。今までは個々の歪みが生み出した独立した異界だと思っていたが……組織的な意志を持って動いているとなると、前提がひっくり返るよ」

「そうだな、そして恐らくそれは【穴掘りモグラ】の影響だと俺は思う」

「同意見だ」


箱根の表情から、いつもの余裕が消え、深刻な影が落ちる。

彼はデスクに歩み寄り、何事かをメモ帳に素早く書き殴った。

そしてさらに問いを重ねた。


「ドクター、そしてコグマー。もう一人の『適応者』というのは?」


不動は腕を組んだまま、静かに、しかし重い口調で告げる。


「クニに入ったばかりの人間だと思う。顔を全て覆い隠した【鎖】の能力者だった。それ以外なんもわからん……ただ徒党を組んで……最後にラブのことを始末したのは事実だ」

「始末ね……日比野さんとラブは親しかったようだけど、それがとどめ?」


いまでも思い出せる。

ドクターの能力により、ラブの体が崩壊していく瞬間を。

本来あれが、なければラブと日比野はもっと会話ができたはずだ。

別れの時間もあっただろうに。

ただ明瞭に、自身がとどめのきっかけをつくった。

ラブを混乱させ、停滞を生んだ。

それによって、不動の攻撃が入ったのだ。

その事実だけが、日比野の心の中に残ってしまった。


「だろうな……依存的な関係になる前にこういった結末になったことを喜ぶべきなのか」

「俺たちがやったことは、間違いだったのかよ」


天谷が、どこか投げやりな、それでいて悔しそうな声を出す。


「あそこに置いといた方が、ラブを一緒にしてやったほうが。あいつは幸せだったって言うのか?」

「まさか」


箱根は即座に、しかし優しいトーンでそれを否定した。


「偽物の安寧に魂を食い潰される前に、君たちは彼女を連れ戻した。それは誇るべきことだよ。……ただね、救うということは、その人間が現実の痛みに直面するのを、一緒に背負うということでもあるんだ」


そこにあるのは、頼りないクズ大人の面影など微塵もない。


「今回は、ただこういった結果になった。それを否定する必要も、無理に肯定するべきこともない。大事なのは、君たち自身が君たちなりに答えを出すという過程」


薄暮探偵社を率いる「大人」の眼差しだった。


「これからは大人の仕事だ。日比野さんのケア。保護者の説明も含めて、俺が泥をかぶる。君たちはよくやった」

「ラブのクニで起きたことは、俺が全て箱根に説明する。お前らは何も考えないでいいんだよ」


不動と、箱根という存在が、今度こそしっかり自分たちを導く側であることを理解できた。

天谷と久遠はそのことに対して、何も言えなかった。

それは、自分たちを信頼しているからこそそういった行動をとっている。

そのことが言葉にせずとも把握できたのだ。


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