三十二夜「友と共に」
「みえる……なんだこれ!!!」
全てが見えるというわけではない。
だが、圧倒的にラブの攻撃に反応できている自覚があった。
「見えるぞ!!!」
整理された情報が、脳味噌に直接叩き込まれている感覚。
棘の軌道が、細い線になって空間に浮かんでいる。
当たる場所だけが、はっきりと【危険】だとわかる。
「日比野が言っていたのは、これか」
頭で考えるより先に、身体が動く。
視界に流れ込んでくる情報が、そのまま動きに変わる。
ゲームで狙い通りに、標的にあてるように攻撃をすることができた。
自信を追っていた攻撃を、破壊する。
「日比野さん……?」
氷月は、背後に立っている日比野を確認する。
彼女の眼には、多重に円が重なっていた。
視界そのものを何重にも処理しているような異様さ。
だが、呼吸が浅い。
顔には微かに疲労の色が見える。
明らかに、無理をしている。
「すっげぇ!!レイ!!今のどうやったんだ!?」
久遠の動きは、最初のときと全然違う。
動きにキレがあった。
「よくわかんない!!!」
日比野が、【共有】するといってから視界の形が変わった。
これも彼女の能力なのだろうか。
「調子のらないで!!」
ラブが腕を振る。
再び、ラブが大量の棘を放出する。
次の瞬間、無数の棘が空間を埋めた。
今度は一直線じゃない。
上下、背後、左右。
逃げ場をつぶすように、ゆっくりと包囲する。
一度破壊した程度では、キリがない。
「じわじわ追い詰めてあげる……!!」
「うっひょぉ……どうするレイ?」
「……」
ちらりと、傍にいる不動をみる。
「あ……?」
不動は、いま自身が庇われる対象として見られたと理解した。
そしてそれに対して、青筋を立てる。
「余計なこと考えんな!!!久遠!!!」
「ひぅ……」
そんな怒らなくてもいいじゃないですか。
「どこからでてんだよ、その声……」
天谷と久遠には、移動能力はない。
そして、不動は動くことができない。
包囲されたら、かなり厳しい。
そのことに日比野が気づいていた。
「凛ちゃん……」
「えっ?」
日比野が、氷月に声をかける。
呼ばれた氷月が、振り返る。
日比野は、微かに笑っていた。
それは彼女の覚悟と信頼であった。
「私のことはもう大丈夫!二人を助けてあげて!」
氷月の思考が停止する。
彼女の言っている言葉の意図が理解できなかった。
今、動けるのは三人。
天谷、久遠、氷月。
この三人。
すでに二人は前線で戦っている。
自分はここで、日比野を守るために下がっていた。
「……え?」
日比野が提示したのは、二人の援護。
だが、その守っている本人にそんなことを言われて氷月は一瞬に判断が停止する。
「……そんなことできると思う!?」
反射的に声がでた。
日比野は、明らかな非戦闘員だ。
「……うっ……」
氷月は日比野の能力を完全には知らない。
戦闘系の能力ではないのは、明白だ。
だが、今久遠になにかしらの能力を付与した。
その影響で、日比野の体力は減少している。
彼女がいましている行為は、負担が大きいのだ。
本当に余裕があれば、天谷にだって付与できるのに彼女はそれをしない。
「貴方がどうなるのよ!」
いまここで、日比野を孤立させるのは自殺行為だ。
攻撃を防ぐことはできない。
ここで、一人にさせることなんてできない。
「……!」
「いわれなくたって!!私も二人を助けにいきたい!」
言いながら、視線が揺れる。
前では、久遠と天谷が追い詰められている。
なにより致命傷を負った不動を助けるためには、二人だけでは足りないだろう。
ラブを対処するのに、最低でも二人はいるからだ。
氷月は意図的に、不動ではなく日比野を守るべきだと選んでいた。
きっと不動も同じ選択をとるだろう。
「私は……っ!」
どっちを選ぶべきなのだろう。
歯を食いしばった。
久遠たちか、日比野か。
胸の奥で、答えが出し切れない。
守らなければいけない。
それが自分の役割だ。
日比野は、自分の意志でこのクニに入った人物ではない。
だからこそ、守らなければいけない。
だが、強い意志で彼女は拒否した。
「みんなを助けて!!!」
怖くないわけがない。
無事でいられる保証なんて、どこにもない。
それも、この子は。
自分より他人を優先している。
「凛ちゃんが助けなきゃ、間に合わない!」
「ああ!!もう!!!!」
迷うのはもう終わりだ。
「後悔しないで!!!」
「うん。それでもいい」
迷いのない返事。
その瞬間。
氷月の中で、何かが切り替わった。
「絶対、死なないで」
それだけ言い残して。
地面を蹴る。
一瞬で加速する視界。
棘の隙間を縫うように、前へ。
前へ、前へ、前へ進んだ。
ラブがそれに気が付く。
棘の速度を速めた。
「遅いよ!!」
ラブの声と同時に、棘が収束する。
天谷と、久遠が棘を防ごうと能力を使用する。
だがあれでは無理だろう。
「遅いのは、そっち」
氷月が、空中で氷を収束させる。
高い高音が、耳元で響いた。
それは、空気が冷える音。
能力を一気に放出する。
「【三式・イツツの花】!!!」
空中に15個の氷礫を発生させる。
久遠たちが逃げられるように、道なりに破壊した。
「壊された!?」
棘が、崩落する。
天谷と久遠は、不動を担ぎ急いで脱出した。
「ナイスタイミング!!」
「来ると思ってたよ!!」
ぐっと、天谷が拳を向ける。
久遠は、笑顔で氷月を迎えた。
「遅れたわ!!」
氷月が割って入る。
三人が、一直線に並ぶ。
天谷が、にやりと笑って拳を鳴らす。
「三人揃い踏みじゃんか。気合入るな」
「ええ」
その背後で、不動が一瞬の思考停止に襲われる。
「俺はこの景色を……ワタル。俺は……お前を」
それは、過去の戦い。
自身と共に並んで戦っていた戦友を思い出す。
「……どうおもっていたんだろうな」
あの時も四人で並んで戦っていた。
黄昏の異世界で、喪った親友の過去を思い出していた。
手に入らない過去は、どこか充実していたように思う。
「どうしたんすか?不動さん」
「はっ……」
天谷の声で、我に返る。
自分が情けないと思った。
十個は下の後輩に助けられて。
尚且つもう手に入らない過去と重ねるなんて。
不動は唇を噛み、血まみれの顔で小さく笑った。
「いいんだよ、勝てよ」
「うす!!!」
「「はい!!!」」
日比野は、小さく息を吐いた。
「……これで、いいんだよね」
揺れる視界の中で、それでも前を見据える。
視界が激しく揺れる。
多重に重なった円が、【共有】の情報を無理やり脳に叩き込み続けている。
吐き気がする。
体力を使い切って、肺の酸素を出し切ってもまだ走っているような。
そんな感覚。
その場の思いつきでやったことだが、久遠の役にたてたようだ。
【共有】は、まだ切らない。
倒れるには、まだ早い。
自分には、まだやるべきことがある。
ゆっくり、ゆっくり客席を降りて手すりを握る。
指先が細かく震えていた。
呼吸は浅く、額に冷たい汗が浮かぶ。
「みんな……頑張って……」
それは、届かない声援だった。
自分がまだそこにたつ覚悟を持っていないのは理解している。
声は小さく、届かない。
風に溶けるような、か細い声援。
それが精一杯だった。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
氷月が自分を置いて飛び出していった瞬間。
恐怖が一瞬だけ頭をもたげた。
自分が選んでいることは、死への選択肢ではないのか。
ゲームで何度も選んでいたはずの分岐は、現実になるとなんと残酷なのだろう。
「怖いなぁ……」
震えた手をじっと見つめる。
それでも見続けたかった。
届かない声援は、彼女自身の決意でもあった。
非力な自分にできた。
たった一つの戦い方。
それが、今の彼女の覚悟だった。
「こき使うなよ、氷月」
「うるさい男子、精々従いなさい」
「こえーって」
軽い掛け合いが聞こえてくる。
日比野は、それでも目を離さなかった。
揺れる視界の先で。
三人がラブに向かっていく姿を、ただひたすらに見つめ続けた。




